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悪役令嬢がいじめてこないのでストーリーが進まない! 〜もしかして私は、悪役令嬢がヒロインの物語で断罪される元ヒロインですか!?〜  作者: うみの もずく
聖女の巡礼〜シルベール公爵領〜

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71話:テストイベントのスキップは可能ですか?

「アリナちゃん、それどうしたの?」


 巡礼も無事に終わり、寮に戻った私は、シルベール公爵家からいただいたお土産の中でも特に期待していた逸品を、早速部屋のど真ん中で稼働させていた。

 帰ってきてからずっと熱い視線を注いでいるのは、白い蒸気をゆらゆらと立ち上らせる曲線フォルムの魔道具。ふつふつという音とともに、大好物が炊き上がる食欲をそそる香りが部屋いっぱいに広がり始めている。

 

「ふっふっふ……さすがカレン。これに気がつくなんてお目が高い。これはなんと……『自動炊飯器』だよ!!」

「うん……。知ってるよ?それがなんで部屋にあるの?」

「えっ……?知ってるの……?なんで??」


 これは自動でお米が炊ける素晴らしい魔道具で……!と誇らし気に説明を準備していた私のプレゼンは発表の機会を失った。

 予想外の反応にポカンと口を開ける私に、カレンはあっさりと追い打ちをかける


「高級品だけど王都にも売ってるよ。シルベール領で貰ったの?」

「王都にも……売ってる……?」

「うん」


 ガァン、と頭の上に巨大なタライが落ちてきたような衝撃。


「な……そんな……。炊き立てのお米を食べられる機会を約一年間も逃してたってこと……!?」

「アリナちゃん、そんなにお米好きだったの??」


 炊飯器を前に膝から崩れ落ちた私を、カレンが不思議そうに見下ろしている。


(そういえば、カレンが不審者に呪いを投げつけられたあの日以来、あんまり王都に遊びに行ってなかったな……)


 あの事件から聖女として担ぎ出された私は、学園や王宮での用事で何かと忙しくしており、街をゆっくり散策する余裕がなかったのだ。

 この世界には、今まで聖女として召喚された日本人たちの知識が息づいている。探せば他にも便利グッズが魔道具として売っているかもしれない。


「カレン……。街に遊びに行こう!!」

「いいけど……テストが終わってからね」


 呆れ顔で振り向いたカレンは机に向かっており、その目の前には教科書や参考書が広がっている。

 そう。今は期末テストを2週間後に控えた大事な勉強時間。炊飯器で炊けたお米は、夜食のおにぎりに変身する予定だ。


(ほんと、こういうとこだけ学校生活に忠実なんだから……。イベントスキップとかできないのかな……)


 ゲームの世界でありながら妙なところで現実的な学園の制度にため息をつき、延期された買い出しにガックリとうなだれたのだった。


 *


 とはいえ、建国祭の際にロッテンマイヤー先生(鬼)にがっつりしごかれた私は、苦手だったマナーや歴史、帝国語も学園のテストでは問題のないレベルまでパワーアップ。元々得意だった魔法の実技にも磨きがかかり、自分自身のテストにはあまり不安はない。

 今回はノートもしっかり取っていたので、範囲をカレンと確認し、生徒会メンバーからも「これなら大丈夫」と太鼓判を押してもらった。

 

 そんなわけで、今回は今までカレンから貰った絶大なサポートの恩返し。魔法の実技テストに向け、学園の演習場を借り切って特訓を開始したのだが——。


「アリナちゃん……私、もうこれ以上は……」

「何言ってるのカレン!!まだまだ足りないよ!」


 半泣きのカレンに詰め寄るずぶ濡れの私。

 私は今、特製の特訓メニューによってカレンを強化中である。弱々しく地面にへたり込んだカレンを起こそうと、彼女に手を伸ばした瞬間、演習場の入り口から正義感に溢れる声が響き渡った。


「何をしている!!」


 瞬間、私たちの間が防御壁によって隔てられる。

 声の主はすぐに駆けてくると、私たちを素早く見比べ……カレンを背に庇ってずぶ濡れで仁王立ちする私に対峙した。


「ジーク様?どうしたんですか?」

「どういうことだ……?いじめられて……?いや、しかし彼女の方が怯えて……それにこの実力差では……」


 どうやら揉め事の気配を察して飛び込んできたものの、このカオスな状況に、どちらを守るべきか混乱しているらしい。

 ……まあ、迷いながらも背中に庇っているのがカレンなあたり、直感的に怪しいのは私だと見抜いているようだ。さすが武のシルベール家、素晴らしい洞察力である。

 

 モゴモゴと歯切れの悪いジーク様に、私は爽やかに手を振った。


「ジーク様、私の特別メニューを邪魔しないでください。テストに向けてカレンのレベルを上げているんです」

「レベルを?……まさか、わざと攻撃をさせていたのか!?」

「はい。学園内で経験値を稼ぐならこれが一番ですから。防御してしまっては経験値になりませんし」


 そう、これこそが私が考えた特訓の内容。レベルが上がれば、大抵のことは解決する。題して、『大は小を兼ねる』作戦だ!


 カレンの魔法を見せてもらった結果、彼女はレベルに対して魔力効率が低かった。色々試してみたものの、属性の違いから私が手取り足取り教えるのも難しく、手っ取り早くレベルを上げてステータス底上げを図ったのである。


 しかし、無防備な相手に魔法を撃ち込むことは心優しいカレンには難しかったようで、無意識の手加減で一向に経験値効率が上がらない。痺れを切らした私が発破(はっぱ)をかけていたところに、ジーク様が現れたというわけだ。


 そこまで説明したところで、私の脳内に閃きが走った。

 私がこの力技に出たのは、カレンと同じ属性を使えないからだ。だが、今目の前にいるのは基礎四属性全てに適性を持つ公爵家の天才剣士……!


「ジーク様、よければカレンに魔法のコツを教えてくれませんか?」

「俺がか?構わないが」

「ちょっ!?ちょっと待って!?アリナちゃん!?」


 渡りに船と提案した瞬間、ジーク様の背後から飛び出してきたカレンに腕を掴まれ、ズリズリと演習場の隅に引きずり込まれた。カレンは顔を真っ赤にして私の耳元に顔を寄せる。


「ちょっとアリナちゃん!?何言ってるの!?」

「え?ジーク様の得意属性はカレンと同じ水属性だし、教わるなら一番かなって」

「ジ、ジーク様を講師になんて、畏れ多すぎるよ!!」

「大丈夫だって。ジーク様もいいよって言ってるし、きっと優しく教えてくれるよ?」

「それはそうだと思うけど……そういう問題じゃなくて!」

「もしかして、ジーク様のこと苦手?」

「とんでもない!すごく素敵な方だと思うわ!……そうじゃなくて、アリナちゃんは聖女様だけど、私の家は子爵家でしかないのよ!?公爵家のジーク様とお話しできるだけでも夢みたいなのに、こんな……」


 カレンはだんだんと語尾を小さくし、もじもじと指先を弄りはじめた。


(あれ??この反応はもしかして……?嫌というよりむしろ……)


 友の秘めたる憧れを察知した私は、ニヤリと口角を上げると、躊躇いなくジーク様に向かって声を張り上げた。


「ジーク様!テストで良い点を取れるよう、ビシッとご指導お願いします!」

「アリナちゃぁぁあんーー!?」


 小さく悲鳴を上げて私の服を引っ張るカレンはあえての無視だ。

 

「俺は構わないんだが……カティラレン嬢は大丈夫か?」


 怯えるように私にへばりつくカレンを見てジーク様が心配そうに尋ねるが、背中からは「ジーク様、私の名前を覚えて……?」と感動する乙女の呟きが聞こえるので問題ない。


 カレンを背中から引き剥がし、講師(ジーク様)に引き渡したところで、ふと気になったことがあった。


「そういえば、ジーク様はなぜここに?テスト対策ですか?」

「いや、俺は兄上と手合わせをしようと演習場に来たんだ。途中から兄上がこちらを注視していたから、何かあったのかと見てみたら、君たちが揉めているように見えて……」


 なるほど、それで正義感に駆られて飛び出して来たというわけか。


(あれ?ということは、手合わせ相手がいなくなったヴォルク様がこの辺りにいる?)

 

「ヴォルク様はどこにいます?」

「兄上ならまだこの辺りにいるはずだが……」

「ありがとうございます!カレンをよろしくお願いしますね!」

「あ、アリナ嬢!?せめて服を乾かしてから——!」


 ジーク様の制止も聞かず、私はカレンを彼に託して演習場を飛び出した。相手がいなくなって手持ち無沙汰な今なら、手合わせに付き合ってくれるかもしれない。

 

 演習場を出ると、少し向こうに見慣れた長身の背中が見えた。


「ヴォルクさまーー!」


 彼に手を振りながら駆け寄ると、彼は振り返って立ち止まってくれた。が、その顔は私が近づくにつれて少しずつ険しくなっていく。


「お暇ですか!?私と手合わせしてくれませんか!?」

「構わないが……ジークはこのままの君を追い出したのか?」

「へっ?」


 言われて自分の姿を確認すれば、頭からつま先までずぶ濡れで水が滴っていた。カレンの得意属性が水属性なために、彼女の魔法を受けるたびに頭から水を被っていたのだ。

 ヴォルク様は私の状態を確認するや否や、瞬時に温風を発動してくれた。


 季節は冬。濡れた体のまま晒された外気は、容赦なく体温を奪い始めていた。包み込むような温風はじんわりと体を温め、指先に感覚が戻るのを感じる。


「わぁ!あったかい!ありがとうございます!さ!手合わせしましょう!」

「おい、待て。まだ髪が濡れて……」

「このくらい大丈夫ですよ!あ、強いて言うなら、火属性の攻撃を多めにしていただけると助かります!」

「君は……前の世界でどんな生活を送っていたんだ……?」


 ヴォルク様は困惑しつつも、私が歩き出せばしっかり温風を当ててついてきてくれる。

 そんな彼を引き連れて、私は演習場へ引き返していった。

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