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悪役令嬢がいじめてこないのでストーリーが進まない! 〜もしかして私は、悪役令嬢がヒロインの物語で断罪される元ヒロインですか!?〜  作者: うみの もずく
聖女の巡礼〜シルベール公爵領〜

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58話:お忍び散策

(街に行きたい……!!)


 シルベール公爵家滞在4日目。私は暇を持て余していた。

 シルベール様とジーク様は公爵閣下と共に、連日領地の騎士団の訓練に参加しており、セレナ様は臥せっていた間に溜まっていたお仕事で忙しい。私も騎士団の訓練への参加を希望したのだが、正式な聖女の巡礼より1週間早くここに来ていることは公にしていないため、却下されてしまった。


 となれば、私の興味は一点に注がれる。そう、市街地である。

 馬車の中から見た看板や風景だけでも、かなり日本に近い活気を感じた。街に出て、この土地のご飯を食べたい。文化が見たい。私はなんとかお忍びで街に出る方法を必死に考えていた。


(街に出るには、まずは服だよね。聖女の格好じゃ目立ちすぎるし、かなり寒い……)


 今は2月末。北に位置するシルベール領には雪が降り積もっており、非常に寒い。魔法による体温調節の手段を持たない私は、防寒着を着用する必要があるが、貴族用の服にそんな実用的なものはないのだ。


(うーん、どうしたものか……)


 窓の外を眺めながら頭を悩ませていると、一台の馬車が帰ってくるのが見えた。


(おっ!シルベール様かジーク様だったら、手合わせでもしてもらおうかな!)


 暇つぶしの相手が帰ってきたかもしれないと、期待して玄関に降りると、帰ってきたのはジーク様1人だった。


(ジーク様だけだ!……ジーク様なら、街に出るのを手伝ってくれないかな!?)


 厳格なシルベール様がお忍びの外出を許可してくれるとは思えないが、ジーク様ならまだ押し切れそうな気配がある。私は帰ってきた彼を、玄関で勢いよく出迎えた。

 

「おかえりなさい、ジーク様!今日は早かったですね」

「ああ、共に訓練をしている部隊が今日の午後は休みだったんだ」

「そうなんですね!……ところで、ちょっとお願いがあるんですけど……」


 私はジーク様に擦り寄り、内緒話のトーンで相談を持ちかけた。


「……街に出たい、か」

「お願いします!陽が落ちるまでには帰ってくるので……!防寒具を貸していただきたく……!」

「うーん。安全を考えて、せめて兄上と一緒の時の方が……」

「……シルベール様は、絶対にダメって言いそうなんですもん」


 悩む様子のジーク様に、私は拝むように懇願する。


「ジーク様っ……!どうか……!」

「巡礼が始まってからにしようと言いたいとこだが……ここでダメって言っても、アリナ嬢は勝手に行くんだろう?」

「ゔっ……」


 見事な図星に、思わず目を逸らす。そんな私を見たジーク様は、ため息混じりに首を縦に振ってくれた。


「……わかった。その代わり、俺も行く。これでいいね?」

「ありがとうございます!!」


 こうして、私の暇な一日は、念願のお忍びのお出かけへと変わったのだった。


 *

 

「寒くはない?」

「さ……むいですけど……なんとかっ……!」


 コートや手袋、滑り止め付きのブーツに、耳まで隠れる帽子。ジーク様に借りた防寒具で雪だるまのようにもこもこに着膨れした私は、彼と共に念願の市街地を歩いていた。

 計らずとも、このもこもこした姿は、魔法による体温調節ができないことを雄弁に語っており、平民に見えるカモフラージュになっている。隣を歩くジーク様も、かなりラフな服装に厚手のコートを羽織っていた。


「滑るから、気をつけて」


 凍った路面に差し掛かると、彼がさりげなくエスコートをしてくれる。この世界に来てからほとんど貴族としか接していないこともあってか、こういったスマートな気遣いができる男性が非常に多い。素晴らしい世界である。


「どこに行きたかったんだ?」

「具体的な目的地はないんですけど……色んなお店が見たかったんです!」

「じゃあ、あっちの方がいいかな」


 ジーク様の案内に従って少し歩くと、活気のある商店街に着いた。大通りに面した道には高級な服屋や武器屋が並び、一本隣の歩行者専用の細い道には、生活に寄り添った品が並ぶ市場のような店舗がひしめき合っている。


「わあぁっ!こういうことに来たかったんです!!ありがとうございます!」


 私を惹きつけるのは、断然市場の方である。


「あっちに行きましょう!」


 美味しそうな匂いのする市場の方を指さし、意気揚々と一歩目を踏み出した私とジーク様は——次の瞬間、背後から首根っこを掴まれ、空中で足を空振りさせることになった。


「ぐえっ」

「……何をしている」


(こ、この冷気を纏った声は……)

 ギギギ、と錆びた機械のように恐る恐る振り向くと……。

 

 やはりそこには、絶対零度の無表情で私たちを見下ろすシルベール様が立っていた。


 *


「……市街地を見たかった、と」

「はい……」

「それでジークも協力したと」

「はい……」


 数分後。私たちはシルベール様の馬車に連行され、彼の向かいの席に座らせられて事情聴取を受けていた。

 彼は訓練から帰る途中、たまたま私たちを見つけて馬車を停めたらしい。絶対に雷が落ちると思い、私とジーク様は2人揃って膝に手を置き、しょんぼりと俯いていた。


(絶対怒られる……。ジーク様、巻き込んでしまってすみません……)


 怒られる前から、身を縮めて小さくなっている私たちを見て、シルベール様は呆れたように小さくため息を吐いた。


「……別に、怒っている訳ではない」

「「……本当ですか……?」」


 信じられなくて、私とジーク様は見事にハモってしまった。

 

「ああ。特にヴィリアリナに関しては、確かに客人に対して配慮が足りなかった。退屈させてしまったこちらの落ち度でもある」

「いえ、そんな……」

「……夕食までには帰るぞ、今日はそれでいいな?」

「……えっ!」


 思わぬ一言に、聞き間違いではないかと反射的に顔を上げる。


「明日は、一日ゆっくり観光ができるように手配しよう」

「シルベール様っ……!」


 私は、相変わらず真顔のままであるが、信じられない提案をしてくれた彼を、まるで神様でも拝むように見上げたのだった。


 *


 シルベール様も交えた3人で商店街に入る。

 流石にシルベール様もそのままの格好では商店街で浮きまくる風貌だったので、適当なコートと手袋、マフラーなどを調達して羽織ってもらった。私は彼から帽子を更に深く被るよう指導を受けたため、目元が隠れるくらいまですっぽりと被り直した。


 お昼時を少し過ぎた商店街は、飲食店の油の匂いや、露店で焼かれる肉の匂い、店頭に並ぶ魚介の匂いなどで満たされていた。


「あのお店のお肉、美味しそう……!こっちのお店は、帆立のバター醤油焼きが食べられる!?あっちのお店のかんざしも可愛いっ!わあっ!水槽に蟹が!!」


 並ぶ商品のほぼ全てが刺激的で、私のテンションは最高潮だ。


「ジーク様!シル……えと、あのお肉、食べませんか!?」


 店頭で焼かれる串焼き肉を指差した私は、すんでのところで口をつぐんだ。

 

(危ない、『シルベール様』っていうとこだったよ……)

 

 領地の名を冠した名字を持つ家なんて、一家しか存在しない。しかも、そもそも平民には名字がないのだ。間違って本名で呼んでしまえば一発アウトである。


「じゃあ、俺も一本食べようかな。兄上はどうされますか?」

「……俺も一本いただこう」

「すみません!串焼き肉三本お願いします!」

「あいよっ!」


 しかし、意気揚々とお金を払おうと財布を開けた私は、中身を見て固まってしまった。


(やば……金貨しかない……!)


 巡礼時のお小遣いとしてもらったのは金貨1枚。価値で言うと大体10万円だ。絶対に露店の銅貨1枚(1000円)もしない買い物に出す硬貨ではないし、何よりお釣りがない可能性もある。お釣りを巡って、ここで変に目立ちたくもない。

 私が冷や汗を流して固まっていると、横からスッと、シルベール様が銅貨を出してくれた。

 

「これで頼む」

「あいよ!嬢ちゃん、お金が足りなかったか?優しいお兄ちゃんで良かったな!」

「そ、そうなんです、えへへ……」

「それにしても、随分と男前な兄ちゃんたちだな……」


 誤魔化し笑いをしつつ財布をしまう私を横目に、露店の店主は肉を最後の仕上げに炙りながら、シルベール兄弟をまじまじと眺めた。

 確かに彼らは攻略対象とその兄ということもあって、かなり整った顔立ちをしている。

 遠目からでも目を引くオーラは、すでにすれ違った婦人達を2度見させてざわめかせていた。


「おまちどうさん!熱いから気をつけな!男前な兄ちゃんたちに免じて、1本サービスだ!」

「わぁい!ありがとうございます!!」


 私は4本の串焼きを受け取ると、ジーク様とシルベール様に一本ずつ渡した。


「1本サービスでもらいました!……じゃんけんします??」

「いや、アリナ嬢が食べていいよ」

「えっ……!いいんですか!」


 シルベール様の方も確認すれば、こくりと頷いてくれた。


「では、お言葉に甘えていただきます!」


 私は両手に熱々の串焼きを持ちながら、ホクホク顔で商店街を闊歩するのだった。

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