51話:公爵家の呪い② 父の覚悟と干渉するシナリオ
「どんな代償でも……ですか。それは、その呪いが求めているものを知っての発言ですか?」
現時点の魔王討伐戦最高戦力であるシルベール様を、みすみす差し出す訳にはいかない。
そもそも聖女には『遭遇した呪いには、必ず対処しなければならない』という義務がある。自身の命を危険に晒す場合や、到底力が及ばない場合は例外とされるが、私はこの呪いの存在を知らされて、何もしないわけにはいかないのだ。
だからといって、私に「息子を差し出すしかない」とでも言わせるつもりか。
私はどこまでも息子を冷遇する公爵閣下に対し、怒りを込めて問い詰めた。
すると公爵閣下は、諦めたように視線を落とし、予想外の発言をした。
「やはり……どちらかしか助けられないのか……?呪いの対象を、私に移すことなどは……できないか?」
「呪いを移す……ですか?」
思わず聞き返した私に、公爵閣下は顔を上げてまっすぐ目を見据えて言った。
「ああ。妻と息子の代わりに、私の命を持っていってはくれまいか」
その目には一切の迷いはなく、確固たる覚悟を決めた瞳であった。
私はふと冷静になり、改めて部屋を見渡した。よく見ると、部屋の中は無数の魔道具で溢れていた。呪いの進行を抑えるもの、効果を軽減するもの。そして、呪いの対象者を肩代わりするためのものまで……。
その魔道具の中央には、家族の集合絵から切り取られた公爵閣下の肖像が、呪いの肩代わり先としてセットされていた。
私は彼の言葉に一切の偽りがないことを、その瞳と、部屋中に溢れた抵抗の痕跡から感じ取った。
私が言葉を失っていると、その沈黙を『不可能だ』という意味だと受け取った公爵閣下は、縋るような目でこう言い加えた。
「やはり、難しいか……。であれば……せめて最後に、妻に一目でも息子たちの顔を見せてやりたい。ヴォルクに呪いが移ることなく、2人が会える方法はないだろうか……」
この時、私の頭に、建国祭の際に叩き込まれた貴族名鑑が浮かんできた。
現シルベール公爵閣下は、高位貴族には珍しく側室がいない。ただ1人の奥様を、それはそれは大切にしているという噂が思い起こされる。
「……もし、どちらかしか助からないとなったら、私は必ずご子息を選びます。この強力な呪いを解呪できるとは、正直約束はできません。それでも……よろしいでしょうか?」
「……!やってくれるのか……!……ああ!どちらかしか助からないとなったら、もちろん息子を助けてくれ。これは妻との約束なんだ……」
(公爵閣下は本当は奥様を助けたいんだろうな……)
泣きそうな顔で公爵夫人の枯れ木のような手を握る彼は、この最愛の妻にこそ再び目を開けてほしいのだという痛切な願いを全身で物語っていた。
*
公爵夫人の命を蝕む呪いの解呪は、現在の『彼女の身体に呪いが寄生している状態』ではどうしてもできなかった。
呪いの解呪は、その『核』となる部分が呪われた者の魂と完全に融合し切る前に叩き潰すことで成功する。しかし、彼女の体内にはどこを探してもその核らしきものが見当たらないのだ。
(これは……本来のターゲットであるシルベール様に一度呪いを移してから、核を引きずり出して解呪するしかない……?リスクが高すぎるけど……もうこれしか方法がないかも……)
そもそも、この呪いの真の対象者はシルベール様であり、彼の中でなければきっと呪いは核を現さない。
一か八か、シルベール様をこの部屋に連れて来るしかありません——そう公爵閣下に提案しようとした時。
私の脳内に、またしてもあの不快な機械音声が響き渡った。
《デ……キナ……イ……デキナイ……!ワタクシには、呪イヲ解コトハデキマセンワ……!彼ヲ差シ出シマショウ……!!》
「ゔっ……!?」
(これ……は……っ……!)
無視できないほどの頭痛と耳鳴りに、視界がぐにゃりと歪む。ガンガンと頭が割れるような絶叫は、いつかのように『私にそのセリフをなぞれ』と強要してくる。
(な……んで……!?なんでそんなにシルベール様を助けたくないの!?)
激痛に思わず頭を抱えてうずくまった私に、公爵閣下が焦った声を上げた。
「聖女殿!?呪いかっ……!?ずっと体調がすぐれなそうだ。一回休んだ方が……」
「だっ……大丈夫です……。ただ……一度、シルベール様にもこの呪いをお話する必要があると思いますので、彼の元に行くことはできますか?できれば、今すぐに」
「もちろんだ、すぐに馬車を手配しよう」
足早に部屋の外へ消えた公爵閣下の背中を確認し、私は再び、脳内で暴れ狂う機械音声と向き合う。
(何が目的なの……っ!?)
しかしこの不気味なシステム音声は、私の問いかけに答えるはずもなく、バグを起こしたように同じ言葉を繰り返す。
《彼ヲ犠牲ニシマショウ……!!彼ハ助カリマセンワ!彼ヲ差シ出スノデス……!犠牲ニ、ギセイニ、ギセイニ……コロセ、コロセ、コロセ……!》
(なぜ、彼を狙うの……?)
しかし、もちろん答えなど得られるはずもなく、私はただ、見えない虚空を強く睨みつけるのだった。




