45話:建国祭⑤ 閉幕
不穏なざわめきを感じた『封魔の儀』以降は大きなハプニングもなく、無事にユリウス様のパートナーとして国賓をもてなし、ダンスを踊り、晩餐会で食事を楽しみ、建国祭の式典を遂行した。
そして怒涛の建国祭も、今日がいよいよ最終日。残すところも、水瓶を魔力で満たす『安寧の儀』とフィナーレの花火だけになった。
「よし!魔力の練度もいい感じ!リリアのためにも、頑張るぞー!」
この安寧の儀は、私の提案をユリウス様が国王陛下に掛け合ってくださり、無事私一人で行うこととなった。
今リリアはアレン様と共に、国賓の方々と最後の挨拶をしており、そろそろ解散となるはずだ。
聖書の解読ができないことに焦ったリリアは、あらゆる言語を猛勉強をした過去があり、語学が非常に堪能なため、外交の場で重宝されているのだ。
控え室で気合を入れて肩を鳴らす私に、ユリウス様がやんわりと忠告をしてくれる。
「儀式は30分以内に水瓶を魔力で満たせばいいから、ゆっくりでいいんだよ。必要だったら魔力回復薬の準備もあるからね」
「30分以内ですね!任せてください!」
(早く終わらせれば、リリアがアレン王子と一緒にいられる時間も長くなるからね!目指せ、10分以内!!)
リリアはお迎えの時間が決まっており、それまでの時間しかアレン様と一緒にいられない。一刻も早くこの儀式を終わらせて花火を上げ、できるだけ長い時間二人が一緒に花火を見れたらいい。
体内で静かに魔力を練り上げて準備をする私の控え室の扉が、コンコンとノックされた。
「聖女様。準備が整いましたので、参りましょう」
開かれた扉の向こうにいたのは、シルベール様だ。
私は、先導するシルベール様とユリウス様に挟まれる形で、儀式会場である大聖堂へと向かった。
*
「この国が、今年も実り多き豊かな国でありますように」
「「豊かな国でありますように」」
10人くらいは余裕で入れそうな巨大な水瓶。その前に立つ私を取り囲むように円になった神官たちが、厳かに祈りの言葉を復唱する。
この復唱を合図に、水瓶いっぱいに張られた水への魔力注入がスタートだ。
私は、体内でじっくり練り上げていた魔力を、凝縮して右手のひらへと集める。
光の粒が急速に集まり、ピンポン玉くらいの大きさから、一気にボウリング玉くらいの大きさへ成長していく。
控室にいる間から練り上げていた魔力は、思いのほか量があったようで、気づけばマンホールくらいの大きさまで膨れ上がり、バチバチと火花を散らし始めた。
(もうちょっと魔力を込めておいた方がいいかな?)
事前のリハーサル等はなかったので、どのくらいの魔力を込めればいいのか分からない。けれど「魔力回復薬も用意されている」と言っていたくらいだ。全国に配る聖水を作るのだから、水瓶を満たすには相応の魔力が必要なのだろう。全力で挑むのが礼儀というものだ。
(ここだ!!)
魔力が拡散してしまわないギリギリの限界を見極め、火花を散らす巨大な魔力の塊を、水瓶に向かって威勢よく叩き込む。
この間、復唱を終えてからわずかに5秒。
神官たちは、見たこともない密度の魔力塊が発する強烈な光に圧倒され、ポカンと口を開けたまま誰も止めることができなかった。
そもそも、本来の魔力注入とは、魔力が四散しないよう水面にそっと指先で触れ、その効力を少しずつ溶かし込む繊細な作業である。こんな攻撃的な力技など、誰も想定していないわけで……。
——ドムっ!
——ビシシッッ!!
神聖とは言い難い重苦しい着弾音と共に、眩い閃光が大聖堂を一瞬で真昼のように照らし出した。
(っ!!眩しっ!聖水は……できたかな?)
光が収まった水瓶を恐る恐る覗くと——水瓶は割れた瞬間の体勢のまま、金色の輝きを放つ水ごと「カチン!」と凍りついていた。
「……?」
コンコンと氷面を叩いてみるが、びくともしない。
氷の主の心当たりの方を向けば、案の定シルベール様が右手を突き出していた。
大聖堂を包む恐ろしいほどの沈黙。
神官たちは凍りついた金色の水と、砕けた水瓶を見て固まっている。
「す、すみません……水瓶、割ってしまいました……」
恐る恐る一番偉そうな年老いた神官に向かって頭を下げると、彼は我に返ったようにこちらに歩み寄ってきた。
(この水瓶、国宝とかだったらどうしよう……弁償になったら……払えるかな……?)
怒られる予感に身を縮める私を尻目に、彼は凍った水の欠片を手に取り、指先で溶かして反対の手の甲に塗り込んだ。
よく見るとそこには小さな切り傷があり、溶けた水が触れた傷は、跡形もなく消えていく。
彼はこちらを振り返り、身を縮める私に、優しく微笑んだ。
「これにて、安寧の儀は無事成満いたしました。聖女様、お見事にございます」
「……えっ。あ、あの、すみません……その、水瓶は……」
「こちらはまた新しく作成すれば良い話ですので、何の問題もございませんよ。それより、魔力切れ等でご気分は悪くありませんか?」
「あ、はい!大丈夫です!」
「魔力回復薬の用意もございますので、遠慮なくおっしゃってくださいね」
「ありがとうございます」
叱られなかったことにホッと胸を撫で下ろす。そんな私を横目に、彼はまだ呆けている周りの神官たちに、素早く指示を飛ばした。
「安寧の儀は無事執り行われた。建国祭の終了を告げる花火の準備を進めよ」
「「は、はい!」」
神官たちがバタバタと一斉に駆け回り始める。
花火の伝令へ走る者、街への周知へ走る者、聖水を汲み分ける容器を手配する者。
大騒ぎの現場に取り残されてしまった私は、ユリウス様とシルベール様の方へそそくさと退散した。
「随分と派手にいったね。ドラゴンでも倒すのかと思ったよ」
「へへ……」
ユリウス様が楽しげに微笑む。私は苦笑いで応えるしかなかった。
「すみません、シルベール様。氷で止めてくださってありがとうございます」
「まったく……やりすぎだ。あれでは攻撃魔法と変わらないだろう」
「はい……」
シルベール様が咄嗟に水瓶ごと聖水を凍らせてくれなければ、大聖堂が水浸しになるところだった。
呆れたようにため息を吐くシルベール様にしょんぼりと肩をすぼめていると、彼は聖水の分割と解凍作業を手伝うため、神官たちに呼ばれて水瓶の方へと向かっていった。
「これで建国祭の儀式は全て終了したから、あとは部屋に戻っててもいいよ。夜食の希望があれば、部屋に運ばせるけど、どうする?」
「ありがとうございます。少し夜風に当たってから部屋に戻ります」
ユリウス様の提案に頷き、私は大聖堂を後にした。
*
(リリアは……無事にアレン様と一緒にいれてるかな?)
二人で花火を見ると永遠に結ばれるというのはよくある眉唾もののジンクスだが、二人きりになれるきっかけになってくれれば万々歳だ。
私はこっそり、リリアが「ここなら……」と事前に目星をつけていた場所へ忍び寄った。
王宮の中庭にある、ガラス張りの温室。
冬でも暖かいそこは、アレン様の私物で、幼少期から冬に王宮を訪れた際はそこでよく遊んだのだと言う。
リリアはこの温室を、「植物が好きなアレン様らしい」と言っていたけれど……
(絶対、温度調節ができないリリアのための施設だよね……)
私はこの施設の目的が決して植物のためではないことを確信していた。
光属性と聖属性は、他の属性魔法を同時に適性として持つことができない。もし火や風属性を持っていれば、真冬だろうが真夏だろうが、魔法で自分の周囲の温度を調節して過ごすことができる。しかし聖女にはそれができないのだ。そんな彼女のために、アレン様が冬でも温かい温室を特注で作ったのだと私は推測している。
そんな考察を巡らせてるうちに、温室にたどり着いた。
目線の高さがすりガラスで覆われ、天井は透明なガラス張りになっているその施設は、星空や花火を眺めるのに完璧なロケーションだ。
二人の邪魔にならないよう、温室の周囲を気配を消して這い回り、中に人がいるか覗き込もうとする。
(そういえば、花火遅いなぁ……あと、寒い……)
リリアの話では、水瓶の水を魔力で満たした瞬間に上がるとされていた花火だったが、一向に始まらない。真冬に聖女の正装であるローブだけでは寒く、早くもかじかんだ手先が痛み出していた。
震えながら温室の周りをうろうろしていると……
(あ!来た!!……良かった!無事に二人きりになれたみたい!)
向こうからリリアとアレン様が仲良く歩いてくるのが見え、慌てて植え込みに隠れる。そのまま二人が温室の中へ入っていったのを確認し、邪魔をしないよう姿勢を低くして後ずさり、去ろうとした、その時。
「何をしている」
「っ!?」
突然後ろから低い声が響き、驚きのあまり叫びそうになった口元を慌てて抑える。
振り向けば、そこに立っていたのはシルベール様だった。
「な……なんでここにいるんですか……!?ひとまず、隠れてください!」
彼が纏う白の儀礼服は、闇夜の中でもよく目立つ。ただでさえ長身な彼だ。このままではすりガラス越しに人影が見えてしまう。
私は声を顰めて彼の腕を引き、植え込みに引き摺り込……もうとしたが、岩のようにびくともしない。
そうこうしているうちに、外の気配に気付いたのか、温室の中の人影がこちらに向かってゆっくりと近づいてくるのが見えた。
「ば、バレちゃうじゃないですか……!早く隠れてください……!」
私の必死の抗議も虚しく——
「誰かいるのかい?」
温室の中から、アレン様の声が響いた。
(終わった……リリア、ごめん。雰囲気壊しちゃった……)
がっくりと項垂れたその瞬間。
ふわり、と身体が宙に浮いた。
「へっ……?」
浮遊感に驚く間もなく視界が跳ね上がり——次の瞬間、私はシルベール様に抱きかかえられた状態で、夜空の中へと浮いていた。
彼の肩越しに見えるのは王宮の屋根。反対側には、宝石をちりばめたような街の夜景が煌めいている。そして下は……落ちたら無事では済まない高さだ。
「お、落ちる……!」
「落とすわけないだろう」
咄嗟にシルベール様の首にしがみついた私に、彼はむっとしたように呟いた。
それもそうかと納得し、腕の力を少し緩めた瞬間……
——ひゅるるるる——ドンッ!
建国祭のフィナーレを告げる大輪の花火が、夜空いっぱいに咲き誇った。
「わぁ……!綺麗……!」
遮蔽物のない特等席。初めて見る冬の花火に目を輝かせていると、シルベール様が至極ごもっともな疑問を投げかけて来た。
「あんなところで、なにをしていたんだ?」
「リリアとアレン様が、二人で花火を見れそうか確認してたんです……」
彼の疑問に答えながらも、私は次々と夜空を彩る大輪の花から目を離せない。
「なぜ……君が?」
「この花火を二人きりで見た男女は、永遠に結ばれるって言われてるので。二人が一緒に花火を見れるように安寧の儀を頑張るって、リリアと約束してたんです」
「なる……ほど?」
いまいち理解しきれていなさそうな反応だが、そんなことより今の私は夜空を彩る光の芸術にすっかり夢中だった。
「わぁ……!今の見ました!?綺麗……!」
「ああ……。……綺麗だな」
私はそのまま、このとびっきりの特等席で、心ゆくまで満開の花火を愉しんだ。
*
ちなみに後日発覚したことであるが、この日私が作った聖水は、効果検証のために協力したギックリ腰の老神官の腰に一滴垂らしただけで、全快どころかその場でステップを踏んで踊り出したほどであり、あまりの効力の強さに急遽5倍に薄めてから分配されたという。




