7話:悪役令嬢がいじめて来ないので、ストーリーが進まない!
今日も今日とて一向に進まないストーリーに頭を悩ませる私は、次の手を考えつつ生徒会室に向かっていた。
(なんでリリアージュ様があんなに穏やかなの?)
リリアージュ・ローゼンラークはいつだって完璧だった。同性でも見惚れる美貌と所作。そして、全方位への細やかな気遣い。
ゲームの設定では、「幼い頃から病弱で甘やかされた結果、権力を振りかざす我儘お嬢様」だったはずなのに、今の彼女は王子妃として瑕疵のない完璧な令嬢になっている。
(…今の彼女が誰かをいじめるなんて、もはや都市伝説レベルじゃない?)
けれど、魔王討伐には「悪役令嬢による試練」というイベントが不可欠なのだ。
(いっそ、いじめられたとでっち上げる……? いや、流石にそれは……)
眉間にシワを寄せて中庭に差し掛かった、その時だった。
――バシャンッ!
「えっ?」
雲一つない快晴だというのに、頭から大量の水を被った。
邪な考えを抱いたバチが当たったのかと空を見上げれば、背後からわざとらしい高笑いが聞こえてきた。
「あらぁ、水浸しじゃない。アレン殿下を狙う女狐には、そのみずぼらしい格好がお似合いよ」
「……ビアンカ様」
そこにいたのは、ビアンカと、その取り巻き2人の計3人。
「そんな格好じゃ、生徒会室には行けないわね?」
ビアンカは、私の実家が貧乏で予備の制服を用意できなかったことを知っている。そして私が光属性のため、自力で服を乾かす手段を持たないことも。
「分家の貧乏人の分際で、殿下を狙うなんて恥を知りなさい! それに……公爵様方と馴れ馴れしくするんじゃないわよ!」
おお、これこれ!教科書通りのテンプレ台詞!
ただ、悲しいかな。私がその台詞を吐いてほしいのはリリアージュ様なのだ。ビアンカの方が100倍「悪役令嬢」に向いている。完全なる配役ミスだ。
(これがリリアージュ様だったら、今ごろ新章のファンファーレが鳴ってたのになぁ……)
つい、ふぅ、と深いお悩みのため息を吐いてしまった。
その落ち着きすぎた反応が気に入らなかったのか、ビアンカはキッとまなじりを吊り上げた。
「聖女だからって調子に乗るんじゃないわ!」
ぶんっ、とビアンカが手に持っていたカバンを振り回す。私はそれを最小限の光の壁で弾いた。
火に油を注がれたように、ビアンカがさらに炎上する。
左右から振り下ろされるカバンを光の壁で受け止めながら私は真剣に考えた。
(なんでビアンカはこんなに素晴らしい悪役を全うしてくれるのに、本命のリリアージュ様は無風なんだろう。やっぱり、脅威と思ってもらえるレベルに達してないのかな……)
人は自分でも手が届きそうな相手にしか嫉妬しないという。リリアージュ様は公爵令嬢で、聖女で、王子の婚約者。
(私と張り合う理由、一ミリもないか……)
はぁ、と2度目のため息をついた瞬間、ゼイゼイと息を切らしたビアンカがブチ切れた。
「なに余裕ぶってるのよ!!」
直後、私の周囲を猛烈な炎が囲み、暴風が吹き荒れる。
「ビアンカ様! ここは学園です! それはよろしくないのでは……!」
「うるさい!!」
止めようとしたが、全く聞く耳を持たない。
(学園で『火災旋風』なんてやめてよ……本家が問題起こしたら、分家のうちまで危ないんだから!)
言葉で止めるのを諦めた私は、膨れ上がる炎の柱を、自分ごと巨大な光の壁で包み込んだ。念のため、その内側に自分専用の壁も張る。
そして、ドーム状の外側の壁を内側へ向かってじりじりと押し込んでいく。学園の3階まで届きそうだった火柱を、自分より一回り大きいくらいのサイズにまで力技で圧縮し、そのままビアンカの根負けを待った。
1分ほど経っただろうか。
「はぁっ、はぁっ……!」
ビアンカが激しい息切れと共に膝をついた。炎が消えるのを確認し、私も魔法を解く。
「ビアンカ様になんてことを……!」
取り巻きたちが助け起こしに走るが、むしろ「なんてこと」をされたのは私の方である。
私は苦笑いを浮かべつつ、苦しそうなビアンカにそっと小規模の回復魔法を飛ばし、私はその場を後にした。
幸い、ビアンカが起こした熱風のおかげで、濡れていた制服も髪もすっかり乾いている。
(ビアンカとリリアージュ様、キャストチェンジしてくれないかなぁ)
そんなことを思いながら、今日も今日とて手応えのない「攻略」を進めるため、私は乾いたばかりの制服を整え、生徒会の扉を叩いた。
*
そんなやりとりを、中庭を見下ろす3階の窓から眺める2人の人影があった。
「おや、見てごらん。なんだか面白そうだよ」
黄金の長髪を後ろで緩く束ねた、中性的な美貌の青年が足を止める。
その隣を歩いていた銀髪の青年、シルベールもまた、視線を追って眼下を覗き込む。
「あれ、聖女ちゃんじゃない?」
長髪の青年が指差す先では、光の魔力を纏った銀髪の少女が、ずぶ濡れで女子生徒に囲まれていた。
「あの3人は……侯爵家と伯爵家の子かな?いやぁ、青春だねぇ」
楽しそうに窓枠に肘をつき、中庭の観戦を決め込んでいる。彼が出ていけば一撃で騒ぎなど収まるだろうに、その気はなさそうだ。
「助けてあげたら?」
長髪の青年が試すように言う。
シルベールは、冷静に女子生徒のカバンを捌き続ける少女を一瞥した。
「必要ないだろう」
短く切り捨てる。
そもそも1対3とは言え、レベル差がありすぎる。この学園の入学基準レベルが30なのに対し、彼女のレベルは49。これだけ離れていれば、大人と子供程差がある。
「冷たいなぁ」
予想通りの返答に、彼は面白くなさそうに中庭へ視線を戻す。
――と、その時。
少女の周囲に紅蓮の火柱が立ち上り、一気に勢いを増した。
「おお、容赦ないねぇ」
ヒュー、と口笛を吹く長髪の青年を、念の為窓から引き剥がし、ただの喧嘩にしては火力が強すぎるその炎の鎮火へ動こうと指先を上げた、その瞬間
パキンッ
硬質な音と共に、暴れ狂う炎を光の壁が完全に取り囲んだ。
炎を取り囲んだ光の壁は、そのまま内側へと収縮していく。学園の3階まで届きそうだった火柱は、みるみるうちに圧縮され、少女の周囲を覆う程度のドーム状に押し込められた。
「……ほう」
シルベールの手が止まる。
銀髪の聖女は、その高密度な光の壁を涼しい顔で維持し――根負けした女子生徒が膝をついた。
「やるね。火災旋風を力技で圧縮するなんて……。一体誰に魔法制御を習ったんだろうね」
先ほどまでの他人事な態度は一変し、長髪の青年が興味深そうに目を細める。
「お、しかも服まで乾かしてるよ! すごいね、あの熱量をドライヤー代わりにするなんて」
高度な魔力操作と、ふてぶてしいまでの度胸。
しばらく笑っていた彼だったが、スッとその声から笑色が消える。
「あれは堕ちたら厄介だ。万が一の時はその瞬間に…よろしく頼むよ」
「ああ」
心得た任務だ。悠々と歩き去る聖女の後ろ姿を見送りながら、短く、けれど重く返事をした。




