52話:公爵家の呪い③ シナリオへの反逆。断ち切る運命
シルベール様の元へ向かう馬車の中、私は聖女の指南書を食い入るように読み込んでいた。目的のページは、もちろん『解呪』についてだ。
呪いを解く方法は大きく分けて二つ。一つは、術者自身による解呪。そしてもう一つが聖女による解呪だ。
しかし、「人を呪わば穴二つ」の言葉通り、呪いには代償が伴う。これほど強力な死の呪いを放った術者が生きているとは到底思えない。術者を辿る線は絶望的だ。
(本当に、誰がこんなこと……。シルベール様は、何で狙われてるの……?)
二度も死の呪いをかけられるほどの恨み。その正体は不思議でたまらないが、まずは目の前の解呪が最優先だ。
聖女の力に頼るしかない今、何かヒントはないかと指南書を読み返す。
(解呪は、本来は『呪いを自身に吸収する』ものなのね……。そうか、吸収であれば、一旦呪いを対象者から引き離して処理できるから、強力な呪いにも対処できるのか)
思えばリリアも、呪いは核を潰すのではなく「抜き取って自分に移す」と言っていた。今回はこの方法で挑戦してみよう。
頭の片隅では、未だにあの不快な機械音声が『解呪をやめろ、諦めろ』と喚き続けている。しかし、私はこの声に逆に勝機を見出していた。
執拗に『手を引くこと』を勧めてくるのは、裏を返せば、私が解呪に取り組めば成功してしまうからだと考えたのだ。
この声は、私をシナリオ通りの『悪役』へと導こうとしている。
聖書が書き換わっても変わらない断罪の運命。登場しないシルベール様。ここで私が彼を見殺しにすることが、物語の正規ルートなのかもしれない。
——だけどきっと、私にとってはこれが断罪を回避する重要な分岐点の一つだ。絶対に、シルベール様を失う訳にはいかない。
*
シルベール様が泊まる宿の前で馬車は止まり、私たちは彼を迎えに部屋を訪ねた。
突然の訪問に、シルベール様は酷く驚いた様子であったが、私たちを招き入れてくれた。
部屋に入ったはいいものの、親子の間には重苦しい沈黙が続いた。沈黙に耐えかねた私が割って入ろうとしたとき、公爵閣下がようやく口を開いた。
「……ヴォルク。その……久しいな。元気だったか……」
「……はい」
(……それだけ!?)
やっと会話が始まるかと思いきや、まさかの一往復で打ち切られたラリー。その後、再び部屋には静寂が訪れた。
(なんか、行きの馬車でも見たな、この光景……)
シルベール公爵家の皆様はどうも口下手らしい。焦ったさに私がやきもきしていると、公爵閣下がようやく本題を切り出した。
「家に……帰ってこい。ヴォルク。セレナが呪われている」
「母上が……?」
「ああ。お前を狙った死の呪いを受けて、伏せている。顔を見せに来い」
私は表情の乏しいこの親子のやり取りに、思わず天を仰ぎそうになった。
(ちょっと!これじゃあ「お前のせいで母親が呪われた」って言ってるように聞こえるし、そんなところにノコノコ出て行ったら死にに行くようなものじゃない!「死ね」と言われて頷く人なんていないよ!)
しかし、私の予想に反してシルベール様の答えはあっさりしたものだった。
「俺を狙った呪いであれば、俺が行けば呪いは俺に移るのですね?でしたらすぐに参りましょう」
「えっ……?」
私は思わず、すっ頓狂な声を上げてしまった。
「ま、待ってください。シルベール様、死ぬかもしれないんですよ……!?どうしてそんなにあっさり……」
「元々俺が死ぬ運命だったんだ。母上を巻き込む訳にはいかない」
顔色一つ変えず、淡々と出発の準備を始めようとするシルベール様に、私は慌てて食い下がった。
「違うんです……!シルベール様に呪いを移してお母様だけを助けるのではなくて……!呪いそのものを解こうとしてるんです!そのためにシルベール様には公爵邸に来て欲しくて……!」
「……?ああ。すぐに向かう」
「そうなんですけど、違くて……!」
私は立ち上がったシルベール様の手首を、両手でガシッと掴んだ。
「私はここに、呪いを解きに来たんです。シルベール様は、何があっても守ります」
「な……」
「なので、自ら呪いに命を差し出すようなことだけは、絶対にしないと約束してください。本人が最初から死ぬ気では困ります」
彼は、ひどく驚いたように目を丸くして私を見下ろした。彼の透き通った碧眼と真っ直ぐに視線がぶつかる。私も負けじとその瞳を見つめ返した。
空中で視線が絡み合い、静かな沈黙が流れる。
——先に折れたのは、シルベール様だった。
「……分かった。約束する」
「……絶対ですよ。ではまず、公爵邸に向かう準備をします」
私は聖属性を溶かし込んだ高濃度の聖水を彼に飲ませ、全身を浄化の魔力で幾重にも包み込むなど、考えうる限りの防御策を彼に施した。
*
馬車は目立たない裏口から公爵邸の敷地に入った。
呪いの発生源に近づくにつれ、シルベール様の元へ呪いが引き寄せられ、蠢くのを感じる。私は馬車内を浄化の魔力で満たし、迫り来る呪いを弾き返した。
ふいに馬車が停まり、公爵閣下が扉に手をかけた。
「扉を開けるぞ」
「はい。魔力回復薬は部屋に準備いただいてますね?」
「ああ。二箱置いている。倉庫にも備えがあるから不足はないだろう」
「ありがとうございます、十分です」
裏口は公爵夫人の部屋に近い。馬車の扉が開いた瞬間、呪いの邪気がシルベール様を喰らおうと、狭い入り口から一気に雪崩れ込んでこようとした。
「私が先に降ります」
私は一足先に地面に降り立ち、馬車を満たしていた浄化の魔力をシルベール様の周囲に固めた。
「大丈夫です。シルベール様、こちらへ」
馬車の中にいるシルベール様に向かって手を差し出す。
その手を見た彼は、「逆だろう……」と苦く笑ったが、今はそんなこと気にしている場合ではない。彼には一時的に姫になってもらおう。
私の手を取り、馬車から降りたシルベール様は、屋敷を見上げると気圧されたように呟いた。
「凄まじいな……」
「ええ。見えますか?この呪いが」
「目には見えないが……凄まじく邪悪な気配を感じる」
呪いの邪気は真のターゲットである彼の周りに渦巻くように集まっており、私にはもう屋敷の輪郭すら暗闇に隠れて見えない。
私は重ねた手はそのままに、暗闇の中、呪いを断ち切るために歩みを進めた。




