42話:建国祭② いざ舞踏会へ
ギリギリまで粘っていたダンスの練習も切り上げ、夕方から始まる舞踏会に向けて、本格的な準備が始まった。
目にも留まらぬ速さで湯浴みを済まされ、これでもかと言うほどコルセットで締め上げられた身体に、次々と豪奢なドレスや装飾品が飾られていく。
「うっ……すみません、コルセットはもう少し緩められませんか?これじゃあパーティーの食事が入りません……」
「ロッテンマイヤー様より、このサイズでと伺っております。ご夕食は、舞踏会が終わったら取るようにと、言伝を預かっておりますわ」
(くっ……!食べすぎ防止策を先回りされている……!)
さすがはロッテンマイヤー先生、隙がない。せっかく監視の目を逃れて、会場の高級料理をお腹いっぱい食べられると楽しみにしていたのに、私の考えなど完全にお見通しのようだ。
ここ1ヶ月にわたるおかわり禁止令と、王宮の侍女達による容赦のないマッサージのおかげで、コルセットのホックは一段内側で留まるようになっていた。
ただ、そろそろ私の身体のエネルギー備蓄も限界が近い。舞踏会は一晩で3時間ほど続く。ずっと踊り続けるわけではないとはいえ、社交という名の戦場を生き抜くにはそれなりの体力が必要だ。
「さあ、お化粧と髪結いをしますので、こちらにおかけください」
侍女に言われるがまま、ドレッサーの前に腰掛ける。流れるような手際で肌に透明感が仕込まれ、唇にほんのりと薔薇色の艶が差されていく。あれよあれよという間に身だしなみを整えられ、鏡の中には息を呑むような美少女が爆誕した。
「こちらで仕上げでございます」
最後に、ハーフアップに編み込まれた髪に、ユリウス様からいただいたバレッタが留められる。
立ち上がって全身鏡の前でくるりと一周回ってみると、上質なシルクで作られたスカイブルーのドレスの裾が、夜空に広がる星屑のようにふわりと翻った。きめ細やかに磨き上げられた肌に、繊細なレースとしなやかな生地が実によく映えている。
文句なしの出来栄えに、周囲の侍女達からも感嘆のため息が漏れた。転生時にもらったこの極上のビジュアルと、プロフェッショナルな王宮の侍女達への感謝の気持ちでいっぱいだ。
「わぁ……!素敵!ありがとうございます!」
「そんな、聖女様から直々にお言葉をいただけるなんて……! 私達こそ、こんなにお美しい聖女様を担当できて光栄ですわ」
「いえいえそんな、明日もよろしくお願いしますね」
「もちろんでございますとも!さあ、殿下の元へ参りましょう」
誇らしげな侍女頭に連れられ、ユリウス様の待つ部屋へと向かう。
「失礼いたします、聖女様をお連れしました」
ノックの後、開かれた部屋の奥で豪奢な長椅子に優雅に腰掛けていたユリウス様が、ゆっくりと立ち上がった。
(うわぁ!すごい!本物の王子様だ……!!)
金の長髪を後ろで綺麗に一房に束ねた彼は、細やかな銀の刺繍が施された白基調の正装に身を包んでいた。普段から中性的な美貌を持つ彼だが、今日の格好はまさに絵本から抜け出してきた王太子そのもの。さすがは隠しキャラ、この圧倒的な美を放つ立ち姿は、絶対に作中のイベントで登場している。
ユリウス様は私の前まで歩み寄ると、全人類を虜にするような微笑みを浮かべた。
「ヴィリちゃん、ドレスよく似合ってるね。綺麗だよ。髪飾りも……身に着けてきてくれてありがとう」
「あ、ありがとうございます!ユリウス様もいつもに増して素敵な装いですね!まさに王子様です!」
「おや、いつもはそう見えないのかい?」
「はっ……!すみません、決してそういう意味ではなく……!……お気を悪くしましたか?」
「いいや?ごめんね、ちょっと揶揄ってみただけだよ」
少しイタズラっぽく目を細めたユリウス様が、エスコートのためにすらりと長い手を差し出す。
私はその手を取り、馬車が待つ正面玄関に向かって、離宮の廊下を歩き出した。舞踏会が行われる王宮の本殿までは、同じ敷地内とはいえ距離があるため、馬車での移動になるのだ。
すっかり日も落ち、夜の寒気が満ちる正面玄関へと出ると、ランプの光に照らされた馬車の前で、午前中ダンスの練習に付き合ってくれたシルベール様が控えていた。
建国祭が始まってからずっと身に纏っている白の儀礼服は、夜の宴用なのか、肩章や飾緒が少し煌びやかな仕様に変わっている。何より、いつもは額にかかっている前髪を、きっちりと上げて後ろに撫で付けていた。
(前髪上げてるのも似合うなぁ……)
思わず見惚れそうになっていると、シルベール様が馬車の扉を開いた。
ユリウス様のエスコートを受けて、ステップに足をかけ、ふわりとドレスを滑り込ませるようにして馬車に乗り込む。
静かに扉を閉めたシルベール様は、自身も漆黒の駿馬に跨がり、馬車の横へとぴったり並走した。パカパカと小気味いい蹄の音が、静夜の空気の中に響き渡る。
(会場に着いたら、入場を待って、まずはファーストダンスから……!次に国賓の方達と挨拶をして……)
いよいよ始まる人生初の舞踏会に、心臓が波打ち始める。私は脳内で最後の予行練習を繰り返しながら、緊張をまぎらわすようにドレスの裾をきゅっと握り締めた。
すると、対角線上に腰掛けたユリウス様が、ゆったりと口を開いた。
「ヴィリちゃんがここに来る前の世界では、舞踏会やパーティーに参加したことはあるのかい?」
「それが、初めてなんです!こんな素敵なドレスを着るのも初めてで……。非常に緊張してます……!」
「そうなんだね。以前の世界には『王族』にあたる人はいたかい?」
「厳密には近い方はいたかもしれませんが、話したこともありませんし、テレビくらいでしか見たことなくて……」
「その、テレビというものは、遠くの映像を映す魔道具のようなものかな?」
「そうです!よくご存知ですね!」
「この世界には色んな時代から聖女様が来ているからね。ヴィリちゃんの今までの話を聞く限り、君は歴代の聖女様の中でもかなり新しい時代から来ているね。中央教会には、歴代の転移の聖女様が転移時に身につけていたものが保管されているんだ。今度見に行ってみてもいいかもしれないね」
「そうなんですね!是非お願いします!」
(今までの聖女様は色んな時代から来てたんだ!なんだか全員名前的には日本人っぽいけど、歴史の資料館みたいで楽しそう!)
私と同じように、元の世界からこの地に転移した過去の聖女達。彼女達はどんな人生を歩み、どんな想いでこの世界を生き抜いたのだろうか。
そんな未知のロマンにわくわくと想いを馳せているうちに、いつしか緊張は和らぎ、馬車は舞踏会が行われるホールの正面へ停車した。
会場からは、華やかなオーケストラの演奏と、大勢の貴族たちの賑やかなざわめきが漏れ聞こえてくる。
カチャリ、と小気味よい音を立てて馬車の扉が開かれた。眩いばかりの光が、夜の車内へと差し込む。
「さあ、行こうか、『聖女殿』」
「はい、よろしくお願いいたします。『ユリウス殿下』」
扉の外に立つシルベール様が、一礼して道を開ける。
ここからは、ただのヴィリアリナではない。王国の代表たる『聖女』と『第一王子』としての完璧な振る舞いが求められる。
私はユリウス様の差し出された手をしっかりと取り、これから幕を開ける、華やかで美しい戦場に向けて気を引き締めて顔を上げた。




