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未登録放送  作者: NoNaMe
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作られた伝統

 事故報告の閲覧申請者記録に、相原紗季の名前はなかった。


 代わりに、複写依頼の備考へ瀬戸真弓とある。


 祭礼復元調査に関わった民俗学者。紗季の共有フォルダに、同じ名前から送られたメールが残っていた。


 遼が連絡すると、瀬戸は会うことを断らなかった。


 旧鳴沢地区の外れにある家は、玄関まで本で狭くなっていた。段ボール箱へ「祭礼」「夜回り」「事故後聞取」と書かれている。


「紗季さんに報告書を送ったのは私です」


 瀬戸は最初に言った。


「なぜ」


「観光協会のパンフレットについて、彼女から照会がありました。『古くから家族の名を呼んだ』という説明の根拠を知りたいと」


「根拠はあったんですか」


「あった、と私たちが二十八年前に整理しました」


 瀬戸は一冊の大学ノートを開いた。


 青いボールペンの文字が罫線から上下にはみ出している。丸で囲まれた語、矢印、消した質問。清書された調査報告より、会話の順番が乱れていた。


「事故で途絶えた祭りを復元してほしい、と町から依頼されました。でも調べると、事故以前に今の形の祭礼はなかった」


「声送りは作られた祭り?」


「その言い方は簡単すぎます。夜回り、盆の鉦、家ごとの呼びかけ、音で所在を知らせる習慣。それぞれはありました。私たちは別々のものを、保存しやすい一つの形へまとめた」


「名前を呼ばれても返事をしない、という話は」


 瀬戸はノートの中ほどを開いた。


〈名前を呼ばない〉


 太い丸で囲まれている。


 その下に、別の聞き取りがあった。


〈呼ばれても返事をしない〉


 さらに別の頁。


〈一つ足りないと、向こうが名を足す〉


「同じ人が言ったんじゃないんですか」


「違います。年も地区も違う。質問も違う」


「清書では一続きに読める」


「私が整理したからです」


 瀬戸は言い訳をしなかった。


「残すには形が必要でした。形にすれば、もともとその形だったように見える。紗季さんは、そこを確認していました」


「姉は何を疑っていたんです」


「祭礼が嘘かどうかではなく、誰が、いつ、一つの説明にしたのか」


 遼は三つの文を見た。


 名前を呼ばない。


 呼ばれても返事をしない。


 一つ足りないと、向こうが名を足す。


 並べれば、規則に見えた。


 離して読めば、別々の老人が語った、意味も時代も異なる断片だった。


「姉は事故報告を見てから、連絡してきましたか」


「一度だけ。人数が合わない、と」


「何と答えました」


「数が合わないから八人目がいた、とは言えない、と」


 瀬戸はノートを閉じた。


「あなたも、同じ顔をしています」


「どんな顔です」


「見つけたい答えに、資料の方を揃えようとしている顔です」


 瀬戸は別の箱から、清書前のカードを取り出した。


 一枚に一つずつ、採話日、場所、話者の年齢、同席者が記されている。〈名前を呼ばない〉は一九六三年、冬の夜回りについての聞き取りだった。〈呼ばれても返事をしない〉は一九八二年、山仕事の禁忌。〈一つ足りないと、向こうが名を足す〉は事故後の一九九七年、祭礼復元準備会で出た言葉だった。


「最後の話は、事故を知ったあとですね」


「ええ。事故を説明するために生まれた可能性があります」


「でも、もっと古い話を思い出した可能性もある」


「あります。記憶は、作り話と事実の二種類には分かれません」


 遼はカードと清書報告を並べた。


 報告書では、三つの断片が〈鳴沢地区に伝わる呼名禁忌〉という小見出しの下に置かれている。話者の違いは脚注へ移され、年代は本文から消えていた。


「なぜ、こうしたんです」


「町が欲しがったのは、祭りの説明でした。採話カードの束ではなかった」


「研究者が町に合わせた」


「そうです」


 瀬戸は、遼が責める前に認めた。


「事故で人が亡くなり、残った人たちは何かを続けたがっていた。ばらばらの慣行を一つの祭礼へ組み直すことが、当時の私には保存に思えました」


「今は?」


「保存であり、創作でもあったと思っています」


 瀬戸は紗季とのメールを印刷した束を見せた。


 紗季は最初、観光パンフレットの典拠だけを訊いていた。二通目で原話の年代を尋ね、四通目で事故報告の人数差へ触れた。最後のメールには、短い一文がある。


〈もし呼名禁忌が事故後に整えられたのなら、現在の放送を説明する根拠には使えません。ただし、現在の聞き手がその説明を知っている可能性は残ります〉


 姉は怪談を否定しようとしていたのではない。


 怪談がいつから人の耳へ入ったのかを、切り分けようとしていた。


「このあと、姉と会いましたか」


「会っていません。資料を送りました」


「別紙三も?」


「持っていません」


 瀬戸は複写束をめくった。別紙二の次は別紙四。欠落まで同じだった。


「紗季さんから、点呼表らしい画像を一度だけ見せられました。電話の画面で、全体は読めなかった」


「どこで手に入れたと?」


「確認中だとしか」


 遼は身を乗り出した。


「何が書いてありました」


「表の端に、名前らしいものが二つ。片方は消されていました。ですが、私が見たのは数秒です。いま思い出している形が、実際の画像と同じ保証はありません」


 瀬戸は証言する代わりに、その場で記憶図を描いた。


 長方形。縦罫。黒い帯。右下に二つの文字。


 遼には、黒い帯が伏字に見えた。


 瀬戸は、折り目か影だったかもしれないと書き添えた。


 証言者自身が、証言の強さを削っていく。


 その慎重さが、かえって遼には真実らしく思えた。


 それもまた、遼の判断だった。


 瀬戸が記憶図へ書いた〈仮に合祀〉という語は、宗像寺の過去帳から採ったものだった。


 次に確かめる場所だけは、推測ではなかった。


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