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一皿の記憶 -ダレカ と ナニカ-  作者: ユ・サド・クアザ


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2皿目『父親 と だしまきたまご』

 父の背中は大きい。

 まだ私が幼稚園に通っていた頃、台所に立つ父親の背中を見てそう感じた。


 よくある4人掛けのダイニングテーブル。

 正面にシンクが見える位置が当時の定位置であった。

 父の背中が視界を占める割合が母のそれと比べると圧倒的に大きく、ちょっとした威圧感すら覚えたものだ。


 当時、何があったのかを覚えている訳ではない。

 急な用事だかなんだかで母親が3日間自宅を空け、その間の食事の世話をしてくれた父の背中はまだ幼い自分にとっては印象深い光景だったようだ。


 白くて丸いお皿に手でちぎったレタスとミニトマト、フライパンで炒めただけのウインナーに、見事なまでに鮮やかな黄色の卵焼き。

 共に供されたのは、毎朝母親が炊いてくれるご飯ではなく、トーストにいちご味のジャムだった。

 食パンが苦手だった私は、甘いトーストと甘くない卵焼きの組み合わせがこの上なくミスマッチに感じられて『食べたくない』と駄々をこねた。

  

 思い返せば、年に一度か二度、母が家を空ける事があった気がする。

 その度に、普段は台所に立たない父が食事を作ってくれていた。

 付け合わせはその時々によって異なったが、甘くない卵焼きは必ずと言って良いほど皿の上に鎮座していた。


 小学2年生だった時の冬。

 この時も朝食に甘くない卵焼きとトーストが出てきた。


 子どもながらに自分の気持ちを言語化できるようになっていた私は、三日目の朝にとうとう我慢できなくなる。

 父の作る卵焼きはどうして甘くないのか、母が作る卵焼きの方が甘くて好きだ、と今考えれば暴言に近い一言を無邪気に発した。


 すると、まるで気が付かなかったとでも言うような顔で父の目が丸っと見開いた。

 私はその表情がなんだか可笑しく、口に含んだ麦茶を派手にぶちまけてしまったが、今となっては良い思い出だ。


 「あのな・・・これ、卵焼きじゃなくて”だしまきたまご”って言うんだ。」


 だしまきたまご。

 聞きなれない単語だったが、言葉の響きが気に入ったのと父の顔を見て麦茶を吹き出してしまったエピソードが結びつき、以降は母親に対しても”だしまきたまご”をリクエストするまでになった。


 父からは、簡単に言えば砂糖が入るか入らないかの違いだと教わる。

 大人になった今でこそ、当時の父の説明は随分と雑だなとも思えるが、なんとも父らしい簡潔な説明だ。


 不思議なもので、母が作る"だしまきたまご”は美味しくなく、それはそれで食べたくないと文句を言ったものだ。

 それこそ、甘くない卵焼き。

 食感もギシギシと感じられ、断面もあまりキレイではない。


 父の作る”だしまきたまご"は違った。

 箸で持ち上げればその断面からは水分がにじみ出てくる。

 表面は絹のようにきめ細かく、中面はまるでプリンを思わせる滑らかさだ。

 口へ運べば、ふわっとした食感に続いて実に様々な味と香りが口内を駆け巡る。


 中学2年生のバレンタインデー。

 憧れだった1コ上の先輩に手作りのチョコと共に想いを綴った手紙を送った。

 返事がなく撃沈したのかと思ったら、ホワイトデーにその返事を頂く。


 わざわざ我が家を訪れた彼から、近所の100円ショップに売っている一番大きな袋に、マシュマロがパンパンに詰まったものを手渡された。

 同封されていた手紙には『今の自分の気持ちはこれくらいだけれど、これからもっともっと大きくなる』と言ったような事が書かれていた。

 明確な言葉で綴られている訳ではなかったが、どうやら私のお付き合いしたいという願いは叶いそうな返事である。

 チョコ作りの時に粗方心情を伝えていたとは言え、あの時ほどテンションの高い母を見た事がない。


 そんな私たちは春休みに初めてのデートをする。

 デートと言っても、所詮は中学生である私と高校入学を間近に控えている彼が行ける場所など限られていた。

 結局、母や友達のアドバイスなど紆余曲折を経て、最寄り駅から30分ほどバスに揺られた場所にある、ちょっとさびれた田舎の遊園地に行くことになった。


 私はお弁当を作って持っていく事になったのだが、その時にどうしても父の”だしまきたまご”を彼に食べて欲しかった。

 だが、思春期真っただ中である私は素直に『作って欲しい』とも『教えて欲しい』とも言えずにまごまごとした日々を過ごす。


 気が付けばデートを3日後に控えた日の夜、私は父に呼ばれた。

 行ってみると、キッチンに立ちエプロンを付ける父がそこにいる。


 何も言わない。

 何も聞かれない。

 私の姿を確認した父は黙ってボウルに卵を割りいれた。


 「一度作るから、隣で見ていたら良い。」

 父はぼそっと呟くようにその一言だけ放つ。

 そう言えば父の声を聴いたのは久しぶりのような気がする。


 ボウルには卵が4つ。

 メモリ線の入ったおたまに市販のめんつゆを1/4、水が3/4。ちょうどおたま一杯分になったところでそれをゆっくりとボウルに入れる。

 調味料棚からピンクソルトを取り出し『イチ、ニ、サン、ヨン・・・』と8回振り入れた。

 

 小型のホイッパーで卵の黄身をつぶし、最初はゆっくりと丁寧に、次第に早く空気を混ぜ込むようにかき混ぜる。

 この頃には自分でも卵焼きくらいは作った経験はあったが、卵を混ぜる所作がこんなにも美しいとは思わなかった。

 軽やかでリズミカル。手首のスナップがポイントらしいわよ、とは後に母が教えてくれた事だ。


 卵焼き用の四角いフライパンに油を注ぎ入れる。

 「え、そんなに入れるの?」

 思わず声に出してしまう程の量が入っている。

 

 父は何も言わず火をつけ、中火と弱火の間くらいに調整しそのまましばらく待つ。

 粘度の高い油が、ほんの少しさらっとしたタイミングでボウルからおたまで卵液を2杯すくい、フライパンに投入される。

 ジュ~っと言う音を期待していたが、卵が焼ける音はほとんどしない。

 代わりに視界に映るのは、油の海に泳いでいる卵液がゆっくりと凝固していく様子だ。


 まだほとんど生と言っても差し支えない状態で、初手で投入された卵は奥にまとめられる。

 奥に追いやった流れのまま、実に淀みのない手つきで再度卵液がフライパンへ流し込まれる。

 先ほどはなみなみと2杯であったが今度は8割ほどの量を2杯だ。


 フライパンの取っ手の先、手前の1/3を軽く握りこんだ手でフライパンを動かす。

 ゆっくりと、しかし確実にフライパン全体に卵液が行き渡り、最後に先ほどまとめられた半熟状の卵の下にも流し込まれる。

 まだほとんど生の状態であるにも関わらず、フライパンを手首のスナップで上下に振りつつ箸で卵の動きをコントロールし手前にパタンパタンと巻いていく。

  

 あ、だしまきたまごのあかちゃんだ。

 我ながら妙な感想を抱いたものだ。

 そのことを言葉にすると、ほとんど無表情だった父の口元がほころんだように感じた。

 

 まだあかちゃんのだしまきたまごをフライパンの奥へ移動させ、今度はほんの少量、油が継ぎ足された。

 ものの本では『キッチンペーパーにしみこませた油を~』などと書いてあるが、父はフライパンの奥に移動しただしまきたまごを使って油を馴染ませる。


 5回か6回か・・・途中から数えるのを放棄してしまったが、同じ動きを繰り返す。

 繰り返されるうちに、ほんの数分前にはあかちゃんだった"だしまきたまご"も今や立派に成長している。


 ボウルに残った最後の卵液を投入し、全体に行き渡らせた刹那、父はフライパンを濡れ布巾の上に置く。

 そこで初めてジュ~と言う音を聞いた。

 「何してるの?」

 父は何も言わず、フライパンを火の上に戻す。


 また少し温まったところで一度パタンと卵を手前に巻き、フライパンを火から離す。

 程なくしてまた火へ戻し、また巻き、また離す。

 何かと対話するように、父の目線は綺麗に巻かれただしまきたまごを捉えている。


 フライパンの角を用いて形を整える。

 傍目からは既に完成形と思われたが、その後も火から離したり近づけたりを繰り返し、ようやく完成を迎えた。


 まな板の上にフライパンを立てる。

 少しずつ角度を付けられ、やがて重力に逆らえなくなっただしまきたまごは手入れが行き届いた純白のまな板の上に躍り出た。


 躍動感。

 私は今、何を見ているのか。

 まるでゼリーがお皿に盛られる瞬間のように、だしまきたまごが踊っている。

 ぶるんとも、ぷるるんとも言い難いが、確かに今私の目の前ではだしまきたまごがその弾力を私に示した。

 

 焼いた卵がそのような挙動を示すとはこれっぽっちも想像できなかったが、父はこちらの驚きなど構いもせず包丁を握る。

 まるで刺身を引く職人のように、スッと包丁を入れる。

 真ん中から綺麗に2等分されただしまきたまごの断面に、あるべきはずの層がほとんど確認できない。


 今まで何気なく食べていたものが、技術の粋だったという事に気付くまで時間はかからなかった。

 マジマジと断面を見る私に向かって

 「巻かれた茶わん蒸しだ、と言った人も居たな」

 と、ようやく声を発した。

 「これは”出汁”を”巻く”から”だしまきたまご”なんだよ。」


 ジュージュー焼いてしまったらそれは”卵焼き”なんだ、と言いながら父は片付けを始める。

 その後はほとんど言葉を交わさないまま、父は書斎へ引っ込んでしまった。


 目の前にはまだ暖かいだしまきたまご。

 片付けられた包丁を取り出し、一切れ切り出そうと刃をあてがう。

 驚いたことに、刃が入っていかずだしまきたまごが少し変形し、先ほど父が切った断面からは”出汁”があふれ出てしまった。


 あ!もったいない!!

 その時に何故そう感じたのか。実は今でも不思議である。

 ただ、目の前で丁寧に作られたものを自分の手で蹂躙しているような気分になったのも事実だ。


 そこで、先ほどの所作を真似てみた。

 包丁の根元をだしまきたまごにあて、手前にスッと引く。

 すると先ほどの父と同じように、今度は何の抵抗もなく卵を切り分ける事に成功する。

 『腑に落ちる』と言う言葉の意味が、まさに腑に落ちた瞬間だった。


 翌日の食卓には”だしまきたまごもどき”がいくつも並んだ。

 朝からスーパーで何パックも買い込み練習に励んだ。


 管理栄養士として病院で栄養指導に従事している母からは本気で怒られ、本気で呆れられ、本気で応援される。

 同時に〈卵代〉と書かれた封筒も渡された。

 「お父さんがね、多分卵たくさん使うからってくれたのよ。あなたに渡してくれって事でしょ。」

 

 少なくとも向こう1年分程の卵を食べたのではないかと思われた、デート当日の朝。

 前日から入念に準備したお弁当作りに取り掛かる。

 小さいハンバーグに花形に形作ったニンジンのグラッセ。茹でたブロッコリー、綺麗に洗って水気を切ったミニトマト。

 よし、ここまでは順調だ。

 

 最後に本丸のだしまきたまごに取り掛かる。

 4回目の失敗から、ポイントは『焼くと言うより温めるに近い行為』だと気付いてからは常にフライパンを火から離していた父を思い出し、その動きを真似た。

 卵からあかちゃんへ。そして時間をかけて少しずつじっくりと成長させて立派な”だしまきたまご”へ育てていく。

 実際、母の焼く卵焼きと比べると倍以上の時間がかかった。

 それでも、丁寧な動作が仕上がりに直結する事を身を以て体験してからは、中火と弱火の間の火力がもたらすもどかしさも綺麗な仕上がりを期待する時間に変わった。


 最後のひと巻き。

 ここで濡れふきんの上にフライパンを置いて熱を奪ったのにも意味があった。

 これをするのとしないのとでは、見た目が天と地ほど変わる。

 父がやった時は何の意味があるのか解らなかったが、表面をシルクのような仕上がりにする為にはどうしても欠かせない工程だったのだ。

 

 フライパンから純白のまな板へ移す。

 父ほどではないが、今日の主役は『ぽよんっ』とした感じでまな板へ躍り出た。

 きっちりかっちりと四角く仕上がる父のだしまきたまごに比べると、私が作るのはなんだか角が丸い。

 残念ながら、最後までこれを修正する事は出来なかった。

 

 夢中になっていた。

 起きてきた両親の存在に気付かないほどに。

 母はダイニングテーブルを所狭しと使って準備しているお弁当を見て『あらぁ』と黄色い声を出している。


 父は相変わらずの無表情で私の作った”だしまきたまご”を見ている。

 もしかして、丸く不格好な仕上がりを見てがっかりしているのだろうか。

 

 「なぁ、これひとつだけ切ってみても良いか?」

 父は私の顔を見る。

 私は小さくうなずくと、父は入念に手を洗い包丁を握る。

 スッと包丁を入れ一切れ切り出すと、横に倒して今度は斜めに包丁を入れる。

 何をするのかと見ていたら、一切れの半分をひっくり返して、元の一切れにくっつけた。

 

 父が唐突に作り出した象徴的な形状に頬が赤くなるのが解った。

 私を見た父は、私が怒ったのかと勘違いしたのかもしれない。

 あ、いや、あまりにも綺麗に丸く出来ているから、と幾分早口に言い訳をしている。

 

 「あんまり、からかうもんじゃないわよ」

 母が父を窘めている。

 そんな事ない、そんな事ないよ、お母さん。

 

 顔を上げると父は逃げるようにキッチンから出ていく瞬間だった。

 「お父さん!ありがとう!!」

 なんだか照れ臭くて、ちょっと叫ぶような声になってしまった。

 

 「父直伝の”だしまきたまご”ですって言って食べさせるんだぞ!!」

 そう言いながら姿を消す父の背中はあの頃と同く、とても大きく感じられた。

 

 -----

 

 「あ、ママ!おばあちゃん来たよ!」

 母に里帰りをすると伝えたら、ちょうど学会帰りの日と一緒だから駅まで迎えに来て欲しいと言われた。

 駅前の桜は半分散ってしまったが、代わりに桜のじゅうたんがロータリーを彩っている。


 「あーあーもう!今回もくたびれたわぁ。お迎えありがとうね。」

 高校生の頃だったか、毎度毎度3泊4日で出張するのはくたびれないのか、と聞いたことがあった。

 「何言ってんの。こんな時じゃないと、羽なんて伸ばせないでしょ?」

 普段は仕事漬けの毎日を送る母が、あっけらかんとそう答えた時の顔を今でも鮮明に覚えている。


 年に一度か二度のささやかな楽しみ。

 出張ついでの小旅行と同窓会を兼ねたような集まりを、今回も存分に満喫したようだ。

 仕事と子育て。

 その両立に追われる一人の女性となった今、あの時の母の言葉に深く共感する。


 「お父さんがねぇ、料理ができる人で随分助かったのよ。」

 年相応にしわを蓄えた顔で孫をあやしながらそう言う。

 「お父さんは元気?変わりないの?」

 まぁまぁいつもの調子よ、と答えながら

 「定年迎えた途端、家に引きこもってんだから、もう~やんなっちゃう!」

 と、方々で見聞きするテンプレのような発言を続ける。


 田舎道を30分ほど走った。

 変わった景色、変わりつつある景色、そして変わらない景色が同居している。

 確かに田舎ではあるが、バスは日に何本もでているし、住んでいる分には決して不便な土地ではない。

 スーパーやドラッグストアの数に至っては、結婚して幾分”都会”と呼ばれる地域で生活してる我が家よりも多いのではないか。

 

 実家に着き車を降りる。

 広い庭を突っ切っるように息子が玄関へ走りながら叫んでいる。

 「おじいちゃーん!」

 呼ばれた人物は玄関ではなくリビングの窓を開け「おー来たか来たか」と顔をほころばせている。


 母の重たいキャリーケースには目もくれず孫をあやす父の姿を見て、これも親孝行かなと頭の片隅で考える。

 「まったく、あれだもんね。妻よりも孫・・・ってまぁ私も一緒か、あはは。」

 文句と自虐と共感を同時に繰り出しながら笑う母にくっついて、私も家に入る。


 ダイニングテーブルには、コーヒーに紅茶に日本茶にジュース。

 四者四様に異なる好みを把握している父はまめまめしく準備する。

 手伝うよと言っても『お世話したいんだよ』と言ってキッチンに立たせてすらもらえない。


 かつての私の定位置には息子が座り、私はその隣に腰を下ろす。

 手際よく茶菓子を準備する父の姿は、さすが飲食業経験者と言ったところか。

 お代わりの為の湯を沸かすやかんに火をかけつつ、今夜は何を食べる?と聞かれる。

 

 外食にしようかと言う話でまとまりかけた頃、どこそこに新しいお店が出来たとか、近所のスーパーの品ぞろえが変わっちゃってとか他愛もない方向へ話が逸れる。

 話をしながら、喉を鳴らすようにジュースを飲みほした息子が、父の顔をみて何か言いたげにしてる様子が目に入った。

 

 「どうしたの?」

 私は聞く。

 珍しくモジモジとした反応を見せる息子が、突然「おじいちゃん!」と叫んだ。

 何事かと思って驚いていると、続いて「たまごやきぃ!」と卵を割る動作を真似つつ叫ぶ。

 

 父はそれにそうかそうかと満面の笑みで応える。

 早速準備に取り掛かろうとする父を見て「まだちょっと気が早いわよ」と母が言葉を投げる。

 

 台所に立つ父の背中。

 幾分、哀愁漂う後ろ姿。

 あの頃より小さくなっているはずなのに。


 何故だろう。

 今も昔も、その大きさは変わらない気がした。

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