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305  作者: 灰谷 An
第1章・1年次、全日本Jr.クラブ選手権 編
19/22

019:エースの重圧

 大輔は息子である蓮の為に、家の庭の空いてるスペースに小さなトレーニング場を作った。

 レッドスターズの練習が無い時は、ここで大輔に直接指導を受け自主トレをしている。

 すると今日、初めて蓮のところに倉糸がやって来た。自分も自主トレに参加したいと言うのだ。いきなりの事に、蓮は「拒否する」と断ったが、大輔の計らいによって蓮と同じメニューをこなす事になった。

 蓮の自主トレは中学生にしてはキツいメニューだ。それでも倉糸は喰らい付いて、蓮に着いていくのである。



「き キツっ! 毎回、こんなんやってんのかよ……」


「いきなり自主トレに付き合わせて欲しいって、どうしたんだよ?」


「私も、お前と同じだよ」


「は?」



 いきなり自主トレに参加したのは、どんな理由があってなのかと蓮は聞いた。答えとして返って来たのは、蓮と同じだからと答えるが、蓮はピンッと来ていない。



「上のカテゴリーに行っても負けたく無いんだよ。私は日本で1番の選手になりたい……それだけだ!」


「そうかよ、なら好きにしろ」



 倉糸の真剣な目を見て、それなら好きにすれば良いとツンデレのように自主トレ参加を認めた。

 すると蓮は「クソ親父」と言って父親を呼ぶ。どうしたのかと大輔は「ん?」と答える。



「去年の関東大会で、勝場さんがやられたっていうのは本当なのか?」


「去年の関東大会……か」



 蓮は大輔に去年の関東大会でのブルドックスとの試合について質問した。いきなり去年の事を聞かれたので、大輔は少し驚いた表情をするが、直ぐに真顔に戻る。

 そして同時刻に累も樹里に直接、去年の関東大会の事を質問するのである。



「すみません。樹里さんが、1点も取れなかったなんて想像できなくて……」


「やられたんじゃ無い。手も足も出ないほど、ボコボコにやられたんだ! あの試合は全てを変えた……俺の人生も他人の人生もな」



 樹里は去年のブルドックス戦で、1点も得点を奪う事はできなかった。それだけじゃない、マークマンも止められずに酷い失点数を喫した。それにより自分の人生や、他の人の人生までも変えてしまったという。

 樹里みたいな人に、そんな事が本当にあるのかと累は信じられずに言葉を失っていた。すると樹里は、累の表情を見て「大袈裟じゃないぞ?」と補足する。

 樹里は自分の人生について語り始めた。


 小学2年生の時の樹里は、バスケを始めて直ぐに自分が特別な存在であると気がついた。なんせ何をやっても上手くいくのだ、シュートもドリブルもコツが直ぐに分かる。

 U12カテゴリーでも4年生の頃にはエース。レッドスターズに入団してからもメキメキと実力を付け頭角を表し始めていき、2年生の頃にはエースとしてスタメンで関東大会を迎える事になった。



「頼んだぞ、樹里っ!」


「お前にかかってるからな!」


「はい! 任せて下さいよ、俺が先輩たちを全国の舞台に連れて行きますから!」



 先輩からも絶大の期待をかけられており、その期待にも応えられると樹里は考えていた。

 話を聞く限り累は、今の樹里とのギャップを感じる。



「なんか……今の印象と違いますね」


「今、考えたら自分でも思うよ」



 この頃の樹里は身体能力や個人技で、マークマンに1on1を挑むようなタイプの選手だった。今から見たら、そんなタイプには思えない。

 とにかく派手なプレーをするような選手で、そのスタイルはブルドックスの時も同じだったのだが。

 何も通用しなかった。

 アシスト能力が無ければ、他を圧倒するような身体能力も無い。自慢の1on1で、ただただやられ続けた。



「俺の練習や試合を見に来てくれていたスカウトの人たちが、その試合以降は俺に声をかけて来なくなった。俺の事だけだったら、まだ良かったんだが……先輩の進学先までも白紙になってしまった」



 あの1試合、たった1試合でスカウトたちは樹里への興味を無くしてしまった。それだけでは無い。同じチームというだけで、樹里の先輩たちの決まっていた進学先が白紙になってしまったのである。



「その人は大阪の名門校への入学が内定していたが、あの試合を見たスカウトマンが翻意したんだ。レッドスターズの先輩の進学を取り消し、その試合で活躍したブルドックスのエースを特待生として迎え入れた」


「そんな……」


「良いか? 大舞台で結果を残すというのは、そういう事なんだ。全てがひっくり返る……良い方にも悪い方にも」



 誰もが期待する大きな大会で、結果を残すというのは自分の未来や周りの未来を大きく変えるという事だ。それは良い意味でも悪い意味でも。しかしそれを覚悟した先に、本当のバスケットがあるのだと樹里は語る。

 そしてその話を大輔の口から聞いた倉糸は「それって樹里さんのせいじゃ」と擁護した。



「もちろん! 試合での負けは、全て監督である私の責任だ。しかし奴は全てを自分で背負ってしまった……しばらくは練習に顔を出さなくなってな。なんとか説得して連れて来たは良いが罪悪感からなのか、シュートフォームがバラバラになってシュートが入らない。1からシュートフォームを見直す事になった」


「それってつまり」


「あぁバスケを始めたばかりの素人のようだった。その姿は散々だったよ……だが、その経験こそがレッドスターズの絶対的エース。怪物・勝場 樹里が誕生する要因となったわけだ」



 怪物とまで呼ばれたエースの誕生は、あまりにも悲劇的で目も当てられない事から始まった。

 自分が他人の人生まで狂わせたと、樹里は自分自身を責めて部屋に閉じこもる。部屋の隅で体育座りをして、無言で蹲っていた。

 すると家の玄関の方から母親の騒がしい声が聞こえて来て、何かと思うと階段を登る音に変わる。足音が自分の部屋に近づいて来ると樹里は悟る。

 扉がガチャッと開いた。そこに立っていたのは、半袖半ズボンにガムを噛んでいる高校生くらいの少年だ。



「あぁ良かった……エッチなビデオとか見てたら、どうしようって思ってたんだ」


「茶谷…先輩」



 どうやら部屋にやって来たのは茶谷というらしい。

 茶谷は部屋の中を見渡して、壁の一部が赤くシミになり凹んでいるのに気がついた。そしてそれが怒りに身を任せ聞き手で壁を殴ったのだと考える。

 この樹里の行動に茶谷は「このバカが」と呟く。



「勝場……さっさと着替えて支度しろ!」



 茶谷に連れ出されてから数日後に復帰し、シュートフォームを崩している事が発覚。いわゆるところのイップスである。シュートフォームがメチャクチャで、打ったシュートがリングにすら掠らない。

 そんな中で必死になりシュートフォームを改良。それによりリングに当たるには当たるようになった。しかしそれはイップス前とは天と地ほどの正確性へと変わり果てた。

 樹里は大輔にアップ以外は、全て個人の別メニューにして良いかと頼んだ。それを聞いた大輔は、少し驚いたが個人トレを許可する。



「そういえば1週間前に勝場は、OBの茶谷に拉致されたみたいですよ。翌日には無事解放されたみたいですけど」


「そうか。多分、元の自分に戻るつもりなんてねぇよ。何も心配いらんみたいだ」



 茶谷に拉致されたという話を聞いた大輔は、個人メニューをやりたいと言い出した樹里に納得した。

 そして樹里の背中に歴戦のエースの姿を感じ、今の樹里ならば心配はいらないと安心して見届ける。

 事実この2ヶ月後の試合で、勝場 樹里は真のエースとして完全復活を遂げた。

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