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第4章 第123話 火花を殺す床

第4章 第123話


火花を殺す床


 北門東倉の床には、細かな粉が残りやすい場所があった。


 通路の端。


 壁際の板の隙間。


 荷車が向きを変える場所。


 ソーマは、昨日の白土が残した跡を見ながら考えていた。


 粉を掃く。


 布で拭う。


 それをするだけでも、昨日より環境は良くなっている。


 けれど、乾いた粉や木の屑が床の隙間へ残ったならば、安全であるとは言い難い。


「床を全部、白硬材に替えますか」


 ハンナが尋ねた。


「それでは高すぎます」


 先に答えたのは、倉庫の改修を担当する職人だった。


「それに、硬い床は荷を落とした時に袋を傷める。水が吸ってくれなくて残れば、袋や木の棚などが傷むので他の問題が出てくる」


 ソーマは頷いた。


 白硬材は便利だ。だが、白硬材を使えば全て解決できるわけではない。


「粉が溜まる場所を、掃除しやすい形にしましょう」


 ソーマは言った。


「人が歩く道の真ん中は変えずに、端へ溜まった粉を掃除やすくしたいです」


 職人は床へ膝をつき、板の継ぎ目を指でなぞった。


「ここの溝を埋めるなら、固すぎない方がいい。掃除の時に割れてしまうのは困る」


「水がかかっても、すぐに剥がれないようにもしたいですね」


 ソーマが言うと、職人は少し笑った。


「欲張りだな。だが、使う場所を決めれば可能かもしれん」



 試作は、倉庫の外の小さな区画で行った。


 荷を置かない場所に、白硬材と細かな砂を混ぜた補修材を薄く敷く。


 ソーマは、材料を広げた後、土魔法で表面を均そうとした。


 広い場所を一度に固めれば早い。


 けれど、早く終えたいと思った時ほど、過去の自分に立ち返って失敗を思い出して行動することを最近学んだ。


 ソーマは区画の端に木札を置いた。


 ここからここまで。


 掌をかざす高さ。


 均したら止める場所。


「細かいですね」


 職人が言った。


「前なら、一息で終えていたでしょう」


「前なら、端まで一回でできた気がしていました」


 ソーマは答えた。


「でも、同じにしたつもりでも、上手くいかないことが多かったです」


 魔力を薄く流す。


 表面のざらつきが、少しずつ揃う。


 もっと先まで均したくなる。


 だが、木札のところで止めた。


 職人が長い板を当てて確かめる。


「ここまでは、まっすぐだ」


 その言葉に、ソーマは息を吐いた。


 魔法でできたことを、自分の感覚だけで決めずに他の人に確認してもらった。


 他人に判断を仰ぐようにできる始めた。成長を感じていた。



 翌朝、試作した補修材を見に行くと、表面は昨日より固くなっていた。


 職人は長い板を当て、端から端までゆっくり押してみる。


「昨日よりは落ち着いた」


 ソーマは、喜んだがすぐに気を引き締めた。


 見た目が固まっていても、荷車が通っても割れないことの確認が必要だ。


 職人は空の荷車を引き、試作区画の近くを何度も往復した。


 荷車が止まった時、保管係が言った。


「掃除する人は、どこから布を取るんだ」


 ソーマは指さした。


「壁際からです」


「そこへ荷が置かれていたらどうする」


 言われて、ソーマは答えに詰まった。


 紙面上では、壁際に取り替え口を作ればよかった。だが、実際の倉庫では、壁際に一時的に荷が置かれるかもしれない。


 職人は床の端を見た。


「取り替え口を一つに決めなくてもいいぞ。入口側と奥側に、二つ作ったらどうだ。どちらかが使えなくても、もう片方から布を取れるようにすればいい」


「でも、場所が増えれば、粉が溜まるところも増えます」


「だから、札を付ける」


 職人は言った。


「使う場所を増やすなら、使わない時にも分かるようにする。お前たちの記録と同じだ」


 ソーマは、床にも記録が必要なのだと思った。


 誰が見ても、布を置く場所だと分かる印。


 荷を置いてはいけない場所。



 午後、ソーマは小さな区画をもう一つ均した。


 今度は、先に職人が糸を張った。表面をどこまで整えるか、目で分かるようにするためだ。


 ソーマは帳面へ書く。


 《目的 粉を集める部分の高さを糸で揃える》


 《止まる時 糸の高さにそろった時》


 《変えてはいけないもの 通路の中央と、排水の流れ》


 魔力を薄く流す。


 ざらついた表面が、少しだけ落ち着く。


 以前なら、もっときれいな平面にしたくなっただろう。


 だが、今日は目標となる糸がある。


 ソーマは、糸の下で魔力を止めた。


 職人が板を当て、保管係が車輪をゆっくり通す。


 車輪は問題なく通った。


「今度は、使えそうだ」


 保管係が言った。


 その一言は、魔法が上手くいったという褒め言葉より嬉しかった。


 使えるかどうかを決めるのは、使う人だ。使う人に認めてもらえたことが本当に嬉しかった。



 夕方、床の端に残った粉を見ながら、エリシアが言った。


「火花を殺す床、という名前は少し派手すぎるかもしれません」


「でも火花を出さない床ではないですから」


 ソーマは答えた。


「火花や粉を、床の上に残りにくくして、残っても見つけやすくなる床です」


「それなら、掃除の仕方を上手く伝えましょう」


 ハンナが札へ書いた。


 《粉を集める。布が灰色になれば替える》


 短い文だ。


 けれど、夜勤の人にも、新しく来た人にも読める。


 ソーマは、床を見た。


 土魔法で作ったのは、わずかな高さの違いだけだ。


 だが、その違いがあれば、粉を集める場所と、人が通る場所を分けられる。


 それが今の自分にできる、火を遠ざけるやり方だった。



 補修材が固まるまで待つ間、ソーマたちは倉庫の中を歩いた。


 保管係は、荷車を引く真似をして、通路の端へ足を向ける。


「ここに段差があると、車輪が壁側に寄っていく」


「でも、何もなければ粉が溜まる」


 ソーマが言う。


「なら、段差ではなく、浅い溝にする」


 職人が答えた。


「溝の中に布を置いて、汚れたら外へ取り出せるようにする。車輪が通る真ん中には、何も作らん」


 設計図の上では小さな違いだった。


 けれど、実際に荷車を引くと、その違いがよく分かる。


 粉を集める場所と、人が通る場所を分ける。


 掃除する人が、荷車の前へ入らなくて済む。



 床の試作が終わったあと、職人はソーマを倉庫の外壁へ連れていった。


 白硬材で作る低い仕切り壁の基礎が、ちょうど掘り返されている。


「ここも魔法で均せるか」


 職人が尋ねた。


「均せます。でも、一度に広くやると、端の土まで押して失敗するかもしれません」


「なら、どうする」


 ソーマは土を見た。


 基礎は、壁を支える場所だ。少しの傾きでも、上に積むものが変わる。土箱の中とは違い、間違えても蓋を開けてやり直すことはできない。


「先に職人さんが高さを決めてください」


 ソーマは言った。


「僕は、決めてもらった高さまで、狭い場所を均すだけにします」


 職人は木の杭を打ち、糸を張った。


 ソーマは杭と杭の間だけを読む。土の高いところを、ほんの少し落ち着かせる。低いところを無理に持ち上げようとはしない。


 終えるたび、職人が板を当てる。


 板が傾けば、ソーマは自分の感覚より板を信じた。


「魔法で作ったのに、板で確かめるのか」


 近くで見ていた荷役人が笑った。


「板で確かめた方が、次の修繕の時に直せます」


 ソーマは答えた。


「僕だけが分かる床では、僕がいない時に困ります」


 職人は、板を置いて頷いた。


「それなら、魔法は腕のいい手伝いだな」


 その言葉に、ソーマは少し驚いた。


 土魔法を特別な力だと思うほど、何でも自分で決めなければならない気がしていた。


 けれど、職人の決めた線を守り、板で確かめられるなら、魔法は現場の手の一つになれる。



 夕方、仕切り壁の最初の段が積まれた。


 白硬材はまだ白く、新しい壁は古い石壁より明るく見える。


 だが、フェルド老師は壁を見て言った。


「これで火を持ち込めるのか」


「持ち込めません」


 ソーマはすぐに答えた。


「壁があっても、火を持ち込んでもいい、にはしません」


「なら、何のために作る」


「たとえ燃えたとしても、隣へ広がらせないためです。人が外へ出る時間を作るためです」


 フェルド老師は、頷いた。


 壁は、危険を無くすためではない。


 危険を見つけ、止まり、逃げる時間を作るためのものだ。


 床の溝も、湿った布も、同じだった。


 誰かが、失敗したとしても、大きな事故にならないようにする。


 ソーマは、白い壁の足元に立てられた札を見た。


 《荷を置かない。通路を空ける》


 この場所で働く人には、それで十分伝わる。



 夕方、試作した区画はまだ完全には固まっていなかった。


 ソーマは、触りたい気持ちを抑えた。


「明日まで待ちます」


 職人が言った。


「今、固まってそうに見えても、力を加えれば形が変わるかもしれん」


 その言葉に、ソーマは微笑んだ。


 待つことは前から知っていた。


 けれど王都へ来てからは、成功を急ぐあまり、待つ理由を忘れかけていたのかもしれない。


 北門東倉の壁際には、白い結晶の保管札が新しく下がっていた。


 畑で役に立つかもしれないと話が出ている結晶である。前世の知識とも一致する。


「この結晶。畑で試す話、どうなりましたか」


 ハンナが尋ねた。


「まだ、試すだけですがそろそろと聞いてます」


 ソーマは答えた。多分、白い結晶は硝酸カリウムで肥料の成分として前世では使われていたと記憶している。


「作物を育てるために使えるかもしれない」


 床の上に残った白土の跡を見ながら、ソーマは思った。


 危険を遠ざけるために作るものは、壁や床だけではない。


 知識の行き先そのものも、選ばなければならなかった。



 工房へ戻ると、ソーマは床の溝を紙へ描き直した。白硬材の仕切り、布を受ける浅い場所、荷車の道。


 溝は低く、目立たない。だが、働く人の足が迷わなければ、それで役に立つ。


 魔法で残した溝を、誰もが使える溝へ変える。その方が、大切だった。


最後まで読んでいただきありがとうございました!

面白いと思っていただけたら、ブックマークや☆☆☆☆☆評価をいただけると次回更新の励みになります。

感想も一つ一つ楽しく読ませていただいています。

また次話でお会いしましょう!

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