66話:鬼蘭草③ 幻の花
ヴォルク様に作ってもらった氷のカゴに揺られながら、私はひたすら浄化魔法を放ち続ける。
(今年の鬼蘭草がたくさん育ちますように〜。そして魔力回復薬が安くなりますように〜)
浄化の波に、ひっそりと回復魔法を混ぜ込んで打ち込む。土壌の栄養補給になればとおまじない感覚で込めていたのだが、なぜかこれが経験値になるのだ。「土の修復」として判定されているのかもしれない。
「ヴォルク様!次、お願いします!」
声を張ると、宙に浮く氷のカゴがすーっと次のエリアへ移動する。人一人を乗せたまま、この強度の氷を自在に滞空させ続けるなんて、なんて精密な魔力操作なのだろう。
なお、山側の魔物討伐はジーク様と騎士団が出動している。ヴォルク様は通信魔法で指示を出しつつ、私の足場を操作する、という器用なことをやってのけているのだが……たぶん、これは私が勝手に魔物狩りへ飛び出していかないための見張りだ。
ふと視線を投げると、遠くの畑ではリリアが神聖なお神輿のような台座に担がれ、ひとつひとつの畑へ丁寧に祈りを捧げていた。その姿は遠目に見ても神聖で、通りかかった領民の中には彼女を拝んでいるものさえいる。
かたや私は、移動のたびに「次お願いしまーす!」と声を張り上げ、魔力回復薬をファイト一発と一気飲み。聖女のベールよりヘルメットがお似合いな現場作業員感満載である。
ちなみにこちらには、先ほどから少年少女の熱い眼差しが注がれている。しかしこれは、聖女への憧れというより、空飛ぶ氷のカゴへの興味。工事現場で大きなクレーンを見上げているあれだ。
「よし!全エリア完了ーー!」
討伐部隊への途中参加は叶わなかったものの、潤沢な回復薬のおかげで、日が沈む前に農地すべての浄化を終わらせることができた。
「本当に、今日中に終わってしまうなんて……」
「やっぱり2人で分担すると効率いいね!」
「いいえ……ほとんどアリナちゃんのおかげよ……」
信じられない様子で呟いたリリアだったが、彼女だって割り当てられた範囲の浄化を無事完了させている。
「私はざっくり広範囲な浄化が向いてただけで、リリアみたいな高精度な浄化はできないから……。適材適所ってやつだよ」
「力になれなくて申し訳ないわ……」
「何言ってるの!そんなことないって!……それより、寒いから早く中に入ろ!」
夕闇が迫る雪原は吹き付ける風が身に沁み、指先が痺れるほど冷え込んできた。
リリアを促して研究棟へ足早に戻ると、館内では白衣の研究員や農場スタッフたちが慌ただしく行き交っていた。
「なにかあったのかな?」
「なにかしら?とても忙しそうね」
リリアと首を傾げていると、巡礼前に農場の案内をしてくれた現地スタッフが、私達の前にすっ飛んできた。
「聖女様!ご報告がございます!聖女様がお越しくださったのを喜んで、鬼蘭草の花が咲いたのです!是非お帰りの前にご覧になってください!」
興奮冷めやらぬ様子のスタッフに連れられ応接室へ向かうと、部屋の一角に人だかりができていた。
案内人が声をかけると人垣がサッと割れ、中央の鉢植えで可憐な紫の花を咲かせた鬼蘭草が姿を現す。
「わあ!綺麗!」
「ええ!この農園に長く勤めておりますが、鬼蘭草の開花を目にするのは生まれて初めてにございます……!これも聖女様方がお越しくださったおかげにございます!」
感動に目を潤ませるスタッフだったが、その言葉に一つ疑問が浮かんだ。
「……あれ?このお花が魔力回復薬の材料になるのですよね?」
「いいえ。花は滅多に咲かぬ幻の部位ですので、普段は茎と葉を煎じて薬を生成しております」
(あれ……?)
事前の説明をロクに聞いていなかったことが露呈し、ギクリとしつつも、ゲーム内知識との不整合に首を傾げる。
(うーん?ゲーム内だと『鬼蘭草の花』がそのまま回復薬のメイン素材だったはずだけど……)
思考を巡らせるうちに、ふと思い至った。
(……そういえば、さっき私この花に魔力を込めたっけ……。ゲーム内では毎日咲いていた花が、幻レベルで珍しい……?……もしかして、さっき浄化のついでに貰えてた謎の経験値って……!?)
ある仮説に至った私は、鬼蘭草を取り囲む人混みからひっそりと離れ、農地へと出た。
気づいて後を追ってきたヴォルク様が、首を傾げる。
「どうしたんだ?」
「ちょっと、気になることがあって……」
雪原に膝をつき、積もった雪を素手でかき分ける。
露わになった黒土の上に根を張る鬼蘭草は——緑の葉を青々と広げ、可憐な紫の花を誇らしげに咲かせていた。




