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未登録放送  作者: NoNaMe
11/23

5人の聴取

 五人へ同じ録音を聞かせるという案は、遼が出した。


 野辺は実験と呼ぶなと言った。


「条件を管理できない。被験者を集めた時点で、お前が何を期待しているか伝わる」


「個別に聞かせます」


「同じ建物へ呼ぶんだろう」


「待機場所を分ける」


「誰が何を聞いたか、顔を見れば訊く」


 その指摘どおりになった。


 支局の会議室、編集室、仮眠室へ一人ずつ待たせた。最初は美緒。二人目は遼自身。三人目は市職員。四人目は事件概要を知らない音響会社の補助者。紗季の自己記録を五人目として並べる予定だった。


 聴取前、遼は全員へ口外しないよう頼んだ。


 用紙には、聞こえた言葉のほか、話者の性別、距離、方向、確信度、事前に知っていた情報を書く欄を作った。


 野辺は用紙を見て、質問の順番を変えた。


「最初に自由記述だ。話者は女か、距離は、と先に訊けば、その枠で聞かせることになる」


「最低限の比較項目は要る」


「比較のために答えを作るな。自由記述のあとで分類しろ」


 遼は様式を二枚に分けた。


 一枚目は白紙に近く、聞こえたものをそのまま書く。


 二枚目で属性を回答する。


 形式を変えただけで影響を消せるわけではない。それでも、どこから影響が入るかを記録することはできた。


 最初に自分が聞いた。


 姉から名前を呼ばれたと知らされている。掲示板の「三つ目」を見ている。美緒の「食器」も知っている。事前知識欄には、すべて書いた。


 イヤホンを着ける。


 再生する前から、次に来る言葉を待っていた。


 りょう。


 聞こえてるね。


 沢道を三つ目まで。


 そこで返事をして。


 以前より鮮明に聞こえた。


 音源が変化したのではない。


 遼が文を覚えたから、曖昧な部分を待ち構えられるようになった。


 確信度を五段階の四と書き、迷って三へ直した。


 野辺が用紙を裏返した。


「自分の実験で、自分の答えを採用するな」


「参考にはなる」


「お前は音源も仮説も知りすぎてる。参考になるのは、知識がある人間にはこう聞こえた、ということだけだ」


 二人目は美緒だった。


 喫茶店で二度、帰宅後にも聞いている。独立聴取ではないが、同じ人物の記録変化として残す。


 美緒は再生を断ろうとした。


「もう聞かない方がいいと言われたので」


「俺が言いました」


「今は、聞いてほしい?」


 遼は言葉に詰まった。


「比較のために必要です。ただ、無理にとは」


「お姉さんを捜すため?」


「それもあります」


 美緒はイヤホンを受け取った。


「その言い方をされると、断ったら悪い気がします」


 遼はイヤホンを戻してもらおうとした。


「聞きます」


 美緒は再生ボタンを押した。


 終了後、用紙へ書いた文は喫茶店の二枚目とほぼ同じだった。


 ただし冒頭の「おかえり」が消え、空欄になっている。


「聞こえなかった?」


「何か言ってます。でも、書いたら決まる気がして」


「決まる?」


「母か、私の名前か。今はまだ、どちらにも聞こえる」


 記録を正確にするための空欄が、二つの可能性を残していた。


 遼はそこを埋めさせなかった。


 市職員が廊下で美緒とすれ違ったのは、一度だけだった。


「三つ目って、どこのことだと思います?」


 美緒がそう訊いた。


 遼は会議室の扉を閉めるのが遅れた。


 市職員は録音を一度聞き、用紙へ書いた。


〈[聞取不能]聞こえてる。沢道を見なせ。まだ返事をして[聞取不能]〉


「見なせ、ですか」


「そう聞こえました」


「三つ目ではなく?」


 職員は遼を見た。


「三つ目と聞くものなんですか」


 質問した時点で、二度目の聴取は使えなくなった。


 遼は用紙の「見なせ」へ印を付けた。職員はそれを見て、消しゴムで文字を消した。


「なぜ消すんです」


「自信がなくなったので」


 消し跡へ斜めから光が当たり、紙の凹みだけが残った。


 ミナセ。


 漢字ではなく片仮名で書いたようにも見えた。


 補助者は事件の説明を聞かず、一度だけ再生した。


〈……きこ……まだ……ないで〉


 名前は聞き取れないと答えた。


 独立聴取のつもりだったものは、始める前から独立していなかった。


 同じイヤホンを使った。遼が再生位置を合わせた。待機者は同じ支局の音を聞いた。美緒の一言が市職員へ漏れ、遼の表情が答えを教えたかもしれない。


 それでも、書かれた文章は似ていた。


 聞こえてる。


 そこで。


 返事をして。


 音の中に共通する言葉があったから似たのか。


 先に一つの文型を知ったから、曖昧な音をそこへ収めたのか。


 遼には分からなかった。


 翌朝、音響会社の補助者から、個人名義の短い所見が届いた。


 会社としての鑑定ではないこと。受け取ったファイルが原本である保証はないこと。聴感による文字起こしは行わず、波形とスペクトログラムだけを確認したこと。


 三つの但し書きのあとに、結論があった。


〈人声と断定できる連続した基音は確認できない。ただし、防災無線のチャイム、環境音、圧縮雑音が重なった帯域に、音声らしい変化が含まれる可能性は排除できない〉


 遼は電話をかけた。


「つまり、声は入っていない?」


「そうは書いてません」


「入っているとも言えない」


「だから、その通り書きました。あと、水城さんが再生した時の機械を見せてください。昨日のノートパソコンだけじゃなく、最初に聞いた端末も」


 最初に聞いたのは紗季の携帯電話だった。


 だが、端末は姉と一緒に消えている。


「ファイルの作成日時は残っています」


「コピーした日時でしょう。録音した日時とは限らない。編集ソフトを通しても変わるし、クラウドから落としても変わる」


「加工の痕跡は?」


「痕跡がないことと、加工されていないことは同じじゃありません」


 野辺と同じ言い方だった。


 遼は苛立ち、礼を言う前に通話を切りかけた。


「もう一つ」


 補助者が止めた。


「昨日、僕には『まだ、ないで』と聞こえました。でも帰りの電車で、用紙にあったほかの人の文を思い出したら、『まだ返事をしないで』にも聞こえる気がしてきた。もう音源は聞いてません。記憶の方が変わったんです」


 遼はその発言を、電話取材記録として書き起こした。


 時刻を入れ、本人確認済みと付ける。


 最後に、〈二度目の聴取なし〉と太字にした。


 音だけでなく、聞いたという記憶まで、後から渡された文章へ近づく。


 ならば五枚の用紙は、音源の違いを測った記録ではなかった。


 同じ曖昧なものへ、人がどの順番で意味を足したか。その汚染経路を、途中から記録し始めたにすぎない。


 遼は表へ新しい列を作った。


 〈聴取前に接触した人物〉


 自分の行には、紗季、美緒、御厨、野辺。


 美緒の行には、遼、御厨。


 市職員の行には、遼、美緒。


 補助者の行には、遼、野辺。それから聴取後に、全員分の用紙。


 紗季の行だけが空欄だった。


 空欄は、誰とも接触していないという意味ではない。遼が知らないという意味だった。


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