4皿目『死者 と 母のおにぎり』
秋風が髪を揺らす。
流れた髪が時折視界を遮る。
頬を撫でる髪が時折こそばゆいが、気に留める事もなく、眼下に広がる都会の灯を見つめる。
地味ながらも、普通に生きていた。
相応に嫌な事もあったが、その分楽しい事もあった。
数こそ少ないものの、友人には恵まれていた方だ。
事故だった。
昔から危なげない場所が好きだった私は、いつか怪我をするだろうという自覚はあった。
まさか、その"いつか"が不意に訪れ、最初の”いつか”で命を落とすことになろうとは。
都内でも有数のマンモス団地。
飛び降り自殺をする人が後を絶たないと噂され、転落防止の対策が厳重に施されている。
高層階のありとあらゆる開口部は、忍び返しのような仕掛けで招かれざる客を追い返している。
きっかけは動画サイトの『死者の論理』と言うタイトルの動画だった。
『人は何故、自ら死に至るのか』と言う点を、心理学や経済学、果ては量子力学を誤用した引き寄せの法則や、スピリチュアルな運命論までひっぱりだして詳しく掘り下げる内容だ。
都会の片隅で一人暮らしをしている女性が夜な夜な見るにはちょっとばかり刺激が強い内容も含まれていたが、時折織り交ぜられるトンデモ科学の愉快さも相まって、生と死と言う身近なはずなのにどこか遠い世界に感じられるテーマも、気が付けば夜の娯楽の定番になっていた。
死にたいと思った事など一度もない。
ましてや自殺願望など、理解しがたいものである。
それ故に、今まで垣間見たことのない世界に触れる事は、知的好奇心を刺激された。
アウトドアかインドアか、アクティブかパッシブか。
極端な結論を求めたがる現代社会において、私はそのどちらでもなかった。
山に登る日もあれば、自室に籠って本を読む日もある。
一人で静かに食事をする事もあれば、合コンで積極的にアプローチをかける事だってある。
私は私に忠実だ。
この日も、私は自身の好奇心を満たすべく、夜の帳が降り始めた時間帯にここへ来た。
訪れたからどうだという事もない。
この場所に来てみたら、私の知らない何かと出会える気がしたからだ。
しかし、来る者を拒むという姿勢が前面に押し出されている光景を前に、私は自分の直感に従い踵を返した。
駅までの道をとぼとぼと歩きながら、なんとなく高い建物を探していた。
正確には、高いだけではなく部外者でも容易に立ち入れそうな建物だ。
オートロックなどは以ての外で、人の出入りが激しい建物も対象外。
無論、それが罪に問われることも承知の上だが、日常を真っ当に生きる私のちょっとした冒険心でもあった。
いくつもの建物を通り過ぎる。
駅に向かって歩いているという前提があるので、そんな都合の良い建物が見付からなければ見付からないで一向にかまわない。
帰ったらまた動画でも見ながら、冷蔵庫に作り置いてある総菜をつまもう。
そんな事を考えていると、視界の端に古びた建物が見えた。
なんとなく気になって、今来た道をほんの10メートルばかり引き返すと、一軒家と一軒家の境目にエントランスへ続く細い道が見えた。
別段、一大決心と言う程ではない。
ほんのちょっぴり程度の、軽い気持ちでその小道へ足を踏み入れた。
自転車同士がすれ違うのがやっとの広さのその道は、そこに住む者以外はまず通らないだろう。
数十秒歩いてたどり着いた先には、ぼんやりとした灯に包まれたマンションの入り口があった。
少なくとも私よりは年上であろう建物は、白い壁に茶色のタイルと言う、良くも悪くも昔ながらと言う装いだ。
あの時、私は何を考えていたのだろう。
もしかしたら、何も考えていなかったのかもしれない。
そうする事がさも当たり前のように、建物の中に足を踏み入れる。
右手には管理人室。
いや、昔は管理人室だった、と言った方が適切だろうか。
淡い光に照らされ、カウンター付きの小窓から中が見えるが、そこには何もない。
正面にはポストがある。
これもまた、この手の建物ではおなじみの光景だ。
ステンレスで出来た集合型のポストには、入居者不在を示す養生テープがあちこちに貼られている。
部屋の号数から察するに13階建て。
その内、11階に至ってはすべての部屋のポストがふさがれていた。
私は歩みを止めず、正面にあるエレベーターに乗り込む。
そして、一切の迷いもなく【11】のボタンを押した。
グォンと言う音と共に、足元が揺れる。
総戸数の割に小さなエレベーターの床には、大根の葉と思わしきものが2本落ちている。
それはまだ青々としていて、誰かが生活をしている場所だという事を主張しているようだった。
程なくして目的階に到着する。
エレベーターを出るとそこは真っ暗だった。
ホールと言う程の広さでもなかったが、そこには何もない。
続く廊下にも本来灯るべき明かりはなく、大都会が放つ明かりのおこぼれでほのかに様子がわかる程度だ。
明確な目的があったわけではないが、私はそのまま廊下を進む。
コツコツと言う自分の足音が廊下をこだまする。
建物の中ほどまで進んで、開放型の廊下から外を見る。
眼下には都会の灯が広がっていた。
私は汚れが付くことも厭わず、廊下のふちによじ登り体勢を整えてそこに腰かける。
幸い、手すり壁の笠木部分は、私の少し大きめなお尻をしっかり乗せられるくらいの幅があった。
何故そうしたのか、と聞かれても困る。
私はそうしたかったのだ。
夜風に吹かれ、ぼんやりと都会の夜を見つめる。
こうすることで何かが解るのか、それとも何も解らないのか、今の私にはそれすらも判断がつかない。
お尻以外の支えがなく、足元がふわふわする感覚とそれに伴う恐怖心が全身を襲う。
落ちれば確実に助からない。
誰の目にも明らかなその事実が、私の内にある『生きたい』という本能を強烈に呼び覚ましていた。
死にたいという人は生きたいんだろうな。
五感全てを動員した短時間の脳内討論会を経てその結論が出たところで、今夜の冒険を終了する事にした。
意識を内から現実へ向けようとしたまさにその時、背後からガチャッとドアを開ける音が聞こえる。
それは完全に不意打ちだった。誰もいないはずのフロアのドアが開くとは思ってもみなかったからだ。
考えてもみれば、ポストが塞がれているからと言って、廊下の電気がついていないからと言って、そこに住人が居ないとは誰も言っていない。
心霊現象や怖い話とは違う方向の驚きは、体をビクンと反応させるには必要十分だった。
お尻が前にずれる。即座に重心を失った私は、地球の重力に逆らう事は出来ない。
その刹那、生存本能が体を回転させたが、その時には既に藁すら掴むことはできない位置にいた。
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秋風が髪を揺らす。
流れた髪が時折視界を遮る。
頬を撫でる髪が時折こそばゆいが、気に留める事もなく、眼下に広がる都会の灯を見つめる。
人が死ぬとどうなるか。私は今まで知らなかった。
私に明日は来ない。その代わり、私は想い出の中を彷徨った。
何度も、何度も。
覚えている限りの事、いや、今まで記憶の倉庫にしまい込んでいた様々な出来事が呼び起こされる。
昨日の事、おとといの事、去年の事、10年前の事、小学生の頃、幼稚園の頃、そして産まれて間もない頃。
その時の私はおにぎりを頬張っていた。
母が握ってくれたおにぎりだ。
まだ両手もうまく使えなかった私は、手にも口元にもテーブルにも、手が届く範囲すべてに米粒を付けていた。
これでは、口に入れた量より散らかした量の方が明らかに多い。
母は大笑いしながら私に鏡を見せる。
そこに映った米粒だらけの自分の顔が可笑しくて、たくさん笑った。
その時の私はおにぎりを頬張っていた。
母が握ってくれたおにぎりだ。
幼稚園の遠足。
わくわくしながら開けたお弁当箱の中には、小さくてかわいいおにぎりが俵型に結ばれ、海苔が巻いてある。
先生に『中身はなーに?』と聞かれ、私は得意げに『梅干し!』と応える。
その瞬間、先生の顔がひゅぅぅぅっと酸っぱい顔になったのを見て、ゲラゲラと笑った。
その時の私はおにぎりを頬張っていた。
母が握ってくれたおにぎりだ。
車で一時間程の所にあった、遊具の沢山ある公園でのピクニック。
遊びたい一心で食事を渋る私に『早く食べちゃいなさい!』と差し出されたおにぎり。
当時大好きだったゲームのキャラクターがプリントされた包み紙を見て目が輝いたものだ。
コンビニのおにぎりのように、テープを引いて開封するような仕組みだったが、開封する事でお気に入りのキャラクターが引き裂かれてしまう事に気が付いた私は、先ほどとは違う理由で食事を渋った。
『仕方ないわねぇ』と言いながら丁寧に包み紙をはがす母の顔が、言葉とは裏腹にニコニコとしていたのが印象深い。
その時の私はおにぎりを頬張っていた。
母が握ってくれたおにぎりだ。
部活動の遠征で県外の中学校へ行った時。
ゆっくり食べている時間も場所もないからと、大きめのおにぎりを2つリクエストした。
初めての大会と言う事もあり、極度の緊張でとても食事どころではなかったが、ラップにくるまれた2つのおにぎりにはそれぞれ付箋が貼ってあった。
【こっち"は"梅干し】
【こっち"も"梅干し・・・あ、こっちを先に見られたらどうしましょう】
ひょんな事から肩の力が抜け、もりもりと食べたものだ。
その時の私はおにぎりを頬張っていた。
母が握ってくれたおにぎりだ。
大学受験を控え、連日連夜自室で勉強をしていた。
夜食はなるべくキッチンで摂るようにと言われていたが、そろそろ冬の入口かと思う頃にはその時間すら惜しくなっていた。
見かねた母が、暖かいお味噌汁と共に部屋まで運んでくれるようになり、メリハリを付ける事の大切さも学ぶ事となる。
具は、一つは梅干し。そして、もう一つも梅干し。
海苔は巻いてあったり巻いてなかったり。
時折、具を入れ忘れたのか塩のおにぎりだったり。
その時の私はおにぎりを頬張っていた。
母が握ってくれたおにぎりだ。
小さい頃から可愛がってくれた母方の祖母が亡くなった晩。
寝ずの番をしていた私に、母は『お腹すいたでしょう』と、先日まで祖母が立っていた台所に向かった。
小さな声で「おむすびころりん、ころりん、ころりんりん」と祖母がよく口ずさんでいたと言う歌を歌いながら。
見るともなしにその横顔を見ていたら、先ほどまで気丈に振舞っていた母の頬を涙が伝う。
やがて手にお米を握ったまま泣き崩れた。
その時の私はおにぎりを頬張っていた。
母が握ってくれたおにぎりだ。
大学卒業と就職が決まった私の引っ越しが終わった日の晩。
母がお惣菜がたっぷり詰まった沢山のタッパーと大量のおにぎりを抱えて来た。
「部屋が落ち着くまで料理どころじゃないでしょ」
そう言いつつ、置くだけ置いてさっさと帰ってしまった。
車で一時間半の距離をわざわざ来てくれたのかと思うと、不意に涙があふれた。
今思えば、それが最後のおにぎりだった。
若くして病魔に襲われた母は、次第におにぎりどころかお粥も重湯も食べられなくなっていった。
「また、お母さんのおにぎりが食べたいから、早く元気になってね!」
そう励まし続けた私の願いはとうとう叶わなかった。
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春風が髪を揺らす。
流れた髪が時折視界を遮る。
頬を撫でる髪が時折こそばゆいが、気に留める事もなく、眼下に広がる都会の暮らしを見つめる。
想い出の中のおにぎりは私のお腹を満たすことはない。
その代わり、何千回、何万回、何億回でも母のおにぎりの記憶が私の心を満たし続ける。
私が想像していた死後の世界よりはずっと地味だ。
でも、私が想像していた天国よりは幾分幸せかもしれない。




