47話:傭兵と囲む食卓と二通の手紙
とある週末。雪のちらつくその日、私たちは地方の討伐隊に向かっていた。
シルベール様は死なせないと宣言したあの日から、師匠による特訓も乗り越え、無事彼に同行する合格証をもらった私は、彼が招集された時には一緒に参加することとなったのだ。
現地に着き、拠点に荷物を置いて服を着替える。私には新しい制服が支給されていた。聖女のローブと見た目は近いが、腰にはベルトを巻き、ローブの下にはズボンを穿いているなど、動きやすさが重視されている。寒いのでマント付きだ。
今回も傭兵隊の隊長に任命されたシルベール様に付き従って、傭兵隊の小隊長たちへの作戦伝達会議に同席させてもらった。……が、突然現れた「聖女」に現場が混乱してしまったため、あえなく退場となった。
別室で作戦の伝達が終わるのを待っていると、会議を終えたシルベール様が白いベールを持って入って来た。
「これを被ったままでも戦えるか?」
「近接戦でなければ、問題ないと思います」
ベールは薄く、被っても視界は保たれていた。しかしこちらには認識阻害の魔法をかけているらしく、外からは顔立ちが見えないのだと言う。
「次回までに専用のものを用意する。今回はこれで頼む。手間をかけるが、拠点内でも、人に会う時は身につけていてくれ」
「承知しました」
(突然、職場に芸能人が現れた、みたいな状況だもんね。騒ぎにもなるか)
信仰の対象にすらなっている「聖女」。貴族や教会関係者でもない限り、直接会う機会などそうそうない。そのインパクトは思っていたより大きかったようで、私も先ほどの会議室のざわめきには驚いた。混乱の種になって、任務に支障が出るのは避けたかったので、この提案はありがたかった。
シルベール様から私の配置や担当を聞き、出陣に備える。彼は相変わらず黒の軍服を身に纏っているが、その襟や肩には建国祭の時に着けていたような装飾が、わずかに増えている。
出陣の時間となり、彼に従って魔物が蔓延る森の中に足を踏み入れた。森の中は昼間だというのに鬱蒼と生い茂る木々に光を遮られ、夜のように暗い。
「思ったより瘴気が濃いな」
「ええ。早めに浄化を始めますね」
「ああ。頼む」
魔物を生む瘴気は、許容量を超えると人間も狂わせる。通常の討伐隊は、魔物の襲撃に加えて狂人化や呪われるリスクとも隣り合わせだが、ここで瘴気を浄化できる聖女の出番である。
(浄化)
瘴気を自分の魔力で上書きするイメージ、または、漂う瘴気を吸収するイメージで行うその術。私は、前者のイメージの方が相性が良かった。足元から地面へ、波紋を拡げるように聖属性を纏わせた魔力を放出する。
地面が淡く光り、べったりと肌にまとわりつくような不快な濃度だった瘴気は、常人なら気にならない程度にまで落ち着いた。
(よし!上手く行った!)
実は、実戦での使用はこれが初めてだったため、心の中でこっそりガッツポーズを決める。
その後も適宜森を浄化しながら進み、遭遇した魔物を難なく撃破していく。部隊は当初の予定通り、極めて順調に周辺一帯の掃討を終えた。
*
基地に引き上げ、診療所の治療班に混ざろうとした時、テントの中から男の苛立った怒鳴り声が聞こえて来た。
「痛てぇ!!……ったく、ヘッタクソだなぁ!もっとマシな治療係はいないのか!?」
「す、すみません……!私、今回が初めてで……!」
「しらねぇよ、ここはガキの練習場じゃないんだ。もっとマシになってから参加しろ」
「……っ!」
ぐずっと、若い女性が鼻を啜る音が聞こえた。状況を確認しようかと入り口に手をかけた瞬間、年配の女性の声が飛んだ。
「ちょっと!せっかく手当してもらっておいて、その言い草はなんだい!そんな口を聞くなら、怪我しないくらい強くなってから参加しな!」
「おばちゃん!だってこいつ、傷口もまともに防げないんだぞ!?」
「最初は誰だってそんなもんだよ!それに、ここの治療係にそんな腕のいい者なんていないよ!すぐ一般隊や貴族隊に引き抜かれちまうんだから。あいつら、いつも安全地帯で軽傷のくせに、腕のいい治癒師だけ引き抜いていって……」
ぶつぶつと文句を言いながら手際よく治療を進める彼女は、治療班の班長章を腕に巻いていた。
私はテントに入ると、治療班への参加許可を得るために彼女に声をかける。
「お疲れ様です。私もこちらに参加してよろしいですか?」
「ん?見ない格好だね。でも、助かるよ。じゃあこの人をお願いするね。ちょっと重傷だから、止血してくれるかい?私は包帯を持ってくるよ」
「かしこまりました」
私が彼女と交代しようとすると、怪我人の男はまた不服そうに口を尖らせた。
「あんたも若そうに見えるが、大丈夫なのか?それに、なんで顔を隠しているんだ……?」
「安心してください、完治させて差し上げますよ」
私は彼の腕に触れると、魔物の牙が貫通したその傷に、回復魔法を流し込んだ。
抉られた肉が再生し、傷が塞がる。ぽっかりと穴が空いていた腕は、彼が瞬きする間に、傷跡さえない元の状態に戻っていた。
「す……すげぇ……。嬢ちゃん、何者だ……?」
自分の腕を何度もさすり、消え去った傷に唖然とする男の後ろで、包帯を取りに行こうとしていた治療班長が青ざめた。
「今の魔力は聖属性……まさか……せ、聖女様……!?気づかず、大変失礼いたしました……!先ほどの無礼をお許しください」
「大丈夫です、気にしないでください。それより、遅くなりましたが私も手伝います。負傷者がいるテントはここだけですか?」
「寛大なご対応、感謝いたします。テントは全部で3棟ですが、ここが一番重傷で、あとは軽傷の負傷者のみです」
「わかりました、ありがとうございます」
(良かった、このくらいの怪我なら、範囲回復で一気に治せそう)
前回の討伐隊の時のような大きな被害は出ていないようで安心する。
私とシルベール様が同行した小隊に大きな怪我人は出なかったが、他の小隊ではチラホラと怪我人が出たと聞いて心配していたのだ。
私はテント中に回復魔法の光の雨を降らせて、負傷者をまとめて治療する。
だがここに、前回私が参加した討伐隊にいた傭兵も紛れていたようで、その光の雨を見た瞬間、テント内から歓声が沸き起こった。
「この光……聖女様だ!」
「聖女様!?今回参加しているって噂は本当だったか!?」
「俺、この前も助けてもらったんだ!お礼を言わせてくれ!」
わっと集まりそうになった患者と私の間に、班長が割り込んだ。
「あんたたち、落ち着きな!まだ患者は残ってるんだよ!先に仕事をさせておくれ!」
私は班長に守られるようにして他二つのテントを回り、どちらにも回復魔法の雨を降らせたのだった。
*
「聖女様って偉い貴族の治療しかしないんじゃないのか?なんでこんなところにいるんだ?」
「うーん、隊長の安全のため?です」
「ああ、そういえば最近若い貴族の兄ちゃんが隊長なことが多いとか小隊長が言ってた気がするな。厳しくて恐ろしいが、鬼のように強いとか……」
無事に役目を終えた私は、傭兵隊の皆と配給の食事を囲んでいた。隣には先程涙ぐんでいた少女も座っている。治療が終わったちょうどその時、美味しそうな匂いが漂って来たのだ。これは不可抗力である。
ベールのおかげで「聖女」としての存在感が薄れるのか、最初の会議室ほどの騒ぎにはなっていない。口元が隠れている分ご飯は少々食べ辛いが、背に腹は代えられない。
「その隊長も、なんか凄く高貴な人って噂に聞いてたが……それで聖女様が来てるのか」
「そんなところです」
「確かにその兄ちゃん、不死身じゃないかって噂になってたな。大怪我するような攻撃を喰らっても、いつも顔色ひとつ変えず、次の日も最前線で指揮をとっているとか。あれは聖女様が治療してたのか」
「あー、それは自力で治療してますね。私が彼と一緒に参加するようになったのは今回からなので……」
シルベール様の捨て身の戦い方を物語る逸話に、苦笑混じりで答える。
和やかな食事の席は続く。ちょうど同年代の若い傭兵が語る、幼馴染との甘酸っぱい恋バナの最中だった。「もう付き合っちゃえよ!」と周りに混じって囃し立てていたところ、急に周囲が静まり返った。
「……?」
皆の視線が私の頭上に集まっている。何事かと振り返ると、相変わらず表情筋が仕事をしていないシルベール様が立っていた。
「戻ってこないと思ったらこんな所にいたのか。迎えの馬車が用意できた、帰るぞ」
厳しくて恐ろしいと噂の隊長の急な出現に、先程までワイワイ騒いでいた隊員達も完全に静まり返っている。
「シルベール様、ご飯食べました?食べてから帰りませんか?」
「俺はいい。10分以内に食べ終えて本部に戻ってこい」
「ええっ……!今いい所だったのに……」
「寮の門限に遅れる。10分が限界だ」
シルベール様は王都の屋敷から通っているため、学園の寮の門限を気にするのは私だけ。私に合わせて手配してくれたらしい馬車に、乗り遅れるわけにはいかない。
(くっ……!シルベール様も誘えば、食べてる間に続きが聞けると思ったのに……!)
私は泣く泣く残りのご飯をかき込み、後ろ髪引かれる思いで席を立った。
*
帰りの馬車にしばらく揺られていると、所在なげに窓の外を眺めていたシルベール様が、ポツリとつぶやいた。
「……本当に、傭兵の治療に抵抗がないんだな」
「えっ?はい。誰を治療しても、使う魔力は同じですし」
これは、シルベール様に同行するにあたって、何度も確認されたことだった。貴族の中には、平民と同じ空気を吸うのも嫌という人もいるらしい。加えて、貴族令嬢であれば、血と汗に塗れたむさ苦しい空間など生理的に受け付けない者が大半だろう。シルベール様は、私が現場で彼らを毛嫌いし、お荷物になることを一番懸念していたのだ。
何度も「気にならない」と答えても、今の今まで信じきれていなかったようだ。そもそも、私も元は日本の一般庶民。身分が違うと言われてもあまりピンとこない。
「飯まで一緒に食べてるとは思わなかった」
驚きと呆れが混じったような声色だったが、その口元はふっと僅かに緩んでいた。
「次はシルベール様も一緒に食べましょうよ!」
「俺が行くと皆が萎縮するから遠慮する」
「何回か一緒に食べれば皆さんも慣れますって!」
「何回かって……毎回食べる予定なのか?」
「はい!せっかくご飯が出るなら食べなきゃ損ですよ!」
「……言っておくが、あの飯代は討伐隊の参加報酬から引かれているからな?」
「えっ!?わ、私、何も知らずに食べてしまいました……お支払いしないと……!」
「君にも参加報酬は出る。飯代くらいは当然払える金額だから、天引きしておこう」
「よかった……!ありがとうございます!」
そんな他愛のない会話を交わしつつ、馬車は無事に門限前に寮へ到着した。これで、私の2回目の討伐隊も無事終了……と思いきや、エントランスで寮母さんに呼び止められた。
「ヴィリアリナちゃん!お手紙届いてるよ!」
「ありがとうございます!」
(誰からだろう?)
受け取ったのは、宛名だけが書かれた無地の封筒だった。封を切ると、中からさらに二つの手紙が出てきた。
片方の封蝋は『黒薔薇』。送り主は王家だ。そしてもう一つの封蝋は『狼』。これは——
「シルベール様からかな……?」
シルベール公爵家の紋章が刻まれた蝋封。全く心当たりのない二通の手紙を前に、私はごくりと息を呑んだ。




