3皿目『一粒種 と ちかっぷういんなー』
ちかっぷういんなー。
ちかっぷ。ウインナー。
後者は解る。
5本しか入っていない、ちょっぴりお高いウインナーで我が家の最近のお気に入りだ。
問題は前者だ。
ちかっぷ。ちかっぷ。ちかっぷ。
・・・う~ん。解らない。
解らないどころか、正直、見当すらつかない。
千葉から東京へ向かう満員の通勤電車に揺られながら、娘に出された『お題』に頭を悩ませる。
試しにスマートフォンで『ちかっぷういんなー』を検索するも、検索結果には女性用の下着が一覧表示されてしまい、慌てて画面をオフにした。
漢、タカハシヨシカズ、33歳。
そこそこの大学をそこそこの成績で卒業した。
それなりに青春を謳歌しそれなりに泣かされた恋もした。
年相応の壁にぶつかった事も一度や二度ではないが、今目の前に立ちはだかる壁は越えるきっかけすらつかめずにいる。
勤めは商社。
商社と言えば聞こえは良いが、食品メーカーの看板を背負った大手のグループ企業だ。
決して不満がある訳ではない。
しかし、学生当時は謎に自分を過大評価するが故の野心もあった。
皇居まで徒歩で行けるようなオフィスで働きたいと、一流商社を目指すも敢え無く撃沈。
「そこそこやそれなりの人間じゃ、やっぱダメかぁ。」
と厳しい現実に肩を落としつつも就活を続けた。
仲間内の9割が就職を決め、焦りがピークに達したところで個人的には奇跡とも思える出来事が起きた。
名前を出せばみんなが知っている、大手メーカーからの内定を勝ち取る事ができたのだ。
・・・いや、勝ち取ったなんてカッコいいものではない。
目立った特技も際立った才覚もない自分を拾ってくれた会社には感謝しかない。
日々、企業のイチ歯車として精いっぱい働くことで、謝意を表す。
営業として社会人生活をスタートし、6年目からは現場の営業から商品開発を兼ねた仕入れ担当に回された。
メーカーの工場と折衝し、いかに原価を抑えつつ『売れる商品』を企画するか。
ウインナーの脂身の配合一つで会議が踊る。
0.1グラム単位で味も利益も大きく変わるという世界は面白みもやりがいもあるが、人と食材と数字が絡むとやはり神経はすり減っていく。
異動が決まった時は泥臭いを地で行くような毎日だった営業時代から比べたら幾分マシになるかもしれない、程度に軽く考えていた。
しかし、新天地での日々は泥臭さこそマイルドになったものの、代わりにまるで底なし沼のような業務量に溺れている。
この手の仕事は、気合と根性のみで乗り切れる類のものではない。
業務中は気配り心配りを最優先に、常に創意と工夫を以て職務に当たる。
決して意識してそうした訳ではなく、単に”そうやって動いていないと自分の首が絞まる”と言うだけの実に主体的な心情からそうしているだけだ。
28歳の年末。
新しい部署と仕事に慣れ、家には帰るだけのような毎日が続く通勤時間に、自分は果たしてこのままで良いのだろうか、と言う事をよく考えるようになった。
年明けに開催された同窓会に参加した際に、外資系でバリバリ働いている大学の同期の年収が一千万を超えたらしいという噂を耳にする。
この時、きっと誰しもが一度はかかる『はしか』のようなものに、自分もご多分に漏れず罹患した。
異動してまもなく一年。
本気で転職を考えていた矢先、人生で二度目の奇跡が訪れる。
それが、妻であるアイカとの出会いと、主任を飛び越えて係長を拝命するという飛び級人事だった。
そこからの毎日は、人生は誰かが筋書きを書いているのかと感じる程に、目まぐるしくも至って自然な形で話が進んでいく。
まずは、新卒社員の教育係に任命された。
正確には、自分より2年程若手が務めるOJT部隊のまとめ役であったが、業務量が業務量だけにどうしても個人の能力でそれをカバーするのに不足が出る。
全体的な進捗管理と穴が開いたところのフォローが主だった役割になる訳だが、そんな折に出会ったのが新入社員の一人であるアイカだった。
そして、仕事に追われ恋愛どころではない自分が、どういうわけだか週に一度は何故かアイカとカフェでコーヒーを飲んだり、ファミレスで食事をしたり、居酒屋で酒を飲むようになっていた。
それがいつしか週に一度から二度に変わり、手をつないで歩くようになる。
さらに頻度が増し、退勤後に二人で会う回数が指数関数的に増えた頃、腕に絡む彼女の薬指にはリングが輝いていた。
新婚生活はバラ色だった。
あれだけ辛いと感じていた仕事にも、社会や会社における立場に変化があった事で張り合いも出てきた。
アイカから籍を入れる直前に『子どもが出来にくいんです』と打ち明けられた時は少々悩みもしたが、お互いに健康でいられればそれで良いじゃないか。
当人以上にアイカの両親がその事を気にしている様子だったが、うちのオヤジもおフクロも『授かるものだから』と気にも留めていないようだ。
ところが、奇跡は続く。
新居での生活がようやく落ち着いた頃、夕食後のアイカが不意な体調不良に見舞われた。
もしや?とお互いが顔を見合わせる。
数日後には病院で、妻が母になった事を知らされた。
そのままお腹の子は順調に育ち、予定日より少し早めではあったが、大きな問題がおきる事もなく無事に出産の日を迎える。
新たな命が宿った事が判明した日もそうだったが、こうして産声を聞いてみて、改めて子どもを授かる事自体が奇跡なんだという事をしみじみと感じた。
元々、着床自体が難しいと診断されていたらしい。
「今回の妊娠は、針の穴を通すような確率かと思われます。」
これは、定期健診での医師からの言葉だ。
さらには、出産を経て子宮の状態も大きく変わる為、母体への負担も含め二人目以降も強く望みすぎないように、と優しく諭されたそうだ。
さておき、我が家のプリンセスはすくすくと成長をする。
よく『他人の家の子の成長は早い』と言われるが、それは大きな間違いである事に気付く。
我が子の成長程早い物はない。
朝起きて夜帰れば顔が違う。
昨日の夜に握った手と今朝握る手の大きさが違う。
何よりも、日々確実に大きく、そして重くなっていく。
出張で数日家に帰らない、なんて日があればもはや別人かと思えるレベルだ。
「パパは可愛い可愛い"我が家の一粒種"をほっといて、お仕事でちゅってよぉ」
おどけた妻と、寝起きで少々機嫌の悪い娘に見送られる。
あんまり意地悪言うなよと苦笑いをしながら自宅を出るのが、すっかりと日課になってしまった。
どちらから言い出したわけでもない。
”一粒種”と言う実生活では死語に近いようなその表現も、自分たち家族の間では、どんな流行り言葉よりも深い特別な響きを持っていた。
そんな我が家のお姫様も、この春からは幼稚園に通うようになった。
園服に身を包んで登園する姿は、誰よりもウチの子が一番かわいい。
親バカフィルターを通した”一番かわいい”子ども達が、幼稚園でどんな風に過ごしているのかを見れるイベントが年に何度か・・・いや、ほぼ月に1度のペースで企画されている。
5月の母の日と6月の父の日に合わせた『参観日』もそのうちの一つだ。
一昔前はそれぞれ『母親参観日』と『父親参観日』と称されていたが、仕事の都合や家庭の事情で様々なスタイルが普通である現代に配慮してか、今は修飾語を用いず単に『参観日』と言われている。
かつては5月の参観日には”ママの似顔絵”を、6月の参観日には”パパの似顔絵"を描いて送るというのが定番だったらしい。
時代の変化と共にその内容もブラッシュアップされ、妻と共に出席した5月の参観日には”家族の似顔絵”を、まだ文字だか線だか解らない言語で書かれた手紙と共にプレゼントされた。
6月の参観日のテーマは”お弁当”だそうだが、一つだけルールが定められている。
それは『いつもとは違うお弁当を作ってもらう』という事らしいが、この”いつもとは違う”をどう解釈するかは各家庭に委ねられていた。
例えば、いつもおにぎりならサンドイッチを、普段お肉が多ければこの日だけはお野菜中心にと言った具合だ。
母親の代わりに父親が作る、と言うのも数ある解釈の中に含まれており、園側としては父親の育児参加の観点からも”密かに”推奨されているようだ。
密かに、と言うのは様々な現代のスタイルに最大限寄り添った結果だろう。
そして我が家の一粒種は、普段料理をしないパパによるお弁当をご所望との事だ。
週末に参観日を控えた月曜の朝、そろそろお弁当の中身を決めねばならぬと思い、娘に何を食べたいか聞いてみた。
すると、にっこり笑って「ちかっぷういんなー!」と元気よくハキハキと答える。
初めて聞く単語に戸惑っていると、パパには何のことかわかるかなぁ?と、にやけ顔の妻がコーヒーを運んでくれた。
もしかしたら、これはとんでもない難題なのではなかろうか。
脳内の商品リストを片端から検索し既存のデータと照合を試みるが、結局答えが出ないまま、家を出なければならない時間が迫ってきていた。
「ちかっぷういんなーって、どんな食べ物なの?」
せめてヒントになるような発言はないかと期待して娘に問う。
「あのね、ちかっぷのね、ちかっぷのやつのういんなーなの!」
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朝6時。
強い意志をもってすれば、目覚ましは不要だ。
予定よりも30分早く目を覚ますことが出来たのは、強い意志・・・と言う名の強迫観念だ。
父親としての威厳を見せるでもなければ、面目を保つためでもない。
ただただ、娘のがっかりした顔は見たくない。それだけの気持ちである。
父親と言う生き物は、無力感の塊だ。
腹を痛めたわけでもない。
乳をあげる事も出来ない。
ぐずった時も原因が判明するまでに長い時間を要するし、おむつを替えるのも、お風呂に入れるのも、妻の手際の良さにはかなわない。
休日や会社の制度をフル活用したところで、子育ての比重はどうしても妻に偏ってしまう。
皿洗いやゴミ出し程度の家事参加が免罪符になるとは到底思えないが、せめてそれくらいの事でもハイレベルにこなさない事には娘の顔を見る事すら許されないのではないか。
そして父親の思うハイレベルと母親の思うそれとの間にも乖離があり、その都度いかに自分が家庭の中で無力であるかと言う事を痛感してしまう。
慣れない家事に失敗したり、手際が悪かったのに気が付いても、アイカは決してなじるような事を言わない。
かつて自分がOJTで教えた通り、事実と感情は別に処理した方が双方にとってスムーズであるという事を、実に忠実に守っている。
会社にとっては一人の優秀な人材であるアイカ。
「それが何かを当てるのも、ヨシカズの役目じゃない?」
最愛の妻であり、また母親でもある一人の女性は、難題に頭を抱えているかつての上司に向かってこう言った。
実に久しぶりの名前呼びに少々むず痒く甘酸っぱい気持ちにもなったが、茶目っ気たっぷりの発言の裏で、難題は難題のままとなってしまった。
しかし、自分も父親になって早3年。
至らないながらも、家族に注いだ愛情は誰にも負けない自負がある。
武士の情けじゃと、妻が程よい時間に炊き上がるよう前日に予約してくれた炊飯器のスイッチが入る。
まるでその音が合戦の開始を知らせるほら貝の音色のように聞こえた。
よし、やるぞ。作るぞ。
まずは食器棚からお弁当箱を出す。
流行りのキャラクターのイラストが描かれた、小さなお弁当箱。
隣には自分と妻の分のお弁当箱もしっかりと用意されている。
娘の成長に比例するように、日々空き容量が少なくなっていく冷蔵庫を開ける。
買い物は前日までにしっかり済ませた。
夕飯の食材と間違えないようにと程よく隔離されたお弁当用の食材を棚から出す。
先ず出したのはサニーレタスとミニトマト。
流水で流しキッチンペーパーで水気を切る。
ミニトマトはヘタを外し代わりにシマエナガの飾りがついたピックを刺す。
続いては取り出したるは、オムレツ用の卵だ。
スーパーで手に取った時にその価格に驚いた。
『卵は物価の優等生ではなかったのか』と思ったが、可愛い我が子の為にケチってはならないと、10個入り400円ほどのパックを購入する。
仕事では”卵液”としてグラム単位で計算をするが、考えてみれば1個あたりいくらと言う考え方をした事が無かった。
昨夜、レシートを見せたアイカから
「係長、お姫様の為とは言え、原価計算甘々じゃないですか?」
とおどけて見せられた。
ボウルに卵を3つ割り入れ、そこにミルクをほんの少し、塩コショウ少々合わせ箸でかき混ぜる。
フライパンにはバター。弱火でバターが溶けるのを待つ。
ほんのりとバターの香りが立ち上がったら、混ぜた卵液を投入する。
・・・。
ええと、卵を入れたら・・・あ、そうだ、かき混ぜるんだ。
菜箸をフライパンに立て、動画サイトで見た動きを真似る。
ぐちゃぐちゃとかき混ぜていくうちに、卵が想定よりも早くどんどん固まってきてしまう。
慌てて火を止めるも、その後もどんどんと卵が硬くなっていくのが解る。
辛うじてバラバラにはなっていないが、オムレツと言うよりは炒り卵に近い。
うーむ・・・まぁ、仕方ない。
一旦皿に移し粗熱を取る。
フライパンを洗いガスレンジにセットしたところで、本日の目玉『ちかっぷういんなー』にとりかかる。
ウインナーをまな板の上に取り出す。
ナイフスタンドからシュっと音をたてて抜くのは妖刀ムラマサではなく、何の変哲もない家庭用のステンレスの包丁だ。
5本入りのウインナーのうち2本は縦に、2本は横にそれぞれ半分に切り、残った一本は4等分にした。
自分が幼少期だった頃、お弁当にタコさんウインナーが入っていた時は飛び上がるほど嬉しかった。
今回はその嬉しさをよりバージョンアップしたいと思い、タコさんの他にカニさんとお花にも挑戦だ。
単純そうに見えたが・・・これが、なかなかに・・・難しい!
包丁ではなく、カッターか何かでやった方が楽なような気もしたが、大事な娘の口に入る物だ。
かくして、カニだかタコだかなんだかわからない、やたらに切り込みの入ったウインナー片が量産される。
まぁまぁ、見た目はともかく、味が大事なんだ、味が。
五日五晩考え抜いて『ちかっぷ』の正体にもたどり着いた。
いや、まだそれが正解かどうかは解らなかったが、恐らくは正しいはずだ。
冷蔵庫から、ケチャップとソース、料理酒、チューブのニンニクを取り出す。
手のひらサイズの小さいボウルにケチャップとソースを半々の割合で入れ、料理酒で少し伸ばす。
チューブのニンニクをほんの少量足したら、混ぜ合わせて味を見る。
うん。多分これで大丈夫。
結婚して最初の週末、まだ食材も調理器具も限られている中で、アイカが作ってくれた朝食。
トーストにターンオーバーの目玉焼きとウインナーと言う実にシンプルなメニューだったが、ウインナーを食べたときにまるでホテルのレストランで食べるハンバーグのような風味がして驚いたものだ。
自宅で食べるものなのにこんなに美味しい物が作れるのかとひとしきり感動していると
「ん?ケチャップのウインナー、おいしい?よかった!」
と、くしゃっとした顔をして微笑んでいた。
職業柄、試作や試食で加工食品を食べつけているせいか、自宅ではそれら敬遠していたのでそれ以来食卓に上る事はなかったが、娘が入園したころから冷蔵庫にはウインナーが常備されるようになった。
答えにたどり着いてしまえばなんてことない。
ウインナーが好きだと言うのは、本人からも妻からも聞かされていた。
あれだけ謎だった”ちかっぷ”も『おちんでじゅーす』や『とうもころし』や『ぶっころり』や『えべれーたー』と同じく、音のイメージでふんわりと単語を覚えていく過程を冷静に考えればケチャップ以外に似た語感の物が娘の生活圏にはない。
ほんのりと温かくなったフライパンにウインナー片を投入する。
パチパチと焼けていくに従い、切込みが開いてくる。不安しかなかったが、想像よりはタコにもカニにも見えてきて一安心だ。
合わせ調味料を投入しアルコール分を飛ばす。
じゅわぁっと景気の良い音と共にケチャップが周囲に散乱する。
あちちちち・・・フライパンを持つ手と顔面にケチャップからの攻撃を受ける。
予想外の出来事に、危うくフライパンをひっくり返しそうになったがぐっと耐え、火を止める。
ピーピーピーと炊飯が終了した事を告げられる。
それぞれのお弁当箱に白米を詰めようと炊飯器の蓋を開けたところで手が止まる。
・・・ご飯はどれくらい入れれば良いのだろうか?
『お弁当箱に詰めるべきご飯の量が解らない』
自分で自分が信じられなかった。
確かに、やった事が無ければ解るはずもない。
解るはずもないのだが、これはなにも特殊なプロジェクトではなく、日々の当たり前の一部だ。
冷蔵庫に食材が綺麗にまとめられていた事。
食器棚にきちんと準備されていたお弁当箱。
サニーレタスも玉のままではなく、一枚一枚丁寧に準備されていた事などが頭をよぎる。
普段キッチンに立たない自分が、調味料や調理器具の位置に迷わなかったのも、アイカの心配りが行き届いていた証拠だ。
『後工程はお客様であり、前工程は神様である』と言う、新入社員時代に嫌というほど叩き込まれたその言葉。
まさか朝のキッチンで、そして娘のお弁当作りのタイミングで唱えることになるとは。
気を取り直して、”後工程のお客様”である娘の顔を思い浮かべながらお弁当を詰めていく。
何かもっと出来る事はないかと思い、アイカが買い物用のメモに使っている付箋とペンを手に取った。
『いとしのプリンセスへ。おいしくたべてね!パパより』
『前工程の神様へ。いつも本当にありがとう。後工程担当者より』
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梅雨の晴れ間。
暑いくらいの日差しを受けながら、家族三人で登園する。
みんなで歌を歌ったり、園庭をかけずりまわったりした後は待望のお弁当タイムだ。
教室に15組ほどの家族がレジャーシートを広げ、お弁当を準備する。
先生の合図で「いただきます」をするのかと思ったら、子ども達だけが前に集められた。
各自が思い思いの言葉で、いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとう、と言ったセリフを発表していく。
何を言わされているのか解らないと言った子もいれば、心の底からの感謝を述べる子もいる。
同じ年に生まれたと言っても最大で1年の開きがあれば、各々の成長にも差があろう。
こうした形で、我が子がどのように育っているのかを客観的に見れる機会と言うのは必要なのかもしれない。
日々変わるという当番園児の音頭で、教室内には「いただきます」がこだまする。
あちこちから「きゃー」とか「うわー」とか、概ね歓喜の感情がのった叫びが聞こえてくる。
さぁ、我が家の一粒種の反応はどうか。
おもむろにお弁当箱を取り出す。
蓋についている付箋のメッセージに気が付いたようだが、まだ字が読めない娘にはそれがなんだかピンと来ていない。
妻が「美味しく食べてね!って書いてあるよ~」と言うと、嬉しそうに「うん!」と答えるがその手はお弁当箱を開封するのに夢中だ。
上下に二段に分かれているお弁当箱。
たどたどしい手つきで娘が白米の入った方を空けたら、左隣にいた妻が「ぷっ!」とふきだした。
「え、ちょっと、すんごい!ごはん、みっちみちじゃない!?」
少々呆れつつも、かつての上司のちょっと派手目な失敗を楽しんでいるようだ。
・・・いいんだ。次に失敗しなければ、それで良い。あ、でも、今回はごめんなさい。
娘は、両親のやり取りは意に介さない様子でおかずが入った方に手をかける。
蓋を開けた瞬間にケチャップソースの良い香りがあたりを包む。
千切れそうな足が心もとないが何とかカニとタコの形状を保っている”ちかっぷういんなー”を見て娘が満面の笑みを浮かべる。
「パパ!ありがと!!」
娘の一口目を見届けた後、自分たちのお弁当の開封の儀に入る。
付箋の存在に気付いているはずの妻の反応はない。
感謝の気持ちを綴るには弱すぎたかと反省していたら、姿勢を整える為に座り直すふりをした妻が耳元でそっとささやいた。
「ねぇ、係長。来年は一粒が二粒に増えるみたいですよ?」
漢、タカハシヨシカズ、34歳。
――我が家の奇跡は、まだ終わっていないようだ。
二粒目の奇跡など知る由もない先生が、一組ずつ順繰りに家族写真を撮りながら
「みんなのお弁当の中身はなんですか~?」
と尋ね歩いている。
娘はフォークにカニさんを刺して高らかに掲げ、誇らしげに叫んだ。
「ちかっぷういんなー!!」




