65話:鬼蘭草② まさか、ね……
「こちらが、この農園で栽培している鬼蘭草にございます。魔力回復薬の原料になる薬草ですが、近年その生育が非常に遅れており……」
リリアと共に通された応接室。説明資料と一緒に運ばれてきた鉢植えの鬼蘭草を目にした瞬間、私の脳裏に前世の記憶が弾けた。
(キランソウってこれか!!ゲーム内でも育ててたわ!)
たんぽぽの葉のようなギザギザした葉っぱをもち、可憐な紫の花を咲かせる背の低い薬草。ゲーム内でも魔力回復薬の必須素材だった。毎日魔力を与えて収穫し、一定数集めて錬金術師に渡す仕様を思い出して懐かしさが込み上げる。
そんな私の脱線思考を余所に、打ち合わせは大地への祈りの手順へと進む。鬼蘭草は適度な瘴気を好むが、現在の濃すぎる瘴気が生育障害を引き起こしているらしい。
現状を報告し終えた担当者とオセロ商会長が退室し、室内には私とリリア、アルベルト様、ジーク様、ヴォルク様が残った。
「畑かなり広そうだよね。手分けして浄化しよっか」
資料の地図を見る限り、ここは研究棟も併設されている大規模な農園で、山の麓一面に広がる農地は某ネズミのテーマパーク2つ分を優に超えそうな規模だ。
「ええ。手分けしても3日ほどかかりそうだわ……。アリナちゃんの浄化範囲はどれくらいかしら?」
「そういえば、正確に測ったことなかったや。ちょっとやってみるね!」
浄化を実戦で使ったのはこの前の討伐隊が初めて。あの時は深い森の中だったため、正確な効果範囲は見通せなかったのだ。
私は集中し、体内に浄化の魔力を練り上げる。
(資料を見る限り、瘴気を完全に浄化する必要はないはず。それなら、濃度を下げて範囲を拡張して……浄化!)
広がりを意識した波状の光を放ち、窓の外へ視線を向けた。
周囲をどんよりと覆っていた瘴気の霧がさっと晴れ、人に害のない程度になる。範囲はおおよそ野球場ひとつ分といったところだろうか。
(ふむふむ、このくらいの効果範囲だったんだ〜)
呑気に自らの魔法の効果を確認していると、アルベルト様から不意に声が飛んだ。その声色はどこか硬い。
「……この規模の浄化は、回復薬なしでは何回発動できるものだ?」
「ええと……連続なら10回くらいでしょうか。魔力回復薬はたっぷり支給されていますし、問題は移動ですね。この広い農地を歩いて回るとなると効率が悪いですよね……」
畑を馬車で踏み荒らすわけにもいかず、一面の銀世界で足場も悪い。私は乗馬もできないため頭を悩ませていると、ヴォルク様が静かに助け船を出してくれた。
「移動手段ならこちらで用意しよう。氷で足場を作って浮かせるから、そこに乗るといい」
「あ!それなら移動問題も解決ですね!ありがとうございます!」
黒龍戦でも使ったお馴染みの手段で移動問題は解決した。続いて考えるべきは作業の配分だ。私は隣のリリアへ視線を向けた。
「リリアの『浄化』はどれくらいの範囲?」
「私は……この部屋一つを覆うのが限界だわ」
そう言って彼女は手を胸の前に組み、部屋を清らかな魔力で満たした。その浄化は息を呑むほど高密度で、光が引いた空間からは瘴気の痕跡すら残っていない。
「すご……。瘴気のカケラも残ってない……。これ、回復薬無しだと何回使えるの?」
「20回ほどかしら……。けれど、アリナちゃんのように広範囲を祓うことはできないし、発動にも時間がかかってしまうの」
「20回!?やっぱり魔力効率が段違いだね……」
広範囲をざっくり浄化する私の浄化に比べ、彼女の浄化は、範囲を絞った高精度の職人技だ。
この浄化を彼女の魔力量で20回も発動できる恐ろしい魔力効率には、舌を巻くしかない。これほどの練度に至るまでの彼女の努力が垣間見えた気がして、純粋に尊敬の念が込み上げた。
(やっぱり私の聖属性は、まだまだ練度が足りないな……)
先ほど私の浄化を見てからアルベルト様が黙り込んでしまったのも、妹であるリリアの完璧な魔法をいつも見ているから、連続10回しか撃てない私の不甲斐なさに呆れているのかもしれない。
それぞれの特性を踏まえ、担当エリアが割り振られた。全域の浄化に設定された猶予は3日間。聖属性の鍛錬も兼ねて、私の範囲はかなり多めに振り分けてもらった。
(よし、せっかくなら今日中の完了目指して頑張るぞー!)
意気揚々と魔力回復薬を袋に詰め込んでいると、ヴォルク様から忠告の声が降ってきた。
「山に何体か魔物の気配も探知している。排除は騎士団が担うが、念のため注意を」
「承知しました!」
「……ヴィリアリナは、浄化が終わるまではそちらに専念するように」
「え゙っ!……わ、わかりました……」
(レベル上げのチャンスだと思ったのに……)
実は『浄化』や『解呪』といった聖属性のみ魔法は、消費魔力の割に経験値効率がすこぶる悪い。経験値を稼ぐなら、光属性を組み込んだ攻撃魔法や回復魔法が一番なのだ。
討伐参加の機会を潰されてしょんぼり肩を落としたが、すぐに閃いた。
(ん……?まてよ?『魔物討伐に参加するな』とは言われてない。これは、浄化を早く終わらせれば参加していいってことじゃない!?よし!速攻で終わらせよっと!)
魔力回復薬を詰め込んだ袋を背負い込み、気合十分で部屋を出ようとした瞬間、卓上に残された鉢植えの鬼蘭草が目に入った。
(そういえば……ゲームだと毎日収穫できたけど、アレはさすがにゲーム的都合だよね……?)
ふと興味が湧き、ふわふわとした産毛に包まれた柔らかい葉に触れてみる。
(聖女の能力で植物が急成長!なんて、ファンタジーあるあるだけど……。さすがに……ね?)
試しに少しだけ魔力を注ぎ込んでみたが——特に変化は起きなかった。
(さすがに、か……)
苦笑して意識を切り替え、今度こそ部屋を後にした。




