74話:虫除けの青薔薇
「すご……ゲームのまんまだ……」
学園の大広間に足を踏み入れた私は、目の前に広がる光景に思わず感嘆を漏らした。
正面には、攻略対象とヒロインが並んで降りるあの大階段。見上げれば、クリスタルが繊細な光を散らす巨大なシャンデリア。中央にはダンス用のフロアが広がり、それを囲むように楽団の演奏エリアや豪華な立食スペースが配置されている。
今日は高等部の卒業式。そしてこの大広間こそ、ゲームにおける輝かしいフィナーレである、運命の卒業パーティーの舞台なのだ。
(ゲーム画面では何度か見た景色だけど、本物の質感とスケール感はやっぱり圧巻……!)
このパーティーには3年生のほとんどが恋人をパートナーとして参加するため、婚約者のお披露目としても非常に注目度が高い。1・2年生は基本的に自由参加なのだが、学園の一大イベントを見逃す手はないと、多くの生徒が集まっていた。
在校生の中にも華やかにドレスアップする生徒たちが多い中、今回私は制服姿での参加だ。その腕にはしっかり「救護係」の腕章を巻きつけている。生徒会メンバーとして卒業式の運営サイドに組み込まれており、お役目があるのだ。
(ふむふむ、救護室はここで、食事エリアはここ!位置もバッチリ確認完了!)
生徒たちの入場前にひと足先に会場に入り、仕事場を確認したが、卒業パーティーまでまだ時間はある。救護室で暇を持て余していると、不意に扉がノックされた。
「はーい!どうぞ!」
(まだパーティーも始まっていないのに、誰だろう?)
来訪者を迎えるべく扉を開けると、そこに立っていたのは意外な人物だった。
「ヴォルク様?お怪我ですか……?」
パッと全身をスキャンしたが、血も流れていなければ外傷も見当たらない。ならば体調不良だろうか?あまり縁のなさそうな人に見えるが、いつも感情の読めないポーカーフェイスなので、顔に出ないだけでどこかが痛むのかもしれない。というかそもそも、なぜ大学部の彼が高等部の救護室にいるのだろう。
とりあえず挨拶代わりに回復魔法をかけようとした私を彼は手で制した。
「不要だ。ここには患者としてではなく、巡回と安全確認に来た」
「あ!なるほど!ヴォルク様も運営側なんですね!」
ポンと手を打って納得した私は、ふと彼に用事があったことを思い出した。
「あ、ヴォルク様、ちょうどいいところに来てくれました!お渡ししたいものがあったんですよ」
「俺に……?」
ゴソゴソとカバンを漁り、目的の小箱を探し当てる。リボンのついた小箱を彼に差し出すと、彼は訝しみながらも包みを受け取り、丁寧に箱のリボンを解いた。
箱の中には、シンプルなデザインのペンダント。剣を携えるベルトに付けられるよう、幅広の革ストラップがついている。
「これは……?魔力を感じるが」
「さすが鋭いですね。ペンダントの中に仕込んだ魔石に、聖属性の加護を付与してあるんです。その……おまじない程度ですが、呪い耐性が少し上がるかと……!」
カレンと街へお礼の品を選びに行った日。ふと、私こそヴォルク様に何かお返しをすべきではないかと思い、カレンのジーク様へのプレゼントと一緒に選んだのだ。
しかし、思いつきで始めたプレゼント選びは困難を極めた。
音楽という共通の趣味から、早い段階でジーク様へのプレゼントの目星をいくつかつけているカレンを横目に、私はヴォルク様の好みを何一つ知らなかった。悩みに悩んだ結果、辿り着いたのはこの「実用的な装備品」だったのだ。
箱を開けたヴォルク様の反応を伺うが、彼はペンダントを箱から取り出しもせず、じっとペンダントを見つめて何も言わない。その反応に、急に不安が押し寄せた。
(やっぱり、いきなりプレゼントなんて迷惑だったかな……?好感度メーターも相変わらず「0」のままだし……!)
「あの……ご迷惑でしたら回収しますので……!」
沈黙に耐えきれなくなった私が箱を取ろうと手を伸ばすと、ヴォルク様はさっとそれを私の手が届かない高さへ掲げた。
「……?」
「これは俺がもらったものだ。処遇は俺が決める」
「そ、そうですか……」
キョトンと見上げる私に彼はそう言うと、箱の蓋を丁寧に閉め、そのまま胸ポケットへ収めた。とりあえず受け取ってもらえたようで、ほっと胸を撫で下ろす。
「その、礼と言ってはなんだが、これを……」
箱をしまい込んだその手でヴォルク様が懐から取り出したのは、小さな青薔薇が封じ込められたブローチだった。
「綺麗……。でも、先程のペンダントが日頃のお礼ですので……」
「騎士道を嗜むものとして、女性からの贈り物を一方的に受け取るわけにはいかない。……受け取って欲しい」
「そういうことなら……。なんだかすみません」
日頃の感謝を伝えるはずが、逆に気を遣わせてしまっただろうか。騎士道とは難しいものだ。
恐縮しながらブローチを受け取り、封じ込められた青薔薇を手のひらで眺めていると、ヴォルク様は不思議なお願いを続けた。
「できれば、それを今日身につけておいてくれないか」
「もちろんですが……何故ですか?」
首を傾げつつ、いただいたブローチを制服の襟元へ留める。ヴォルク様の答えは予想外のものだった。
「……虫除けの効果がある」
「虫除け!?」
大真面目な顔をしたヴォルク様に、思わず目が点になる。
確かに襟元に留めたブローチからは、華やかな香りが漂っていた。
「そんな魔道具もあるんですね……!?魔道具って便利ですね!」
「便利か……まあいい」
ヴォルク様は私の襟元のブローチを確認すると、かすかに満足気な表情を浮かべ、「仕事に戻る」と言い残して救護室を出て行った。
気がつけば、大広間の方から華やかなざわめきと楽団の音が聞こえ始めていた。そろそろパーティーが開宴する時間だ。
(ゲームのイベントが現実に……!楽しみだなー!!)
私は襟元の青薔薇を確かめるようにそっと触れ、はやる気持ちで救護室をあとにしたのだった。




