48話:シナリオ外の選択 鳴り響く警告
王家とシルベール公爵家からの手紙を、ペーパーナイフで慎重に開ける。まず目を通したのは、王家からの手紙だった。
差出人は——国王陛下。内容は、聖女としてリリアージュと共に王国各地を巡礼せよ、というものであった。聖女の巡礼は重要な任務の一つだとリリアからも聞いていたため、これには素直に頷けた。最初の巡礼地として指定されたのは、国の北側を治めるシルベール領である。
続いて、もう一つの封筒。差出人は、シルベール様とジーク様の父親であるシルベール公爵閣下だった。
その内容は……。
「内密に、診察してほしい人がいる……?」
巡礼に先んじて、私だけ先に領地に来てほしいという依頼であった。
「誰なんだろう……?しかも対象者についてはここでは話せないから直接話すって……」
シルベール公爵閣下といえば、実の息子であるシルベール様への誹謗中傷を見て見ぬふりしていた人物だ。決していい印象はないが、シルベール様にはいつもお世話になっている。特別断る理由もなかった。
「承知しました。っと……」
承諾の旨を便箋に書き込もうとした、その時。
私の脳内に、いつかの「機械音声」のような無機質な声が響き渡った。
《い……くな……。いく……な、いくな、いくナ、いクナ、イクナ——!!》
「っ……!?」
その声は、便箋に承諾の返事を書こうとするたびに激しく主張し、ついには絶叫に変わった。
(な……に……!?なんで!?)
この声を聞くのは、破魔の聖剣を取りに行った時以来だ。あの日からずっと息を潜めていたというのに、突然干渉を始めた。
(あの時は……私を悪役に誘導しようとしてて……。……っ!うるさい……っ!一回考えさせてよ!)
頭が割れるように痛み始め、私はたまらずペンを置いた。すると、機械音声の絶叫は嘘のようにピタリと静まった。
(破魔の聖剣を取りに行く時は、ストーリーを進行させる必要があった。そして、それには『悪役』が必要だった……。聖女の巡礼もゲームのシナリオにはあったけど、あれはアレン様以外の攻略対象を選んだ時に発生する個別イベントのはず。選んだ対象の領地に行くってやつで、起きるのは恋愛イベントだけだった。魔王討伐に必要なアイテムや経験値は特に手に入らない。つまり、攻略上は必須イベントじゃないから、進めなくてもいい?だとしたらこの声は、無視してもいい?従うべき……?)
ガンガンと痛む頭では、上手く思考がまとまらない。しかしこの選択は、今後の展開に関わる何か重要な分岐点になる気がした。
私は改めて状況を整理するため、手紙の返事を一旦保留にしたのだった。
*
次の日。騎士魔導部の練習に参加した私は、帰り際に見つけたジーク様の後ろ姿を追った。
「ジーク様!ちょっとお時間いいですか!」
「アリナ嬢?構わないが、どうしたんだ?」
「立ち話もなんなので……あ、あそこのベンチで話しましょう」
私はジーク様と共に、近くのベンチに腰掛けた。
「答えるのが難しかったら言わなくてもいいのですが……。シルベール公爵家、またはその周囲に、体調が思わしくない方はいらっしゃいますか?」
「体調が……?それはまた、どうして……」
「実は……」
私は、シルベール公爵閣下から届いた手紙のことをジーク様に打ち明けた。
話を聞き終えた彼は、何かを迷うように少し俯き——やがて沈黙ののち、決心したように顔を上げた。
「もしかしたら、父の手紙の人物は、母かもしれない」
「ジーク様の……お母様、ですか……?」
「……ああ。公表していないから周囲には伏せておいてほしいんだが……母はここ数年、体調不良で寝込んでいるんだ。呪いによるものではないかという噂もあってね……。それで、君に依頼をしたのかもしれない」
(なるほど……。呪い……。だから私が選ばれたのね)
貴族社会において、呪いは忌むべきものだ。嫡男であるシルベール様に続いて奥様まで呪われたとなれば、シルベール公爵家そのものが呪われていると囁かれかねない。生徒会メンバーは皆仲良く見えるが、四大公爵家も一枚岩ではないと聞く。公爵令嬢であるリリアに頼めなかったのにも頷ける。
私が考え込んでいると、ふいにジーク様が口を開いた。
「母は……助かるのか……?」
縋るような目で見つめられ、思わず言葉に詰まる。
「……保証はできませんが、全力を尽くします」
『NO』とは言えなかった。この選択が正しいのかは分からない。ただ、助けられるかもしれない人を前にして、見捨てることなんてできなかった。
頭の片隅で警鐘を鳴らす危機感に強引に蓋をして、私はジーク様の目を真っ直ぐに見つめ返した。




