67話:鬼蘭草④ 規格外の聖女
「なんでお前と同じ馬車なんだ!!俺はリリアと同じ馬車がよかったのに……!」
未練がましく窓に張り付き、後ろを走る妹たちの馬車をじっとりと眺めるアルベルトに、ヴォルクはため息をついた。アルベルトはヴォルクが呪われていたことを気にせずに接する数少ない人物であり、彼等は友人同士である。
「今は巡礼中だ。聖女二人が同じ馬車に乗るのは自然だろう。それに、肝心のリリアージュ嬢に断られていたじゃないか」
「違うっ!あれはリリアの照れ隠しだ。決して俺が避けられた訳では……」
ぶつぶつと不満をこぼすアルベルトに、ヴォルクは呆れた視線を向ける。
リリアージュの兄、アルベルト。彼は自他共に認めるシスコンであった。
公式の場やリリアージュの前では『頼れるカッコいい兄』を演じて澄ましているが、中身は三度の飯より妹LOVE。その愛情は王族相手でもブレず、アレン王子には顔を合わせるたびに、「リリアを泣かせたら殺す」と凄んでいる。これで王族への脅迫罪に問われないのは、ひとえにアレン王子の慈悲に他ならない。
しばらく後ろの馬車を眺めていたアルベルトだったが、カーテンが開かないことを悟ると、やっとつまらなそうに正面へ向き直り、ふとヴォルクに目を留めた。
「お前……なんかずっと、ぼんやり光ってないか?変な魔道具でも持ってるのか?」
「ああ、見えるのか。恐らくだが、ヴィリアリナが付与した『聖域』と『継続回復』だ」
「なんだそれ……?姿が見えない状態で、発動し続けているのか……?」
「……多分、解除を忘れているのだろう」
相変わらず無機質な声色で答えたヴォルクだったが、その眉尻はわずかに下がっていた。
(任意の人物を聖域と回復魔法で包み続ける……?そんな高度なことが可能なのか??ヴィリアリナ……。一体何者なんだ、あの令嬢は……)
アルベルトの思考は、突然現れたあの銀髪の聖女に移っていった。
*
アルベルトは、愛しい妹が誰よりも努力を重ね、聖女に相応しくあろうとしている姿勢を間近で見守ってきた。今のリリアは、歴代の聖女の記録と照らし合わせても間違いなく五本指に入る実力者だ。
しかしだからこそ、ヴィリアリナの規格外の力には度肝を抜かれることばかりであった。
『安寧の儀の水瓶が割れました……!』
その報告を聞いた時、耳を疑った。我が領の選りすぐりの職人が作った水瓶が、込められた魔力量に耐えきれず割れるなど前代未聞だ。
半信半疑で現場に向かったアルベルトだったが、渡された光輝く聖水を見た瞬間、彼はその報告を信じざるを得なかった。
(これは……。この1本を巡って争いが起きる代物だ……)
高濃度の聖属性が溶け込んだそれは、死者さえ蘇らせそうな途方もない力を感じた。
その性能は、錬金術師が血眼になって探す伝説の薬、『エリクサー』に限りなく近い。
彼の脳内に過去の報告が蘇る。「手足の欠損を再生した」「黒龍をたった2人で討伐した」。『聖女』という存在に箔をつけるため、誇張されている部分もあるだろうと本気にしていなかったそれらの報告は……。
(まさか……全て偽りない実績なのではないか……?)
背筋を冷たい戦慄が駆け抜けた。
*
そして聖女ヴィリアリナの実力は、この巡礼で目の当たりにすることとなった。
(な……んだ……?このバケモノじみた範囲の浄化は……?)
予備動作もなしに放たれた浄化は、辺り一帯を瞬時に清めた。しかもこの浄化を連続10回は容易いという。
昔、妹からは「浄化の範囲調整は不可能。だからこそ、精度や発動速度を高めるのだ」と聞いた。それなのに、ヴィリアリナは範囲の調節すら可能とも取れる口ぶりで話す。
さらに彼女は、幻といわれる鬼蘭草の花まで咲かせてみせた。
(植物の成育促進!?そんな魔法、神話の世界でしか聞いたことがない……)
呆気に取られている間に、この農園の出資者であるオセロ商会の会長とあっという間に話をつけ、花を原料とした魔力回復薬の研究と増産、さらには流通ルートの見直しまで確約させてしまった。これは、回復薬不足に伴い近年問題となっていた、闇取引の問題までも根本から解決しようとする見事な一手だった。
しかもその際、鬼蘭草の花による売上を全額捧げようとする商会長をなだめ、『売上の数%のマージン』と『毎月15本の回復薬の無償提供』でおさめる無欲さもみせた。
自分に利がないと動かない商人が、自ら彼女に利益を捧げようとしたことにも驚いたが、魔力回復薬の価格の平準化と、研究費のためにと辞退したことには、更に驚いた。
(いったい、どこまで先が見えているのだ……)
しかし、聖女ヴィリアリナがその輝きを強めれば強めるほど、アルベルトには気がかりなことがあった。
極めて稀な鬼蘭草の大開花に沸く、先ほどの農園の光景が脳裏に焼き付いている。
隣では、歓声の中心にいるヴィリアリナを、心ここに在らずといった様子でリリアが見つめていた。
『……なぁ、リリアは……』
『……できないわ』
『……』
『私には……できないの……』
リリアが今までどれほどの血の滲むような鍛錬を重ねてきたか、誰よりも近くで見てきた。だからこそ、突然現れた規格外の才に打ちひしがれる妹の気持ちは痛いほど分かる。
聖女が現れる時代には、呼応するように魔王が復活する。歴史上、魔王と相打ちになって命を落とした聖女も少なくない。
兄としては、ヴィリアリナがこれほど強いのなら、愛する妹は死地へ向かわずに済むのではないか——そんな淡い期待を抱いてしまうのも事実だ。しかし、真面目で責任感の強いリリアが、自分だけ安全な場所にいることを良しとするはずがないことも分かっている。
口をつぐんでしまった妹にかける言葉も見つからず、小刻みに震える彼女がせめて寒くはないよう、自分のマントをかけてやることしかできない。その己の無力さが、アルベルトの胸を締め付けていた。




