49話:鳴り止まぬ警告を振り切って。行き先は和食の国!?
《い……くな……。いく……な、いくな、いくナ、いクナ、イクナ——!!》
「うるさいっ!!行くって決めたら行くの!!」
私は往生際悪く叫ぶ機械音声に怒鳴り返し、なんとかシルベール公爵閣下への返事を書き進めた。
最後の方は、お断りの文章を書く方向に手まで勝手に動き出す始末。元々綺麗とは言えない文字が更に震えてしまった。それでも、なんとか承諾の返事を書き切ったのだ。公爵様には、文字が少々不格好なことは大目に見ていただきたい。
返事を投函するその瞬間まで、機械音声は脳内で騒ぎ立てた。
(あー、うるさい、うるさい……)
だが、ずっと響く声にも次第に慣れてきてしまった。私は耳元でわめく声をハエでも払うように手で払いのけ、朝一番に手紙を投函した。
(ふんっ!もう出しちゃったもんね!!)
諦めたようにスッと収まった声に勝利宣言を掲げ、私は講義室へと急いだ。
*
「ユリウス様……。欲しいものがあるんですけど……」
その日の放課後、私は大学部の特等室を訪ねていた。目的はユリウス様。私の後見人である彼に、どうしても頼みたいものがあったのだ。
「ん?君からの頼み事なんて珍しいね。言ってごらん」
ユリウス様はすっと目を細めて微笑んだ。優しく見えるこの笑みだが、どこか品定めするような、勘繰る視線を感じる。
もしユリウス様が失望するようなものを所望したら、一度落ちた評価はもう戻らない。そんな予感に、私は恐る恐る口を開いた。
「魔力回復薬を一箱いただけませんか……?」
「魔力回復薬……?それはまたどうしてだい?」
純粋に不思議そうに首を傾げた彼を見て、ひとまず安心する。失望されるような要求ではなかったようだ。
「巡礼の際に持って行きたいのです。魔力をどれだけ使うか分かりませんし、不測の事態が発生する可能性もあります。近年は、魔力回復薬が高騰していて手が届かなくって……」
「そんなことか。巡礼の際にはもちろん魔力回復薬も準備しているから、心配いらないよ」
「……それを、数本だけでも早めにいただくことはできませんか?」
「……ああ、もしかして、先に行く際に持って行きたいのかい?」
ユリウス様は何か事情を知っているようだ。私はコクリと頷いた。
「それも心配いらないよ。魔力回復薬は君の移動と共に運ばせるよう、手配しよう」
「……!ありがとうございます!」
安心してお礼をし、退室しようとした私を、ユリウス様が呼び止めた。
「ヴィリちゃん、他に欲しいものはないのかい?ドレスでも、宝石でも、土地や屋敷でも……。せっかく私が後見人に付いているんだ。用意できないものはないよ」
「い、いえ……。学園の学費と寮費を特待生として免除していただいてますし、食べるものにも困っていないので、大丈夫です。お心遣いありがとうございます」
(断罪の未来が消えていない身としては、ドレスや宝石は逃亡資金として欲しい……。けど、王族が用意するものって、オーダーメイドですぐ足がつくから、売れないんだよね……)
非常に打算的で現実的な考えからの回答であったが、その言葉を聞いたユリウス様は、なぜか満足気な笑みを浮かべて……。
——彼の頭上の攻略度が『5%』に変化した。
「えっ……」
今まで1ミリも上がっていなかった不動のメーター所持者の1人がとうとう動いた。驚いた私は、思わず彼の頭上を凝視してしまう。
「どうかしたのかい?」
不思議そうに首を傾げるユリウス様に、慌てて取り繕う。
「い、いえ……!それでは、魔力回復薬、よろしくお願いします!!」
私は逃げるようにして特等室を後にした。
*
(びっくりした……。ユリウス様の攻略度も上がるんだ……。そりゃメーターがあるんだから、上がるか……)
聖女に自動付与される『魅了魔法』を力技で抑え込んでからは、リリアによるアレン様の攻略度ばかりを気にしていたため、自分に向けられたメーターの存在などすっかり忘れかけていた。
私からの攻略度がずっと『0』を貫いていたのは3人。アレン様、ユリウス様、シルベール様だ。このメーターは公爵家以上の適齢期の男性にしか表示されない。高位貴族にしか目がないあたり、さすがは乙女ゲームのシステムである。
なんとなくこの3人は、ずっと攻略度0のままだと思い込んでいたため、ユリウス様のメーターが動いたことには驚いてしまった。
ただ、リリアを見ていて、攻略度が50%を越えなければ恋愛対象としての「好き」には発展しないことも感じ取っている。
(5%くらい、なんでもないか)
その時の私は、きっと「顔見知り」から「知り合い」くらいへのアップグレードだろうと結論づけ、それ以上深く考えるのをやめてしまった。
*
(さて、魔力回復薬の確保もできたところだし、巡礼の下調べでもしようかな!)
特等室から帰るその足で図書室へ向かった私は、シルベール領の特産品などを調べるため、資料を漁っていた。
この国は、ヨーロッパ風の街並みや貴族制度がありつつも、地理は日本によく似ている。大陸の横に位置する島国であり、四季がはっきりしているのだ。
国を治めるのは王であるが、直轄地以外は東西南北を四大公爵家が治めている。その公爵家も、自らの直轄地以外は侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家が治める地を間接的に管理している状況だ。
北を治めるシルベール公爵家の領地は、山岳地帯を挟んで『魔王が封印されている土地』と隣接している。昔からレベルの高い大型の魔物が出る土地柄と、雪の降る厳しい冬を越える気候柄、民は質実剛健で実直な傾向にあるという。
そんなシルベール領の特産品は、豊富な鉱山に支えられた剣や盾などの武器。傷や疲れ癒す温泉。りんごや桃などの果物、そして——お米と味噌。
(もしかして……和食が食べられる!?)
ネットなどはないものの、この世界も結構発展しており、貴族の生活は日本人の生活水準とそう変わらない。特に食事は、温かくて美味しいものが毎日学食で食べられる。しかし、世界観に合わせてかメインは洋食なのだ。
ご飯と味噌汁に、焼き魚と卵焼き……。そんな和食が流石に恋しくなってきた頃合いだったため、特産品として味噌が挙げられる地域の食事にはかなり期待できる。
(わぁ……!楽しみになってきた!!)
俄然やる気が出てきた私は、その後もウキウキとシルベール領の特産品を調べ続けるのだった。




