53話:公爵家の呪い④ 勝ち取る宣言通りの結末
《デ……キナ……イ……デキナイ……!ワタクシには、デキマセンワ……!ワタ、ワタクシには、デキ、ナイ……!デキナイ!デキナイッ!!アキラメロ!!アキラメロッ!!!》
(うっるさい……!ちょっと黙っててよ!!)
公爵夫人の部屋に近づくにつれ、絶叫もどんどん近くなる。ただでさえ呪いの強力な気配で身体が鉛のように重い中、今にもシルベール様を飲み込もうとする呪いとの攻防戦で忙しいのだ。これ以上、私の集中力を削がないでほしい。
「ヴィリアリナ……?大丈夫か?」
「だい……じょうぶ……です……。シルベール様は……死なせませんから……」
浄化の魔力を効率よく流し込むために重ねたままの手はかすかに震え、彼に不安を抱かせてしまった。浄化は今のところ上手くいっているので、問題ないと答える。
しかし、予想以上に魔力の消費が激しい。私は懐に忍ばせていた魔力回復薬を一本取り出し、一気に飲み干した。
とうとう公爵夫人の部屋の前に着いた。中に入ると、公爵夫人に付き添っていたジーク様が、公爵閣下に続いて入ってきた私と、その私にエスコートされるシルベール様を見て困惑した声を上げた。
「アリナ嬢……と、兄上!?これは一体……」
「せ、説明は後でします、ジーク様……。公爵夫人の容態は?」
「こんなに悪くなっているなんて……。もう呼びかけても、目も開けてくれないんだ……」
涙目で項垂れるジーク様。シルベール様は横たわる公爵夫人を見てポツリと呟いた。
「母上……。俺のせいで……こんな……」
「わ……るいのは、呪いをかけた犯人です。……シルベール様ではありません」
「ヴィリアリナ……さっきから苦しそうだぞ。一度休んだ方が……」
「ダメです……。もう呪いが移り始めています。今でなくては……シルベール様が死んでしまいます」
待ち望んでいたターゲットの出現に、すでに呪いはシルベール様に激しく渦を巻いて襲いかかっている。かろうじて浄化が間に合っているが、本格的に解呪を始めなければこの呪いはすぐに彼を蝕み尽くすだろう。
私はさらに魔力回復薬を一本飲み干し、自らを鼓舞するように息を吸い込んだ。
「解呪を始めます。シルベール様、公爵夫人に触れてください」
彼は、私が握る手の反対の手で、公爵夫人の手を取った。
「ゔっ……!ぐっ…………!?」
瞬間、呪いが黒い渦を巻き、シルベール様に雪崩れ込んだ。姿も見えないほどの黒いモヤに囲まれた彼が、胸を押さえて苦しげにしゃがみ込む。
(なっ……んて、強力な呪い…………!この塊全てが……呪いの核!?)
私は一番に呪いの核を探そうとしたが、探す必要はなかった。今まさに、彼を飲み込もうとしている、この漆黒の塊そのものが核であったのだ。潰すなんて次元の話ではない。
(やっぱり吸収するしかない……!)
瞬時に核の破壊を諦め、呪いを自身に移すことに集中する。
「かの者を蝕む忌みし呪いよ、解け給え……!」
効果を底上げする詠唱を唱え、彼を襲う呪いを自分の身体へと引っ張り込む。
《ヤメロヤメロヤメロ!!!アキラメロ!!アキラメロッ!!!》
脳を揺するほどの絶叫と、体内を直接侵食してくる呪いの激痛。
頭蓋骨が割れそうなノイズの奥で、呪いが放つ負の感情が、すべてを諦めさせようと囁きかけてくる。けれど、私はこの世界で『聖女』として役割を与えられ、魔王を討つという使命を受けている。こんなところで役目を、そしてシルベール様を諦めるわけにはいかない。
(こっちに……こいっ!!)
シルベール様の魂を飲み込もうとしている呪いの核を掴み、自らのほうへと引き寄せる。
——ずるり
(動いたっ……!)
呪いの核が動く気配を感じ、そのまま私の方へ引き寄せようとしたその時——
バシッ!
「っ!?」
シルベール様と重ねていた手を彼に払われた。
「……は、なれ……ろ」
彼は両手で自分の胸を掴み、苦しげに呻いている。見れば、その美しい銀髪は禍々しい黒に染まり、肌にも黒い紋様が浮かび上がっていた。
慌てて彼の肩を揺する。
「シルベール様!?」
「……お……れから……離……れ、ろ……」
これ以上ないほどの焦燥感に駆られながら、私は再び魔力回復薬を口に流し込み、全力の解呪を試みる。
「かの者を蝕む忌みし呪いよ、解け給え……!」
しかし、呪いの核は一歩も動かない。彼自身が、これ以上私を巻き込むまいと、必死に体内で呪いを押さえ込もうと抵抗しているのだ。
「シルベール様!シルベール様っ……!!」
(ああ、もうっ!このままじゃシルベール様が死んじゃう!!)
私はうずくまる彼の両頬を両手で包み、強引に顔を上げさせた。
苦しげに薄く開かれた彼の瞳は、呪いの証である赤に染まっていた。
「呪いを、こっちに渡してください!」
「だ……めだ……君が……あぶない……」
「シルベール様!私は聖女です!死なないと約束したでしょう!!私を信じてください!!!」
この期に及んでまだ犠牲になろうとする彼に、焦りと怒りが入り交じる。私は力任せに、胸を掴む彼の両手を自分の両手でしっかりと包み込んだ。
呪いの核が狙う心臓付近への接触は、偶然にも魔力の伝導効率を跳ね上げた。先ほどよりも何倍も強い解呪の魔力が、彼へと流れ込んでいく。
「グッ…………くっ……!」
「シルベール様!」
私の必死の呼びかけに、彼はもう一度ゆっくりと目を開けた。苦痛に歪み、けれど迷うように揺れていた瞳が、私の真剣な眼差しを受けて定まる。
——そして、彼はようやく呪いを手放した。
解放された呪いが、堰を切ったように一気にこちらへとなだれ込んでくる。
(もう……少し……!!)
シルベール様の魂と融合しようとする呪いを引き剥がし、自分の中へと引き入れる。
——ずるっ……!
呪いの核が動き、握った手を伝って私の中へと収まった。
(よしっ……!!……勝っ……た!!!)
呪いをシルベール様から完全に引き離し、自分の中に閉じ込めることに成功した。この呪いとの攻防戦への勝利を確信したその時——
パキンッ——!
ガラスが粉々に割れるような乾いた音と共に、脳内でうるさく響き渡っていた不快な機械音声が、綺麗に消え失せた。
闇に包まれていた視界も晴れ、部屋の中が見渡せるようになる。
「……はっ、はぁっ……」
体内で大暴れする呪いと聖属性の魔力が激しくせめぎ合い、全身が焼き付くように痛む。荒れる呼吸を必死に整えていると、頭上からシルベール様の不安げな声が降ってきた。
「ヴィリ……アリナ……?大丈夫なのか……?」
私はその声を安心させるように顔を上げ、痛みを押し込め精一杯の笑みを作ってみせる。
「言ったでしょう?死なせないって……」
「君はどうして……。いや、本当に……ありがとう……」
驚いているのか、困惑しているのか、それとも安堵しているのか分からない複雑な表情で見つめてくるシルベール様は、目も髪の色もいつのまにか元の澄んだ色に戻っていた。
その時、静寂を破るように公爵閣下の歓喜の声が響いた。
「セレナ!セレナ……!」
「……ん……。……あなた……?」
死の淵で眠り続けていた公爵夫人セレナ様が、ゆっくりと、その目を開けた瞬間だった。
彼女は部屋を見渡すと、愛しい家族の姿をとらえて目を見開く。
「ジークに……あなたは……ヴォルク……!?大きくなって……」
「行ってください、シルベール様。お母様が呼んでいますよ」
「母上……」
(セレナ様も無事で良かった……)
私は何年ぶりか分からない家族の温かい再会を見届けると、その団欒に水を差さないよう、静かに部屋を抜け出した。
公爵家の呪いシリーズは、⑧まで続きます




