↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
128/129

第4章 第128話 土箱の公開試験

第4章 第128話


土箱の公開試験


 公開試験の日、王立錬金院の試験庭には、いつもとは違う人々が集まっていた。


 職人。


 保管係。


 軍務局の書記。


 そして、話を聞きつけて見物に来た市民たち。


 庭の中央に置かれた長机には、同じ大きさの土箱がいくつも並んでいる。


 箱の中身を知っているのは、エリシアとハンナだけだった。


「本当に、中身は教えてくれないんですね」


 ソーマが尋ねると、エリシアは頷いた。


「教えてしまったら、試験になりませんから」


「少しくらいヒントがあっても……」


「ありません」


 ハンナまできっぱりと言った。


 周囲から小さな笑い声が上がった。


 けれど、集まった者たちの視線には、笑いだけではないものも混じっている。


 土魔法を使えば、地面の中まで何でも見通せるのではないか。


 魔術師がそう言っているだけで、本当は何も分からないのではないか。


 期待と疑いが、同じ庭に並んでいた。


 ソーマは、そのどちらにも頷くつもりはなかった。


 できることを、できると言う。


 できないことを、できないと言う。


 そして、それを自分の言葉だけではなく、皆の前で確かめる。


 今日の試験は、そのためにある。


 ソーマは帳面を開いた。


 最初の頁には、昨日カイン第二王子の前で書いたものと同じ三つの項目がある。


 《何を確かめるか》


 《どこで止まるか》


 《変えてはいけないものは何か》


 ソーマは、その下に書き加えた。


 《箱の中に違いがあるかを読む》


 《材質までは決めつけない》


 《箱や中身を動かすほど強く魔力を流さない》


 書き終えてから、顔を上げた。


「始めます」



 一つ目の箱に手を近づける。


 触れはしない。


 魔力を細く、薄く流す。


 土。


 箱。


 その奥。


 返ってくる感覚に耳を澄ませるように、ソーマは目を閉じた。


 左側は重い。


 右側には、それより返りの弱い場所がある。


 ソーマは目を開け、箱の形を書いた紙へ線を引いた。


「左側に何かあります。右側は……空いているように感じます」


 軍務局の書記がすぐに書き留める。


「中身は?」


「分かりません」


 見物人の間から声が飛んだ。


「石か鉄かくらい分からないのか?」


「そこまでは分かりません」


 ソーマは答えた。


「感じた違いから物質の名前まで予想すると、間違えたときに何が間違っていたのか分からなくなります」


 エリシアが箱を開けた。


 左側には石が置かれている。


 右側には何もなかった。


 小さなどよめきが起こった。


「当たったぞ」


「本当に分かるのか」


 そんな声が聞こえる。


 けれど、ソーマは帳面に、


 《左側 反応が強い》


 《右側 反応が弱い》


 《開封後 左に石、右は空》


 とだけ書いた。


「次へ行きます」


 二つ目。


 三つ目。


 空洞と石を読み分けられる箱もあった。


 中に何かがあることは分かっても、それが何なのか分からない箱もあった。


 そして四つ目で、ソーマは止まった。


「ここは……硬いものがあると思います」


「硬いもの?」


「焼いた石か、焼き物のようなものかもしれません」


 言ったあとで、ソーマは少し迷った。


 名前をつけすぎたかもしれない。


 エリシアが箱を開ける。


 中にあったのは焼き物ではなかった。


 湿らせた土だった。


「あ……」


 ソーマは思わず声を漏らした。


 見物人の間から、今度は違うざわめきが起こる。


「外れたじゃないか」


 誰かが言った。


 エリシアは何も言わず、開封前にソーマが書いた紙を掲げた。


 そこには、


 《硬いものがあるように感じる》


 《焼いた石、または焼き物かもしれない》


 と書かれている。


 その横にハンナが、


 《実物 湿った土》


 と書き加えた。


 紙は裏返されなかった。


 書き直されることもなかった。


 外れた答えが、そのまま皆の前に残った。



「外れるなら、役に立たないんじゃないか?」


 先ほどの見物人が言った。


 何人かが頷いた。


 ソーマは、すぐには答えなかった。


 間違えたのは事実だ。


 それを言い訳で小さくしたくはなかった。


「何が入っているかを当てるために使うなら、今の僕の魔法だけでは足りません」


 ソーマは答えた。


「じゃあ、何に使える?」


 その問いに答えたのは、庭の端に立っていたベリルだった。


「坑道じゃ、宝を当てることより、何もねぇ場所を見つける方が大事なことがある」


 皆の視線が集まる。


 ベリルは腕を組んだまま続けた。


「向こうとこっちで返りが違う。それが分かるだけでも、一度止まれる。掘る前に棒を入れることもできるし、別の場所から確かめることもできる」


「でも、それが間違っていたら?」


「だから外れた記録も残すんだろ」


 ベリルはソーマの帳面を顎で示した。


「何なら読めて、何を間違えやすいのか。それを知らずに『魔法だから分かる』って言われる方が、よっぽど怖えよ」


 見物人は黙った。


 ソーマも、その言葉を帳面へ書いた。


 《湿った土を、硬いものと取り違えた》


 消さずに残す。


 その記録があれば、次に似た反応があったとき、すぐに「石だ」と決めずに済む。


 外れた場所を残すことにも意味がある。


 ソーマは、ようやくそれを人に説明できる気がした。



 試験を続けているうちに、ソーマは一度、もっと強く魔法を流したくなった。


 もう少し深く読めば分かるかもしれない。


 もっと広く探れば、湿った土と焼き物の違いも見つけられるかもしれない。


 皆が見ている。


 軍務局の人間もいる。


 ここでできるところを見せた方が、十日後の答えにも役立つ。


 指先へ、少しだけ力が集まる。


 だが、ソーマは止めた。


 札を見る。


 《変えてはいけないものは何か》


 箱の中身だ。


 強く魔力を流したことで土が締まったり、石が動いたりすれば、開けたときに見るものは、最初に入っていた状態ではなくなってしまう。


 自分で変えたものを、自分で見つける。


 それでは試験にならない。


 ソーマは手を下ろした。


「ここから先は、今の僕には分かりません」


 庭が静かになった。


 その言葉を口にするのは、やはり簡単ではなかった。


 できないと言えば、失望されるかもしれない。


 弱いと思われるかもしれない。


 だが、エリシアは頷いた。


「では、ここからは別の方法で確かめます」


 職人が箱の側面へ板を当てる。


 保管係が札を読み直す。


 記録係が、これまでの箱と反応を比較する。


 それぞれが、自分にできる方法で、ソーマの魔法の外側を確かめ始めた。


 魔法だけで答えを出さない。


 魔法を使えない人にも、続きを確かめられる形にする。


 それは、魔法の価値を小さくすることではなかった。


 むしろ、一人しか使えない力を、皆の仕事の中で活かすために必要なことだった。



 日が傾く頃、すべての箱が開けられた。


 当たったもの。


 外れたもの。


 途中まで分かったもの。


 何も判断できなかったもの。


 エリシアは、それらを一枚の大きな紙に並べた。


 当たった数だけを数える者もいた。


 外れた数だけを見る者もいた。


 だが、ソーマには、そのどちらも今日の試験のすべてではないと思えた。


 何なら読めるのか。


 何は読み違えるのか。


 どこから先は、別の方法で確かめなければならないのか。


 それを皆の前へ出せたことこそ、今日確かめられたことだった。


 ソーマは帳面の最後に、新しい欄を作った。


 《怖かったこと》


 《迷ったこと》


 《急ぎたかったこと》


 それらは、事実を決めるための材料ではない。


 怖かったから危険だと決めてはいけない。


 急ぎたかったから正しいと決めてもいけない。


 けれど、自分がどんなときに判断を急ぎそうになったのかを残しておけば、次に同じ場所へ立ったときの手がかりにはなる。


 《皆が見ているので、強く魔法を使いたくなった》


 ソーマは、そう書いた。


 少し恥ずかしかった。


 けれど、消さなかった。


「それも残すんですか?」


 ハンナが尋ねる。


「残します」


 ソーマは答えた。


「次も同じことを考えるかもしれませんから」


 ハンナは少し考え、それから頷いた。


 試験は、土魔法がすごいと証明するためのものではない。


 使える場所と、使ってはいけない場所を分けるためのものだった。


 それでも、その慎重さを弱さだと見る者はいる。


「結局、何でも分かるわけじゃないんだな」


 帰りかけた男が言った。


「はい」


 ソーマは答えた。


「何でもは分かりません」


 男は少し意外そうな顔をした。


「でも、分からないことが分かったなら、次は別の方法で調べられます」


 男は何も答えず、そのまま帰っていった。


 ソーマは帳面を閉じた。


 土魔法は、まだ深い地中を見通せない。


 土の向こうに何があるのかを、何でも言い当てられるわけでもない。


 それでも、違いを読むこと。


 一度止まること。


 印を残すこと。


 誰かと確かめること。


 その一つ一つは、昨日より確かなものになっていた。


 その夜、工房の灯りの下で、セラとハンナが試験の記録を清書した。


 当たったものだけをまとめることはしない。


 エリシアは外れた結果も消さずに残した。


 フェルド老師は紙を一枚ずつ読み、余計な断定が書き加えられていないかを確かめた。


「これでよい」


 最後の紙を置いて、老師は言った。


「外れまで見せるのは、少し怖いです」


 ソーマが言う。


「当然だ」


 フェルド老師は答えた。


「だが、外れを隠した記録は、お前を立派に見せるための記録になる。次に使う者を助けるための記録ではない」


 ソーマは、昼間の土箱を思い出した。


 湿った土。


 焼き物だと思った感覚。


 皆の前に掲げられた、間違った結果。


 恥ずかしさは、まだ残っている。


 けれど、その記録が残っているからこそ、次は同じ感覚に対して別の可能性を考えられる。


 翌朝、試験をした庭には昨日の結果をまとめた札が置かれた。


 《空洞と固いものの違いは、いくつか確認できた》


 《湿った土を、別のものと取り違える場合がある》


 《材質の断定には使わない》


 《異常を感じた場所では、別の方法でも確認する》


 通りかかった職人が、その札の前で足を止めた。


「つまり、これだけで決めるなってことか」


「はい」


 ソーマは答えた。


「でも、立ち止まる理由にはできます」


 職人はもう一度札を読み、頷いた。


 ソーマは、その様子を見て思った。


 分からないことを残すのは、何もしないことではない。


 分からないから、次に見る場所が決まる。


 分からないから、別の方法を使える。


 分からないと書いてあるから、次の人はそこで一度立ち止まれる。


 昨日までは、土魔法で何が見えるのかを考えていた。


 今は少し違う。


 見えないときに、どうするのか。


 それもまた、魔法を使うために必要な技術なのだ。


 ソーマは公開試験の帳面を閉じた。


 当たった結果と、外れた結果。


 その両方が、頁の中に残っている。


 十日後、軍務局へ持って行くべきなのは、成功した話だけではない。


 どこまでなら使えるのか。


 どこから先は止まるのか。


 そして、止まったあとに何をするのか。


 その答えを、ソーマは少しずつ形にし始めていた。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

面白いと思っていただけたら、ブックマークや☆☆☆☆☆評価をいただけると次回更新の励みになります。

感想も一つ一つ楽しく読ませていただいています。

また次話でお会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。