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悪役令嬢がいじめてこないのでストーリーが進まない! 〜もしかして私は、悪役令嬢がヒロインの物語で断罪される元ヒロインですか!?〜  作者: うみの もずく
聖女の巡礼〜シルベール公爵領〜

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60話:初恋泥棒

 続いて私たちは、昨日の商店街にやってきた。

 休日のお昼時の商店街は混み合っており、昨日の倍以上の人でごった返していた。


「うわっ!すごい人ですね!お祭りみたい!」

「アリナ嬢、はぐれないように気をつけてね」

 

 目的地は商店街の中ほどのお店。ジーク様が注意喚起をしてくれたものの、私は前世の日本人特有の『人混み回避スキル』を無意識に発動させて進んでいた。

 少しの隙間を見つけてはスルスルと滑り込み、対向者の肩を絶妙な身のこなしで避けていく。結果として、長身で歩幅が大きく、かつ人混みなど歩く機会もないであろうヴォルク様とジーク様を、あっという間に置き去りにしてしまっていた。

 

「あ、あれ?お2人とも……?」

 

 振り返ると、向こうに人混みから頭ひとつ抜けたヴォルク様が見えた。着いて来ていることを確認して安心したちょうどその時、怒鳴り声が聞こえて反射的にそちらを振り返った。


「痛いぞ無礼者!!どこ見て歩いてるんだ!!」

 

 背伸びしてみれば、少し先に人だかりができていた。

 飛び跳ねて中心を見ると、派手な装飾のついた薄手のコートを着た肥満体の少年が、後ろに2人の護衛を引き連れて腕を組んでふんぞり返っていた。声変わり前だ、中学生くらいだろうか。そしてその足元には、地面に伏せ、震えている男の子と、泣きじゃくる女の子がいた。

 

「申し訳ありません!申し訳ありません……!」


 男の子は地面に額を擦り付けて謝っているが、ふんぞり返る少年の機嫌は治らないようだ。


「僕のコートが汚れたじゃないか!いくらすると思ってるんだ!お前たちが一生かかっても払えないような金額なんだぞ!」


 少年が指差す先を見れば、確かに串焼きのソースがベッタリとへばりついていた。泣きじゃくる女の子の足元を見れば、落ちた肉が転がっている。

 なんだかよろしくない気配に、人混みをかき分けて中心に進もうと試みるが、人の壁が厚くてなかなか進めない。


「申し訳ありません……!ほら!レナも謝って……!」


 男の子は地面に額を擦りながら妹にも謝るように促すが、彼女は泣きじゃくるばかりだ。


「弁償しろ!許さんからな!」

「も、申し訳ありません……!どうかお赦しを……!」

「そうだな……僕の優しさに免じて、そこのゴミを食べたら許してやろうか」


 そう言って少年が指さしたのは、地面に落ちた肉だった。男の子が震える手で拾おうとすると、少年はその手を肉ごと踏みつけた。


「ダメだ。お前のような庶民など、犬以下だ。這いつくばって食え」


(なっ……!踏みつけるなんて!服が汚れたくらいでやりすぎじゃない!?)

 

 少年がそのセリフを言い放ったのとほぼ同時に、私は彼らの前に辿り着いた。


「待って!食べちゃだめ!ちょっと!足退けなさい!」


 男の子の手を踏む少年の足を引っ叩き、地面に這いつくばる男の子を助け起こして回復魔法をかける。

 いきなり足を(はた)かれた少年は面食らったように目を白黒させたが、すぐに調子を取り戻した。


「な、なんだお前は!急に出てきて……しかも僕を叩いたな!?」

「叩いたことは謝るわ。けれど、服が汚れたくらいでこの仕打ちはやり過ぎじゃ無い?服なんて、洗えばいいでしょう」

「なっ……!これがいくらすると……!高価なものは洗えないんだぞ!庶民には分からんだろうがな」

「……?魔法でなら、洗えるでしょう?」


 私が心底不思議に思いながら首を傾げると、少年は顔を真っ赤にして言った。


「ぼ、僕を馬鹿にしてるのか!?そんなこと、できるわけないだろう!」


 確かに彼のステータスを見ればレベル20。私が言っている高度な洗浄魔法は使えないだろう。ただ、そんなのはなから分かっている。私は何も、彼自身に対応しろとは言ってない。

 私は人混みに紛れた男を、何人か指差した。


「あの人とか、あの人ならできるんじゃない?あなたの護衛よね?」


 人混みに紛れて、平民にしてはレベルの高いレベル45が3人。彼の後ろに立つ護衛とは別に潜んでいる。このくらいのレベルであれば、私がイメージする洗浄の魔法が使えるはずだ。彼らのステータスには、バッチリ護衛であることが書かれていた。

 

「な、なんなんだお前は……!口ごたえばかり……僕を知らないのか!?」


 尚も強気な姿勢を崩さない少年の後ろで、護衛は何かに気付いたようだ。護衛をぴたりと言い当てた私のステータスが自分には見えない(10以上離れている)ことに——。


 さっと青ざめた護衛に引き換え、少年はまだ元気に吼える。

 

「僕を知らない田舎者め!僕は、国で3本指に入る大商会、オセロ商会の次男だぞ!」

「み、ミルバーク様……そろそろ……」

 

 護衛の制止も聞かず、どうだ、ひれ伏せ、と言わんばかりのドヤ顔である。

 確かにオセロ商会の名前は有名どころだ。聞いたことがある。しかしそれなら尚更服なんて新しく買えるではないか。この子にこんな仕打ちをする理由にはならない。納得のいかない私に、ミルバークと名乗った少年は更にふんぞり返って続けた。


「しかも、僕には高貴なる『子爵家』の血が流れているんだぞ!」

「そう、それで?」

「えっ……?」

「えっ?」

 

 あまりにも率直な私の返しに、少年はポカンと口を開けた。私も思わず首を傾げる。

 こちとら子爵家令嬢である。(貧乏であるが)子爵家の血が入っているくらいなんだと言うのだ。まだ財力でふんぞり返られた方が私には有効であった。


 数秒の沈黙の後、自分がコケにされたと気づいた少年の顔が、みるみるうちに朱に染まった。

 

「こっ、この無礼者め!帽子くらい取れ!なんなんだ……!僕を誰だと……っ!!」

「ミルバーク様っ!おやめくださいっ!」

 

 激昂した少年が護衛の制止を振り切り、手を振り上げ、私の頭から乱暴に帽子を奪う。

 

 バサッ!

 

 途端に、帽子の中に押し込めていた透明な銀色の髪が、さらりと風に舞って日の光を弾く。

 

「なっ……」

 

 私の素顔と、その特徴的な銀髪を見た少年は、私の帽子を手に持ったまま、雷にでも打たれたように硬直した。周囲の喧騒すら一瞬静まり返り、息を呑む気配が広がる。


「お前……美しいな……嫁にしてやってもいいぞ」

「……は?お断りですけど」

「な、なんだと!?この僕が直々に言ってやっているのに……!」

「自分より弱い人はちょっと……。そうね……この彼を倒せるくらいになったら考えてあげてもいいわよ?」

 

 そう言って、私は彼の手から帽子を奪い取って被り直すと、ちょうど人混みをかき分けて後ろに辿り着いた、頼りになる監視役に半身を隠した。


「僕が……お前より弱いだと!?それに、なんだこの男は!恋人か!?おい、お前ら!この男とあの生意気なやつに、格の違いを思い知らせてやれ!」


 少年が背後に控える護衛たちに鼻息荒く命令を下す。しかし——。

 

「……はっ、は……ど……どうか……どうかお赦しを……!」

 

 ドサッと、護衛たちは膝をつき、震えながら土下座を始めた。

 彼の威圧にでも当てられたのだろうか。対象者を選ぶなんて、器用なことをするものだ。ただ、その絶対零度の覇気は戦わずして実力差を思い知らせるには充分すぎたようだ。

 

「なっ……!お前ら、何をしている!ええい、使えない奴らめ!なら僕が直々に——」

 

 痺れを切らした少年が、立ち上がることすらできない護衛たちを叱責し、ヴォルク様に向かって一歩踏み出した、その瞬間。

 

 ——ゾクリ

 

 彼を見据えたヴォルク様の蒼い瞳から、ほんの僅かな殺気が漏れ出した。

 

「あ……、が……っ」


 彼にとっては子供に対する脅し程度。しかし、かつてない強者の殺気に当てられた少年は、幻覚でも見たのか、何度も首が繋がっていることを確かめるように両手で押さえ、白目を剥いた。そして糸が切れた操り人形のようにその場に腰を抜かし、ガチガチと歯の根を鳴らして小刻みに震え始めた。


「……何か用か」

「……あ……ぁ……」

「ひっ……ひいっ!申し訳ございません……!何卒……!命だけは……っ!」

 

 ヴォルク様の地を這うような低い声に、答えることもできない少年に変わって護衛たちが悲鳴を上げて少年を両脇から抱え上げる。そして、腰が抜けた彼を引き摺りながら蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「あまり目立つことをするな」

「すみません……でも、見てられなくて……あれ、あの子達は?」


 ヴォルク様は私の帽子を深く被せ直しながら少し先を指さした。そちらの方向を見れば、ジーク様が男の子と女の子を端の方へ誘導し、しゃがんでいた。まだぐずっている女の子を落ち着かせながら、男の子から話を聞いているようだ。


「怖かったね、よく頑張ったね」


 男の子の話を聞いたジーク様は、彼の頭を優しく撫でた。緊張の糸が解けたのか、男の子の目にじわりと涙が滲む。そんな彼にジーク様は自分の帽子を被せた。


「よし、お肉はどこで買ったの?次はぶつからないように座って食べようね」


 ジーク様は女の子を抱き上げ、男の子とは手を繋いで立ち上がった。ぐずっていた女の子はジーク様が帽子を取った瞬間から彼に視線を奪われ、あっさり涙を引っ込めぽーっと見惚れている。

 彼はこちらをくるりと振り返ると、私たちに言った。


「兄上、アリナ嬢、ちょっと買い物してきます」

「ああ、目的の店に先に言っているぞ」


 彼に手を繋がれた男の子もこちらを振り返って手を振ってくれた。


「きらきらのおねえちゃん、ありがとうございました!!」


 私も彼に手を振り返し、人混みに紛れて行ったジーク様の背中を見つめる。


「……初恋泥棒ですね……」

「……?なんだそれは?」

「いいえ、なんでもありません」


 あんな優しいイケメンにあの歳で出会ってしまったあの女の子の男性へのハードルは、信じられないほど上がるに違いない。


 商店街の喧騒の中、次なる目的地であるお店の看板は、もう目と鼻の先に見えていた。


「さっ!次はあのお店です!昨日は売り切れてたシュークリーム、今日はありますかね?」

「どうだろうな、だが……1つくらいは残っているんじゃないか?」


 ヴォルク様がわずかに表情を緩めてそう言ってくれる。

 私たちの街歩きはまだ始まったばかりだ。その後も私たちは、日が落ちるまで思う存分、観光を満喫するのだった。

 いつもお読みいただきありがとうございます!

 本作の世界におけるレベルとステータスについての補足です。


【レベルについて】

・平民(成人):平均レベル30前後

・貴族(成人):平均レベル50前後

※レベル上限は遺伝性が強いため、高レベル同士で婚姻を重ねてきた貴族の方が高くなる傾向にあります。

 

【ステータスの仕様】

・レベル40以上:他人のステータスを閲覧可能

・レベル50以上:自身のステータス隠蔽が可能

・レベル差10以上:相手のステータスが見えない(枠すら表示されない)

・ステータス隠蔽時:枠は見えているが、中身が空欄になる


 ちなみにシュークリームは昨日の時点で公爵家から予約が入っており、店主は何度も味見をして最高の一品を作り上げ、当日震えながら一行を待っていたそうです。

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