間話:お忍び街歩きと、影から見守る保護者たち
「ねぇ、アリナちゃん……やっぱりこんなこと……」
「大丈夫!もしバレたら、私が無理矢理連れ出したって言うから!具合が悪くなったら、遠慮しないでスグ教えてね!」
「アリナちゃんだけのせいになんて、できないわ……」
フードを深く被った2人組が、温泉街の裏路地を手をつないで早足で歩いていた。見慣れない2人が通り過ぎるたび、路地で遊んでいた子供たちが振り返る。そんな視線も意に介さず、自信に満ちた足取りで前を行く人物は、ズンズンと温泉街の中心部へ向かって進んでいった。
「よし!この辺かな!いくよ……!」
「え、ええ……」
大通りの様子を窺って狙いを定めると、2人は確かめるように手を握り直し、人がごった返す大通りへ溶け込んでいった。
*
「隊長!ご報告申し上げます!観光街の治安維持担当から聖女様の目撃報告が入りました……!」
「何……?」
いささか乱暴に開かれた騎士団本部の扉。朝食と朝の訓練を終え、今日の午後からの巡礼に向けた準備を進めていた隊長ヴォルクのもとに、緊迫した報告が飛び込んできた。
(ペンダントを割るか?……いや、状況確認が先だ)
胸元に忍ばせた魔道具に反射的に手を伸ばしたヴォルクだったが、これは一つ作るのにかなり時間がかかるうえに予備もない。幸いにもこの街は国内でも屈指の治安の良さを誇るため、まずは報告係から詳しい状況を聞くことにした。
話によれば、温泉街で確認されたのはフードを深く被った2人組。街の警備にあたっていた騎士が、一般人に紛れるには大きすぎる魔力の気配に気づいて尾行したところ、フードの隙間からこぼれた美しい銀髪から聖女だと断定したらしい。
髪色は魔力量と属性に強く影響される。中でも透き通るような髪色や銀や金の髪は高い魔力量の証であり、高貴な貴族にしか見られない特徴だった。
(2人組のもう片方は小柄だと言っていたな。リリアージュ嬢を連れ出したか……)
ヴォルクの脳裏に、昨日の会話が思い浮かぶ。
温泉街の中心にある湯畑を目にした際、ヴィリアリナが「リリアにも見せたいなぁ……」と呟いていたのだ。
(まさか抜け出してまで見せに行くとは……)
幸い、発見した騎士がそのまま距離を保って密かに護衛を続けているという。午後からの巡礼までには戻るだろうかと頭を悩ませていたその時、勢いよくドアが開かれた。
「ヴォルク……!リリアが……!リリアがいないんだ……!!」
青ざめた顔で飛び込んできたのは、妹を溺愛する兄アルベルト。そのままヴォルクの肩を掴み、力任せに前後に揺さぶる。
「どどどどうしよう!?何も言わずに突然いなくなる子じゃないんだ……!もしリリアに何かあったら……」
「落ち着け、侵入者の痕跡はない」
(そうだ……こいつがいたんだったな……)
この重度のシスコンであるアルベルトに「帰りを待つ」という選択肢は存在しない。今にも街を封鎖して捜索を始めかねない勢いに、ヴォルクは溜息をついた。
「一度落ち着け。行き先は把握しているし、すでに護衛もついている」
「なっ!それならお前、なんで俺に言わないんだ!今すぐ迎えに行くぞ!」
「……分かった。ただし、内密にな」
「は?」
歯切れの悪いヴォルクをアルベルトが鋭く睨みつける。ヴォルクは、妹を危険な(?)目に遭わせたのがヴィリアリナだと知れば、アルベルトが激怒して揉めかねないことを容易に想像できた。
2人の仲立ちを引き受ける覚悟を決めたヴォルクは、後ろから急かし立てるアルベルトを宥めながら、現地で警護にあたる騎士と連絡を取り、温泉街へと向かった。
*
一方のヴィリアリナ達は……
「……!このお饅頭、すごく美味しいわ……!」
「でしょ!?出来立てホカホカなのが最高だよね!」
などと笑い合いながら、平和に観光を楽しんでいた。
湯畑の絶景を楽しんだ後、漂ってきた甘い匂いに誘われて通り沿いの和菓子店に立ち寄り、今はテラス席で小休憩をとっている最中である。
最初こそ不安げだったリリアージュだが、活気あふれる街並みや人々の笑顔に触れるうちに、すっかり目を輝かせて散策を楽しんでいる。
公爵令嬢として育った彼女にとって、こうした庶民的な街歩きはほとんど初めてだった。「きっと楽しいはず!」と半ば強引にリリアージュを連れ出したヴィリアリナに、も、その心中には彼女が楽しめているか不安もあった。しかし、リリアージュの笑顔が咲いたのを見て、その心配は杞憂だったのだとてその不安はすっかり吹き飛んでいた。
「次はどこに行きたい??巡礼の出発までにまだ時間はあるから、どこでも行けるよ!お煎餅屋さん?ソフトクリーム?昨日食べたおでんと玉こんにゃくも美味しかったよ!」
「わ、私が選んでいいの……?」
「もちろん!」
「それなら……あの向かいのお店を見てみたいわ」
リリアージュが指さしたのは、色鮮やかなガラス細工や小物が並ぶお土産屋さんだった。
「うん!行こ行こ!似合いそうなの選んであげる!」
人混みではぐれないよう、ヴィリアリナはしっかりとリリアージュの手を握り、目的のお店へと歩き出した。
*
そんな2人の仲睦まじい様子を離れたところから見つめる大きな影が2つ。
「リリアが……あんな顔で笑うなんて……!」
飛び出さないようヴォルクに首根っこを掴まれたアルベルトは、建物の影から完全に顔を出して妹の笑顔を目に焼き付けていた。
聖女として、そして公爵令嬢として、常に隙のない完璧な振る舞いを求められてきたリリアージュ。彼女が浮かべる作り込まれた完璧な笑顔は、兄であるアルベルトにとってどこか寂しさを感じさせるものだった。
婚約者であるアレン王子にだけ見せる年相応の笑みを見て「あいつになら預けてもいいか」と実は密かに認めているアルベルトだったが、今、妹は同年代の少女と並んで、心からの弾けるような笑顔を見せている。
聖女としてでも、公爵令嬢としてでもない、ただのリリアージュとして咲いた笑顔に、アルベルトの胸はいっぱいになっていた。
「リリアのあんな笑顔が見られるなら……今日の巡礼は休みでもいいな」
「馬鹿言うな。昼前には連れ戻す。それとお前、顔を出し過ぎだ。見つかるぞ」
「令嬢と笑い合うリリアは見たことが無かったが……いいものだな。アレン王子の嫁にやるよりいいかもしれん……」
「何寝ぼけたことを言ってるんだ」
妹可愛さにデレデレと目尻を下げたかと思えば、真顔で突拍子もないことを言い出すアルベルト。ヴォルクは呆れながらも、昼までの残りわずかな時間、2人の密かな冒険を静かに見守るのだった。




