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未登録放送  作者: NoNaMe
14/23

別紙三の綴じ穴

 鳴代市郷土資料館の書庫には、雨の匂いが残っていた。


 建物が雨漏りしているのではない。古い紙が湿気を吸い、晴れた日にも少しずつ放しているのだと、司書は説明した。


「旧鳴沢町から移された文書は、全部ここに?」


 遼が訊くと、司書は手袋を嵌めながら首を振った。


「全部という言い方はできません。合併時の目録に載ったものは、原則として」


「載らなかったものもある」


「何が載らなかったかは、目録からは分かりません」


 野辺なら、その答えを禅問答だと言っただろう。


 遼には、よくできた逃げ道に聞こえた。


 閲覧机へ、灰色の簿冊が置かれた。


 背には、平成元年度災害関係と墨書されている。紐を解くと、鳴沢地区豪雨災害に係る避難事故報告書が現れた。


 作成は八月二十八日。訂正は九月十四日。


 事故は八月十三日。


 時間雨量七十二ミリ。沢道橋北詰、法面崩落。十八時七分、第一避難指示。十八時十九分、第二避難指示。


 旧第二集合所方面へ移動、二十三名。


 所在確認、十五名。


 死亡、五名。


 行方不明、二名。


 遼は数字をノートへ写した。


 二十三から十五を引けば、八になる。


 死亡と行方不明は七名だった。


「一人、合いません」


 司書は報告書を覗き込まなかった。


「どの人数を同じ母集団として数えたか、本文を確認してください」


「旧第二集合所へ移動した二十三人のうち、十五人の所在を確認した。残りは八人でしょう」


「所在確認が、移動者だけを対象にした数字とは限りません」


「事故報告ですよ」


「だからこそ、書き手が自明だと思った定義は省かれます」


 遼は被害者名簿を見た。


 末尾に二つの名がある。


 長尾隆。三十五歳。行方不明。


 水瀬澄一。年齢不詳。行方不明。


 水瀬の横に訂正印があり、鉛筆で水無瀬澄と書かれていた。


「これは同じ人ですか」


「報告書上は」


「戸籍は」


「照合不能とあります」


「実在しない?」


 司書が初めて遼を見た。


「戸籍と照合できないことと、実在しないことは同じではありません」


 言葉が、一つずつ遼の先回りを止めた。


 添付目録には五つの別紙があった。


 降雨・河川水位一覧。道路閉鎖図。世帯別点呼表。有線放送操作記録。関係者聴取要旨。


 簿冊に綴じられているのは、別紙一、二、四、五。


 別紙三の位置には、二つの穴だけが残っていた。


「点呼表は?」


「所在不明です」


「いつから」


「移管時の照合では確認されていません」


「誰かが抜いた」


「綴じ直し、別保管、貸出後の戻し忘れ、作成時から未添付。可能性はいくつもあります」


「でも、人数が合わない資料だけがない」


「そう読めます」


 司書は否定しなかった。


「ただし、そう読めることと、そういう意図で抜かれたことは別です」


 遼は綴じ穴を撮影した。


 紙がない場所を、証拠として写した。


 写真には、穴の向こうにある閲覧机の木目が映った。


 欠けた資料の中身ではなく、欠けているという形だけが残った。


 司書は別紙四の有線放送操作記録を、透明な押さえ板の下へ広げた。


 十八時七分の第一避難指示には、原稿番号、送出者、確認者の印がある。十八時十九分の第二避難指示は、原稿番号の欄だけが二重線で消され、送出者欄へ同じ姓の印が二つ重なっていた。


「同じ人が二回押した?」


「印影だけでは分かりません。同じ姓の職員が二人いました」


「確認者の印を、送出者欄へ押した可能性は」


「あります。あとから帳尻を合わせた可能性も」


 操作内容の欄には、〈原稿差替〉とある。


 差替前の原稿は保存されていない。


 関係者聴取要旨では、役場職員が「消防詰所から変更の電話があった」と話し、消防団員は「役場から集合所変更の指示を受けた」と話していた。


 双方が、相手から受けたと記録されている。


 嘘をついているなら、どちらかが嘘をついた。


 混乱していたなら、どちらもそう記憶した可能性がある。


 あるいは、電話をした者と受けた者が別にいた。


 遼は聴取要旨にある六人の氏名を控えた。三人は死亡。二人は市外へ転居。一人は柏木姓だった。


「原本の閲覧履歴は残っていますか」


 司書は移管台帳を出した。


 合併後の履歴しかない。瀬戸真弓、鳴代市観光振興課、地域史編纂室、相原紗季の所属する危機管理室。


 紗季本人の閲覧申請はなくても、所属課には複写が渡っていた。


 遼は姉が別紙三を抜いた可能性を一瞬考えた。


 考えたことを、推測欄へ書いた。


 その横へ、〈移管前から欠落〉と司書の説明を併記した。


 姉を探しているからといって、姉を疑わずに済むわけではなかった。


 移管台帳に残る個人名は、瀬戸真弓だけだった。


 遼は資料館を出る前に、その番号へ電話をかけた。


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