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第3章 第77話 固まらない配合

第3章 第77話 固まらない配合


 同じものをもう一度作る、ということは、思っていたより難しかった。


 粉じんの出た朝から二日後、ソーマは作業台の前に立っていた。


 白灰の容器は蓋を閉めたまま棚にある。焼成粘土の欠片も、小袋へ入ったままだ。メイナの助言で作った粉の囲いは、空の状態で漏れの状態を確かめている最中だった。


 実試験は、再開していない。


 そしてソーマの机には、前回作った試験片の記録が並んでいた。


 白灰のみ。

 白灰と焼成粘土少量。

 棚で静置。

 湿った条件の箱で静置。

 粉じん付着の可能性があるため、比較から外したもの。


 同じ配合で作ったつもりだった試験片も、粉が舞った朝を境に、同じとは言えなくなった。


 粉の湿り気。

 作業台へ出していた時間。

 囲いの有無。

 乾き方。


 材料の状態までそろえなければ、配合だけを同じにしても、同じ試験にはならない。


 ソーマは記録帳へ書いた。


 再現に必要な条件は、配合だけではない。

 材料の保管状態、作業順、試験片の置き方も含む。


 フェルドは、その一行を読んだ。


「なら、今日の課題は何だ」

「標準条件を決めることです」


 ソーマは答えた。


「粉を扱う囲いが、粉を漏らさないか。作業台と試験片の棚を分けられるか。材料を開けた時から回収する時まで、何を記録するか。まず、それを決めます」

「白灰は使うか」

「使いません。空の容器と、既知の粗い砂で囲いの漏れの確認をします」


 フェルドは頷いた。


 囲いの下には、白い紙ではなく、色の違う粗い砂を少量置いた。粉のように空気へ舞いにくく、漏れた時に場所が見えやすい砂だ。


 ユーリは、窓を半分だけ開ける。


 風を送らず、外から入る自然な空気の流れを、囲いの外側で見るだけだ。


 砂は囲いの中に残った。布の合わせ目の一か所に、わずかな粒が見つかった。


「ここが漏れている」


 セラが言う。


 ソーマは、「失敗」とは書かなかった。


 囲いの確認で漏れが見つかった。


 その事実が、白灰を入れる前に分かったことが成果だ。


 メイナは、合わせ目へ追加の布を当てながら言った。


「粉を入れてから穴に気づくより、空の時に気づく方がいい。次は、手を入れる部分も見る」


 手を入れる部分からは、道具を動かすたびに空気が出入りする。


 そこに試験片や記録板を置けば、粉が付くかもしれない。


 ソーマは、粉を扱う場所、練る場所、試験片を置く棚を、時間で分けることにした。


 粉を扱う時は、囲いの中だけ。

 作業が終わったら、容器へ戻して蓋を閉める。

 回収物を札付きの袋へ入れる。

 清掃と手洗いを済ませるまで、試験片や記録へ触れない。


 手順を読み上げると、ナーシャが言った。


「水も、粉を触った後の手で触らないの」

「うん。水差しも別にする」

「それなら、どこから粉が来たか分かりやすいの」


 安全のために増えた手順は、結果を比べるための手順でもある。


 安全な条件を、新しい標準にする。


 古い試験片の結果は、参考にはなる。けれど、新しい標準と同じようには比べない。


 ソーマは、記録帳に赤い線を引いた。


 粉じん対策前の観察。

 粉じん対策後の観察。


 同じ配合という言葉だけでは、二つを比べられない。


 フェルドはその線を見て言った。


「よい。安全にした結果を、条件の違いとして残せ」


 午後、ソーマは古い試験片を一つずつ見た。


 型から外す時に角が欠けたもの。

 湿った条件の箱で少し形を保ったもの。

 粉じんが付着したかもしれないもの。


 どれも、次の水中試験は行わないことにした。


 しかし捨てもしない。


 材料、作業日、置いた場所、比較に使えない理由を書いて、小さな棚へ保管する。


「固まらなかった配合、じゃなくて」


 セラが札を見ながら言った。


「標準条件未定の予備試験、と書きますか」

「それがいい」


 ソーマは頷いた。


 固まらなかったことは、配合だけのせいとは限らない。


 粉の状態も、練る順番も、乾かし方も、まだ定めていない。



 夕方、メイナが囲いをもう一度見に来た。


 粗い砂の漏れは、追加した布で減っている。だが、彼女はすぐに白灰を入れてよいとは言わなかった。


「次は、粉を入れずに、手を動かして試す。道具を入れて、容器を置いて、回収袋へ戻す。粉を使うのは、その動きが決まってから」

「遠いですね」


 ソーマが言うと、メイナは笑った。


「粉を吸わず、試験片を汚さず、同じ作業をもう一度できる場所を作るには、それくらいかかる」


 ソーマは、新しい頁を開いた。


 標準条件の候補。

 材料は密閉保管。

 粉作業は囲いの確認後。

 試験片、記録、水は別の場所。

 安全手順を含めて一つの条件とする。

 古い試験結果は、新しい標準の参考に留める。


 水で形を保つ材料の試験まで遠い。


 けれど、同じものを作れる場所を整えなければ、その遠さを測ることもできない。


最後まで読んでいただきありがとうございました!

面白いと思っていただけたら、ブックマークや☆☆☆☆☆評価をいただけると次回更新の励みになります。

感想も一つ一つ楽しく読ませていただいています。

また次話でお会いしましょう!

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