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未登録放送  作者: NoNaMe
10/25

復元された掲示板

 御厨圭は、自分をオカルト研究家と名乗った。


 支局へ現れた男は三十代半ばに見え、黒いシャツの胸ポケットへ二本の録音機を差していた。動画配信で使う名刺には、怪異資料収集・検証と印刷されている。


「配信はしません」


 応接机へ座る前に御厨は言った。


「少なくとも、今は」


「その但し書きが信用をなくしてるんですよ」


 野辺が向かいから言った。


 御厨は気にせず、薄いノートパソコンを開いた。


「七月二十三日の夕方、『鳴代の防災無線』という掲示板が立ちました。今は削除済み。検索キャッシュと転載画像を合わせると六割くらい戻せます」


 画面には、時刻順に短い投稿が並んでいた。


 チャイムのあと何か言っていなかったか。


 女の声だった。


 録音を上げろ。


 最初の数件は、それだけだった。


「名前を呼ばれた、という話は?」


「十九番からです。『鳴沢の昔のやつ。名前を呼ばれて返事したら消える』。でも、これより前にそんな伝承がネットへ出た記録は見つからない」


「口伝ならネットにないのは普通でしょう」


「もちろん。ただ、面白いのは三十一番です」


 御厨がスクロールした。


〈創作でよければ。三つ目の曲がりを越えると古いスピーカーがある。そこで椅子を引く音がして「水城遼」って呼ばれる。返事した人は採石場の下に連れていかれる〉


 遼は文を二度読んだ。


「投稿時刻は」


「二十三日の二十時十二分」


 紗季のメッセージが届く二分前だった。


「俺の名前をどこで」


「あなたは記者です。署名記事もある。お姉さんとの関係も、昔の記事で一度書いている」


「椅子の音は」


「そこです」


 御厨は楽しそうに言いかけ、野辺の顔を見て表情を戻した。


「公開情報では確認できません。だから、私は元の録音が既にどこかへ出ていた可能性を考えています」


「姉が誰かに送った?」


「あるいは、投稿者が現場にいた」


「あるいは創作が偶然当たった」


 野辺が言った。


「その三つを同じ大きさで書けるなら、話を聞く」


 御厨は頷いた。


「私も以前、それを間違えました。似た失踪事件を全部同じ型に入れて、証人を一人、追い詰めた。だから今度は元の順番を残しています」


 彼は復元ログを遼へ渡した。


「代わりに、録音を聞かせてください」


「駄目です」


「理由は?」


「姉の私物だからです」


 遼は即答した。


 野辺がこちらを見た。


 御厨は食い下がらなかった。


「では、あなたに聞こえた文を教えてください」


 それにも答えるべきではなかった。


 だが遼は、投稿者を探すには照合する文字列が必要だと考えた。


「『沢道を、三つ目まで』」


 野辺が机を指で一度叩いた。


 遼は続けなかった。


 御厨は既に、その一行をノートへ書いていた。


「以前、証人を追い詰めたと言いましたね」


 野辺が訊いた。


 御厨の手が止まった。


「五年前です。県北の廃校で、校内放送に死んだ生徒の声が入るという話があった。私は動画で、声の主を特定したと発表した」


「実際は」


「聞き取りに協力した卒業生の名前でした。本人が音源を作ったと思った」


「違った?」


「元のテープには名前がなかった。私が字幕へ名前を入れたあと、視聴者の大半がそう聞こえると言い始めた」


「卒業生は」


「勤務先まで特定された。釈明しても、釈明動画がさらに名前を広げた」


 御厨は二本の録音機を胸ポケットから出し、机へ置いた。


「それから、元音源、編集後、文字起こし、公開時刻を分けて保存しています。信じなくなったわけじゃない。自分が怪異を作る側に回れると知った」


「それでも配信を続ける」


 遼が言った。


「保存する人間が必要だからです」


「あなたである必要は?」


「ない。でも、今やっている人間が私です」


 その答えは、遼が記者を続ける理由と似ていた。


 正しさではなく、役割を引き受けているという自負。


「鳴代の件を、どういう話だと思っています」


「三つあります」


 御厨は指を一本立てた。


「土地にある呼び声が、防災無線や録音を借りている」


 二本目。


「事故を知る人間が設備や祭りを使い、昔の現象を再現している」


 三本目。


「音には何もなく、記録を読んだ人間が、自分へ向けられた文を作っている」


「どれを信じてる」


「日によって違います」


「研究家の答えとしては無責任ですね」


「一つに決めた瞬間、合わない証拠を捨て始める。私はそれで失敗した」


 御厨は壁の投稿031を指した。


「これは創作かもしれない。でも、創作であることは、椅子の音が偶然だという証明にはならない。逆に椅子の音を知っているからといって、残り全部が事実にもならない」


 野辺が遼を見た。


「聞いてるか」


「聞いてます」


「録音じゃなく、お前に訊いてる」


 遼は答えなかった。


 御厨は復元ログの複製をUSBメモリではなく、印刷物で渡した。


「データはあとで送ります。紙は順番を変えにくいから」


「並べ替えれば変わる」


「そうです。だから頁番号と取得元を入れてある」


 印刷物の末尾には、欠番一覧があった。


 三、六、九、十、十四から十八。


 欠けた番号が多すぎて、残った投稿だけで会話を復元することはできない。


 人々が何を聞いたか以上に、何が保存されやすかったかがログの形を決めていた。


 怖い話として分かりやすい投稿。


 死者の声。


 名前。


 失踪。


 注意喚起。


 「何も聞こえなかった」という投稿は、引用も転載もされずに消えているかもしれなかった。


 遼は欠番の一つへ、鉛筆で丸を付けた。


 空欄へ何かを置こうとしている、と気づき、丸を消した。


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