44話:建国祭④ 共鳴
きらびやかなパーティーホールを後にし、シルベール様に連れられて足を踏み入れた夜会のサロン。そこでは国王夫妻をはじめ、各国の王族や大貴族たちが上質なワインを片手に、優雅に歓談を楽しんでいた。
私はユリウス様のエスコートを受けながら、淑女の微笑みを貼り付け、次々と国賓の方々への挨拶をこなしていく。
その最中、挨拶を交わした中の1人――広大な領土を持つ大陸屈指の強国の王弟殿下が、私の背後に控えるシルベール様の腰元に目を留めた。彼が所持する純白の鞘へと、鋭い視線が注がれる。
「おや、聖女様の騎士が帯びているその剣は……まさか、『破魔の聖剣』かい……?」
「はい。僭越ながら聖女様より拝受しました」
「ほう……!現世でお目にかかれるとは!聖女様も君も、なかなかの実力者と見える……」
彼は値踏みするような目でシルベール様を見つめると、不敵な笑みを浮かべて身を乗り出してきた。
「どうだい、よかったら今度我が国に留学でも来ないかい?今と同等か、それ以上の生活と地位を約束しよう」
大国の王族からの、事実上の直々のスカウト。その思わぬ提案に、周囲にいた他国の関係者たちの視線が一斉に鋭くなる。他国への武力の移動は自国の脅威だ。一騎当千の騎士を引き抜かれてはたまらないと、サロンの空気がピリリと張り詰めた。
そこに、涼やかな声で助け舟を出してくれたのはユリウス様だった。
「ありがたいご提案ですが、彼らは我が国にとっても決して手放せぬ、大切な二人です。また機会がありましたら是非検討させてください」
「そうかい?私はいつでも良い返事を待っているよ。特に、騎士の君。必ずここよりも良い待遇を約束しよう」
「光栄なお話ですが、私は主の元を離れるつもりはございません」
シルベール様は表情一つ変えず、毅然とした態度で頭を下げた。王弟殿下は「いい忠誠心だ。ますます気に入ったよ」と満足げに笑うと、懐からニ枚の金属製のカードを取り出し、私とシルベール様に手渡した。
「困ったことがあったらいつでも我が国を訪ねてくるといい。歓迎しよう」
私たちが礼を述べると、彼は悠然と去っていった。その背中を見送ってから、私はユリウス様に小声で尋ねた。
「ユリウス殿下、このカードは何でございますか?」
「これは彼の国の最高級の通行証だよ。これがあれば、一切の検問なしで入国ができるんだ。実質的な招待状みたいなものだよ」
「左様でございますか。ご教授いただきありがとうございます」
(つまり、いつでも他国に亡命……ゲホン、観光にいけるプラチナチケットってことね!)
もし何かを間違えて断罪ルートに入ってしまった際の「命のビザ」を、無くしては堪らないとシルベール様に預け、次の国賓への挨拶へと向かった。
その夜の宴は、国賓への挨拶回りと、夜会の締めくくりとなるユリウス様とのラストダンスを経て、大きなハプニングもなく無事に幕を閉じた。
離宮の自室へと戻った私の元には、シルベール様が約束してくれた通り、満足のいく量の絶品夜食が運ばれてきた。
私はここ一ヶ月のひもじさを取り戻すかのように、コルセットから解放されたお腹を満たし、久しぶりに満腹の幸福感に包まれながら深い眠りについたのだった。
*
明けて、12月31日。
今日はいよいよ、建国祭のメインイベントである『封魔の儀』が行われる。
今年はリリアが聖女役を務め、私は来年のために見学となっている。
初代の建国の聖女による魔王封印を模したこの儀式は、封印の瞬間に年が明けるよう調整されている。
儀式が無事に終了した後は、王宮では深夜の祝賀舞踏会が、市街地の大広場でも民への食事の振る舞いやお祭り騒ぎのダンスが夜通し行われるのだ。
朝から夕方にかけて、儀式に使用する大規模な魔道具の手入れを手伝ったり、民への炊き出しの進捗を確認したり、舞台の裏側を見学したりとバタバタと動き回る。
そしてとうとう儀式が始まる直前、私は本番を控えたリリアの様子を覗きに、彼女の控え室へと足を運んだ。
「リリア!準備はどう?って……うわぁ!!綺麗……!」
「あら、アリナちゃん!来てくれたのね、ありがとう」
振り返ったリリアは、純白の聖女のローブと、繊細なドレスが融合したような厳かな衣装に身を包んでいた。頭からは透き通る白のベールを被っている。
その華奢な手首や足首には細やかな金のブレスレットが揺れ、額には繊細なチェーンに連なった美しい宝石が気高く光っていた。
その神聖な姿は、聖女というよりは、まるでおとぎ話の妖精か降臨した女神のようだ。
「アリナちゃんも、来年はこの衣装を着るんだよ?」
「いやいや、私じゃリリアみたいに綺麗に着こなせないよ……!本当に素敵!」
リリアのあまりの美しさにひたすらに感動していると、背後に控えていたリリアの侍女の一人が、ツンと鼻を鳴らして口を開いた。
「リリアージュ様が身に纏ってらっしゃる装飾品は、全て殿下からの贈り物ですわ。ですから、来年聖女様がこちらの衣装をお召しになるとしても、装飾品はお貸しできませんわ」
リリアは主人の会話に許可なく入り込んだ侍女に、一瞬厳しい顔をしたが、私の興味を引いたのはそこではなかった。
「ええっ!?これアレン様からの贈り物なの!?凄い!毎年??」
「え、ええ。今年は腕飾りをいただいたのだけど……」
「なるほどね!1、2、3、4……全部で11個?大事にされてるんだね!」
「せ、聖女役に装飾品を贈るのは王家の通例よ。決して私が特別と言うわけでは……」
「ふーん?まあ、リリアが言うなら、そういうことにしといてあげる!」
「もう!アリナちゃんってば!」
可愛らしく頬を赤らめてむくれるリリアをニヤニヤと見つめる。もう少しこの微笑ましいヒロインの反応を観ていたいところだが、そろそろ本番の時間だ。準備の邪魔になってはいけないので、お暇することにする。
「じゃあ!舞台袖から応援してるからね!頑張って!」
リリアに元気よく手を振って控え室を後にし、私は見学用に舞台袖に用意された特別席へと向かった。
*
厳かな鐘の音が響き渡り、リリアによる『封魔の儀』が始まった。
建国史によると、『建国の聖女』は、魔王軍に苦しめられていたこの地に天空より舞い降りたという。舞い降りた地を治めていた小国の王子が、彼女の最初の騎士として連れ添い、共に魔王の軍勢に苦しめられていた民を救い出し、解放された土地に国を興した。
もともとこの地で魔王に抵抗していた英雄たちの勢力は、現在の『四公爵家』の系譜へと繋がり、最初に聖女の騎士となった王子は、後に聖女の伴侶となって王として君臨した。それが、今の王家であるランカスター家の始まりである。
儀式では、それぞれの公爵家や王家の代表が、初代の役を演じる。
リリアに最初から従い、後の王となる『騎士』を演じるのは、もちろんアレン様だ。過酷な旅の道中を模した、彼の鋭くも美しい剣舞が舞台上で捧げられる。
次に合流したのは、アンターナル家。ライオス様のお兄様であるケイラス様が、聖女への捧げ物である『山の恵み』を祭壇に捧げる。
続いて、サマルーブ家からハルト様。彼は新鮮な『海の恵み』を祭壇へ。
さらに、ローゼンラーク家からリリアのお兄様であるアルベルト様が、まばゆい『宝石と装飾品』を祭壇に捧げる。
最後に、シルベール家からジーク様。彼は『剣と馬の鞍』を祭壇に捧げた。
建国の聖女を中心に、魔王封印に携わった伝説の6人が舞台上に集結し、ついに物語はクライマックス――『魔王封印』のシーンへと差し掛かる。
迫り来る魔王の配下たちを次々と薙ぎ倒し、ついに魔王の元へと辿り着いた6人。しかし、魔王の力はあまりにも強大だ。四公爵の初代たちが、そして聖女の勇敢な騎士までもが、魔王の漆黒の刃の前に次々と倒れていく。
最後は、建国の聖女と魔王の一騎討ち。
——とうとう、聖女が決定打となる一撃を見舞い、魔王を永久の闇へと封印しようとした、その瞬間だった。
それまで「すごいなぁ、大迫力だなぁ」とワクワクしながら観ていた私の脳裏に、突如として、激しいノイズの混じる断片的な映像が流れ込んできた。
(……っ!?なに……これ……?)
荒れた大地。倒れた仲間。膝をつく自分の服は、泥と赤黒い汚れでくすんでいる。
そして——視界の中心では、禍々しい黒の靄が激しい渦を巻き、『なにか』を飲み込もうとしていた。
その景色が、まさに目の前の儀式と重なった。
(私は……この場面を……『知って』いる……?)
そんなはずはない。私がこの世界に来てから『封魔の儀』を見るのはこれが初めてだし、前世でプレイしたゲームの知識にも、こんな詳細なシーンの描写や記憶は存在しなかった。
わけのわからない不穏な感情に囚われ、食い入るように瞬きも忘れて舞台を見つめていた私の背後から、そっとハンカチが差し出された。
「……?」
差し出し主——シルベール様を振り向くと、彼は困ったように少し眉を寄せ、静かに囁いた。
「……そのまま舞踏会に出たら、ユリウスたちに驚かれるぞ」
「え……?あれ、私……?」
彼の言葉に促されて頬に手を伸ばし、私は初めて自分が、ボロボロと大粒の涙を流していたことに気がついた。
ハンカチを受け取り、溢れる涙を静かに拭う。
ちょうどその時、封魔の儀が最高潮のクライマックスを迎え、魔王が封印されたことを祝う観客たちの地鳴りのような大歓声が響き渡った。
その歓声と共に周りに合わせて手を打ちながら、私は、胸の奥底に残るなにやら釈然としない喪失感と、存在しないはずの記憶への深い不安感にざわめく胸騒ぎを必死に押し込め、ただ取り繕うように笑顔を浮かべるのだった。




