50話:公爵家の呪い① 帰れぬ理由
いよいよ巡礼のためにシルベール領へ出発する日。リリアより一週間早い旅立ちとなった私は、公爵家が手配してくれた馬車に揺られているのだが……。
(き……きまずい……。この兄弟、こんなに仲悪かったの……!?)
現在、向かいの席に座るシルベール兄弟はお互いに一言も発さず、それぞれ別々の窓の外を眺めている。私はそんな、息が詰まるほど気まずい空間のど真ん中に組み込まれていた。
まず、出発の時点からおかしかった。学園の寮まで迎えに来た馬車には、シルベール様だけが乗っていた。
「ジーク様は?」と首を傾げる私に、彼は「ジークは今から迎えに行く」と答えた。同じ家から来たのではないかと不思議に思って尋ねると、なんとシルベール様は王都に家を借りて、一人で住んでいるのだという。
王都の公爵邸で馬車に乗り込んだジーク様は、先客であるシルベール様を見た瞬間、あからさまに顔を曇らせた。そして二人は挨拶すら交わさず、そのまま窓の外を向いて今に至る。
(シルベール様が仏頂面で無口なのはいつものこととして……ジーク様!あなたもっと話しやすい人だったじゃないですか!!)
私は、本来ならシルベール様より遥かに雰囲気が柔らかいはずのジーク様に、じっとりと恨めしい視線を送った。しかし今の彼は、ハリネズミの如くチクチクとした警戒心を全身に纏わせている。
馬車は途中で転移魔法の陣を経由するらしいが、それでも目的地までは3時間の道のりだという。
(3時間……ずっとこれ……?)
車内の重圧に絶望しかけたその時、不意にジーク様が口を開いた。
「兄上は、家を捨てたのだと思っていました」
「……すまない」
「……」
(……えっ、それだけ!?)
やっと会話が始まるかと思いきや、まさかの一往復で打ち切られたラリー。その後、二人が口を開くことは二度となかった。
あまりの気まずさに、計画されていた途中休憩もスキップしてもらい、超特急で進めてもらった旅路は、予定よりも早くシルベール領に到着した。
窓の外を流れる街並みには、角度のついた瓦屋根や木造の建築物が増え始め、どこか懐かしい風景を思い起こさせる。
街道に並ぶ商店の看板には『豆腐』や『すき焼き』と読める文字が確認でき、事前の調べ通りの収穫がありそうな予感に心が躍った。
ちらほらと着物のような和装の人々も目につき始め、私の期待は頂点に達する。
(これは……!かなり「日本」に近い!!)
しかし、そのまま3人でシルベール公爵邸に向かうと思っていた馬車は、屋敷の遥か手前でふいに停車した。
「……?」
何かあるのかと、降りる準備をしかけた私を、シルベール様が声で引き留める。
「ここで降りるのは俺だけだ。ヴィリアリナはもう少し乗っててくれ」
「シルベール様は一緒に行かないんですか……?」
「……ああ」
「ご実家なのに……?」
「……」
私の問いかけは沈黙で返し、そのまま馬車を降りようとしたシルベール様の背中へ、ジーク様が吐き捨てるように言った。
「やっぱり兄上は家を捨てたんだ」
「ジーク様、そんな言い方……」
「……」
シルベール様はその言葉にも一切反応せず、振り返りもせずに馬車を降りていった。
遠ざかる兄の背中を見ようともせず、頑なに窓の外を見つめ続けるジーク様の横顔は、言いたいことがうまく言えず拗ねている子供のようで、いつもより幼く見えた。
*
シルベール公爵邸に到着し、ジーク様のエスコートで馬車を降りると、エントランスにはズラリと使用人達が整列していた。
「「「おかえりなさいませ」」」
ぴたりと揃った挨拶に感心していると、屋敷の奥からシルベール公爵閣下が歩み出てきた。
公爵様は黒い着物に袴という威厳ある和装姿で、その精悍な顔立ちにひどく似合っている。
「遠路はるばるご苦労であった。聖女殿。我がシルベール領にようこそ。ジークも、よく帰ったな」
「お出迎えいただき感謝いたします、シルベール公爵閣下。この北の地の巡礼に参りました」
私はシルベール公爵閣下にカーテシーで挨拶を返した。
(シルベール様がいないことについて何も触れない……。一緒にいないのを不思議に思わないってことは、彼が屋敷に入らないことは最初から分かっていた?あるいは、手前で降りるよう指示したのは公爵様本人?)
討伐隊での負傷を放置していたことといい、どうして実の息子をここまで冷遇するのか。内密に診察してほしいという患者を診る前に問いただしてやろう——そう息巻いていた私は、直後、シルベール様がこの屋敷に入れなかった『本当の理由』を思い知ることになった。
それは、案内されるまま屋敷の中に足を踏み入れた瞬間のことだった。
(……っ!?なにこれ……呪いの気配!?しかも強力な……!こんなの、普通の人間が受けたら一瞬で正気を失う強さじゃない……!)
咄嗟に周囲に浄化の魔法をかける。顔面を蒼白にさせた私を見て、公爵閣下は期待と悲哀が入り混じったような声で呟いた。
「やはり反応するか……。ここでも気配を感じるのだな……」
「公爵閣下、お手紙の内容はこれですね?」
「そうだ……。案内しよう」
私は公爵閣下に従い、聖女の目には1メートル先すら見通せないほど濃密な呪いの闇が渦巻く廊下を、屋敷の奥へ奥へと進んで行った。
*
「こ、公爵閣下は、何も感じないのですか……?」
呪いの発生源に近づくにつれ、身体が見えない沼に引きずり込まれるように重くなり、呼吸すら苦しくなってくる。未だかつて経験したことのない凶悪な気配に、手の震えと冷や汗が止まらなかった。
「少し身体が重いことはあるが…………聖女殿?どうした?顔色が……すまない、気づかなんだ。旅の疲れもあるだろう、明日でも構わない」
「いえ……。これは一刻を争う気がします……。積荷に魔力回復薬があるので、それだけ持ってきていただけませんか?」
「分かった。無理だけはしないように」
どれほど歩いたのだろうか。嫌な音を立てて軋む心臓を抑え、やっとたどり着いた最奥の扉からは、ドス黒く禍々しい魔力が溢れていた。
「……念のため確認しますが……中の方は生きてらっしゃいますか?」
「ああ。約3年前に呪いを受けて、ここ1年は寝たきりだが、確かに生きている」
「さ、3年前……?この呪いを受けて3年も生きてらっしゃるのですか……」
あまりの執念、あるいは強靭な生命力に戦慄しつつも、私は浄化のために身体中の魔力を極限まで練り上げる。
重い扉が開かれた瞬間、私はその特大の魔力を部屋の中へ一気に放出した。
(浄化)
部屋の中という密閉空間に限定した、全力投球の浄化。
効果範囲を絞り込んだ甲斐もあってか、一寸先すら見えない闇に包まれていた室内は、急速に闇が晴れて視界が確保された。
部屋の中には女性が1人、ベッドに横たわっていた。顔色は青白く頬はこけ、腹の上で組まれた手は呪いに生命力を吸われたのか、枯れ木のようにか細い。
とてもではないが、この強烈な呪いに3年も耐えられる身体には見えなかった。
だが、彼女が今まで生きながらえていた理由は、呪いそのものがうるさいくらいに激しく主張していた。
公爵閣下は、壊れ物を扱うかのように慎重に彼女の手を握ると、絞り出すような悲痛な声で私に言った。
「彼女はシルベール家の公爵夫人であり、私の唯一の妻だ。聖女殿。どうか彼女にかけられた呪いを解いてほしい。そのためなら私は、どんな代償でも払う覚悟だ」
(どんな代償でも、ね……)
その切実な言葉に、私は思わず口の端を歪め、苦く笑ってしまった。
——なぜなら、公爵夫人を蝕むこの呪いが『対価』として求め続けているのは、ただ一つ。
この家の長男、シルベール様の『命』なのだから。
振り返り先
シルベール様の過去→18話:ヴォルク・シルベール
彼とヴィリアリナのやり取り→19話からの聖女の初陣シリーズ
公爵閣下とシルベール様の親子のやり取り→24話:聖女が呼ぶ波紋




