73話:カレンの恋路と、追加された最重要ミッション
「くぅっ……すみません、魔力切れです……」
あれから何度も再戦を挑んだが、戦うたびになぜかキレを増していくヴォルク様にコテンパンにされ、全敗のまま地面に膝をつく。悔しさに唇を噛む私を、ヴォルク様はいつも通り涼しげな、けれどどこか満足げな瞳で見下ろしていた。
ふと息を整えて周囲を見渡せば、茜色に染まった演習場には長い影が伸び、冷ややかな夕風が頬を撫でていく。演習場の時計の針は、まもなく寮の門限を指すところだった。
「悔しいですが、そろそろおいとまします。お手合わせありがとうございました」
「……ああ。帰り道には気をつけるように」
「大丈夫ですよ、寮は学園内ですから」
相変わらず心配性なヴォルク様に軽く手を振り、私は演習場の隅で魔法の練習をしていたカレンの方へ向かう。
「カレンー!そろそろ帰ろ〜!」
声をかけると、ハッと顔を上げたカレンは慌てて手元の時計を確認し、驚きに目を見開いた。
夕映えの中に佇むジーク様に何度もお辞儀をしながらお礼を伝えるカレンと、「気にしないで」と言うように和やかに手を振るジーク様。
距離があるため詳しい会話までは聞こえないが、近づいた時、最後の一言だけが風に乗ってくっきりと耳に届いた。
「それじゃあカティラレン嬢、また明日」
「は……はいっ!ありがとうございます!」
夕陽に照らされた頬をさらに赤く染め、そんな素敵な約束を交わして駆け寄ってきた親友に、私の口角は自ずと上がってしまう。
「なになに?明日も会う約束までしたの?」
「も、もうっ!アリナちゃん!!勝手にいなくならないでよっ!!本当に緊張したんだからね!?」
「ごめんごめん。でも、ジーク様に教わって上達したんじゃない?」
「う、うん……っ!ジーク様、とても分かりやすく教えてくださるの……!」
「うんうん。苦手な魔法にも時間を忘れて没頭するくらいにね?」
「ちょっと!アリナちゃん?!」
顔どころか耳まで真っ赤にして、攻撃力0の可愛らしいパンチをポカリと肩に繰り出してくるカレン。こんなに可愛らしく甘酸っぱい反応をされたら、からかいたくなってしまう。
「そういえばジーク様、婚約者いないってよ?」
「知ってるよ!」
「あれ?そうなの?……ふーん?」
「シ、シルベール公爵家の『つがい探し』といったら有名な話じゃない!あのお家の方々は運命の相手を自分で見つけるから、家同士の婚約を結ばないって。現に今のシルベール公爵閣下も……」
必死さを隠すように早口で捲し立てていたカレンだったが、私が一切隠す気のないニヤニヤ顔で見つめているのに気づき、むっと頬を膨らませた。
「もうっ!なに?その顔は!」
「いや?詳しいなって感心してるだけだよ?」
「こ、これは私が特別に詳しい訳じゃなくてっ!昔から有名な……ねぇ!聞いてる!?」
「うんうん、聞いてるよ?」
くるくると表情を変えるカレンが可愛すぎて、緩んだ頬がどうしても元に戻らない。私のニヤけた視線に耐えかねた彼女は、ぷいっと横を向いて早足で歩き出してしまった。
「ごめんごめん、カレンの反応があんまりにも可愛くて。待ってよカレン、カレンちゃーん??」
すねてしまった彼女の機嫌をとるように、猫撫で声でその背中を追いかける。
そんなこんなで、甘酸っぱさも込みの日常イベントはあっという間に過ぎ去り——気づけば、期末テスト最終日を迎えていたのだった。
*
「——そこまで!筆記具を置きなさい」
試験監督の先生が厳かに告げた瞬間、教室中の緊迫した空気がふっと緩み、一斉にペンの音が途絶えた。
(よし!手応え十分……っ!!)
来年のクラス分けにも関わる大事な期末テスト全日程が、たった今、終わりを告げたのだ。
私は確かな達成感と共に、最後までびっしりと書き切った解答用紙を前へ回していく。実技、筆記ともに、今回のテストは最高クラスの成績が期待できる仕上がりだ。
集まった解答用紙の枚数を確認した先生が労いの言葉を述べ、「解散!」と号令をかけるやいなや、教室はどっとざわめきに包まれた。
「聖女様、問⑤の選択問題、何番を選びましたの?」
「あ!あの問題、難しかったですよね……!私は3番と迷って2番にしました!」
「まあ……!私も2番ですわ!安心いたしました……!」
「えっ、僕は3番にしちゃったよ……満点が消えた……。結構自信があったのに……」
「いえ!まだ採点結果が出るまで何が正解か分かりませんよ!諦めるのは早いです!」
解散と同時に周囲に人だかりができ、予想の答え合わせで教室中がガヤガヤと喧躁に包まれる。テストの出来も気になるところだが、今日の私には何よりも優先すべき大切な予定があるのだ。
「皆さま、申し訳ありません!このあとは予定がありまして……!明日またテストについて詳しくお話ししましょう!それでは、ごめんあそばせ!」
筆記用具を鞄に詰めて人垣をうまく抜け出した私は、同じくクラスメイトたちに囲まれていたカレンへとサッと目配せを送った。
すぐに意図を察したカレンがパッと顔を輝かせて帰り支度を始め、私たちはタイミングを合わせて教室を飛び出した。
夕陽が差し込む廊下を、弾むような足取りで並んで歩く。
「テストお疲れ様!!カフェの予約って何時だっけ!?イチゴのロールケーキ、まだ残ってるかな!?」
「ふふ、30分後に予約してあるから、今から行ったらちょうどいいくらいだよ!ロールケーキは数量限定だから運次第かもね!」
そう!今日はテスト期間中ずっとお預けにされていた、待ちに待ったカレンとの街歩きの日なのだ!
手始めに、今女子生徒の間で話題沸騰中のカフェをしっかり予約済みである。
新作の魔道具店や大通りの本屋など、見て回りたいお店は山ほどあるけれど……今、私の興味(野次馬根性)を最も強く引きつけるのは、やはり目の前の親友の恋模様である!
「ねね!カレン、今回の魔法の実技テスト、かなり手応えがあったんじゃない!?」
「そうなの!!ジーク様にご指導いただいたおかげで、今までで一番いい出来だったと思うの!」
「だよね!?……で、結局あれから何回、ジーク様と『秘密の特訓』をしたのかな〜?」
カレンが何度か門限ギリギリに寮へ帰ってきたのはしっかり把握済みだ。テスト前にからかいすぎて勉強の邪魔をしては悪いと、テストが終わる今日この瞬間までウズウズしながら我慢していた質問を、一気にぶつける。
「ひっ、秘密のって……そんなんじゃないよ……っ!あの後は……その、2回くらい……」
「2回も!?すごいじゃん!今後はもう会う約束はないの??」
「あ、あくまでテスト勉強を見ていただいただけだもの。元々雲の上のお方だし、私から会う約束なんて……。ただ……すごく親切にしていただいたから、何かお礼がしたくて……。アリナちゃん、お礼の品を選ぶのを手伝ってくれないかしら?」
「もちろん!!よーし、今日はいろんなお店を見て回ろうね!!」
本日の街歩きに、最重要ミッション「お礼のプレゼント選び」が追加された。
どんな品なら公爵令息様であるジーク様に喜んでもらえるか。あれこれ相談しながら、私たちは賑やかな街へと急ぐのだった。




