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悪役令嬢がいじめてこないのでストーリーが進まない! 〜もしかして私は、悪役令嬢がヒロインの物語で断罪される元ヒロインですか!?〜  作者: うみの もずく
建国祭

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41話:建国祭① 選ばれた騎士は

 1月1日を1週間後に控え、いよいよ建国祭が幕を開けた。

 

 初日のスケジュールは朝4時の起床から動き出す。まずは5時から日の出まで続く祈りのために、真冬の凍てつく湖で身を清め、震える体に鞭を打って大聖堂へと移動する。

 初代聖女の遺骨が内包されているとされる大聖堂の聖女像に向かって祈りを捧げた後は、かつて魔王と相討ちになった歴代聖女たちの墓所を1つずつ巡る。

 歴代聖女の墓所参りが終わったら、再び大聖堂へと戻り、日の出の瞬間に合わせて讃美歌を奉納する。

 仕上げとばかりに、聖堂内へ盛大に範囲回復魔法(エリアヒール)を降らせたところで、開幕を告げる祝砲の花火が上がった。


「始まったね……!建国祭!そして私たちの分刻みのスケジュールが……!」

「そうね、2週間一緒に頑張りましょう」


 リリアと互いに深く頷き合い、それぞれの馬車へと向かった。

 

 教会を一歩出ると、白い儀礼服に身を包んだ2人の騎士が私たちを待っていた。その立ち姿はため息が出るほど凛々しく、まるで絵画から抜け出してきたかのようだ。

 

 建国祭の期間中、聖女にはそれぞれ専属の護衛が付く。

 リリアの元へ歩み寄ったのは、彼女の実兄であるアルベルト様。そして、私の前に立ったのはシルベール様だ。

 

 彼の任命については、呪いを懸念する教会派の貴族から猛反対があったらしいが、ユリウス様が力技でねじ伏せたと聞く。私としても、知らない人が期間中ずっとそばに居るのは緊張するので、気心の知れた人が隣にいてくれるのは本当にありがたい。


「よろしければ、こちらを」


 シルベール様が、ふんわりとしたファー付きのマントを差し出してくれた。極寒の清めから今の祈りに至るまで、ずっと芯から冷え切っていたので、この気遣いは本当に嬉しい。

 ありがたく受け取って羽織り、彼のエスコートで馬車に乗り込むと、すぐに車輪が動き出した。

 

 ここからはリリアとは別々のルートを通り、道中にある主要な教会を巡礼しながら王宮を目指す。

 去年まではこの二手に分かれる仕事をリリア1人でこなしていたというのだから、驚きを通り越して戦慄の域である。


(それにしても、寒すぎる……。真冬の湖に浸かるとか、正気じゃないでしょ……。今のうちに、あったまっておこう……)

 

 馬車内は適温に保たれ、毛布や温かい飲み物まで用意されていた。私はそれらをフル活用して冷えた体力を回復させつつ、次の巡礼地での手順を頭の中でシミュレーションした。

 

 建国祭は、まだ始まったばかりである。


 *


 各地での巡礼、王都を練り歩くパレード、そして国賓の対応。怒涛の公務に追われ、時間はあっという間に溶けていった。

 

 なんとか前半5日間の日程を乗り越え、建国祭のメインイベント『建国の儀』が明日に迫る。

 

 今日からの3日間は、夜に舞踏会や晩餐会が開催かれるのだ。そして、舞踏会が始まるということは、ダンスを踊らなければならないということで……


「ワンツースリー、ワンツースリー……。一歩下がって、ターン。右に2歩、一歩前に踏みだして……」


 私は今、ほんのわずかな休憩時間を利用して、必死に最後の悪あがきをしていた。

 

 ユリウス様がパートナーということで、決死の覚悟で特訓したおかげで、私のステップは我ながら見違えるほど上達している。とはいえ、ミスをする確率が完全に0になったわけではない。

 しかも本番で履く靴は、よりによって攻撃力の高そうなピンヒールだ。もし1回でも踏み外せば、相手の足の指の骨を粉砕しかねない。


「やっぱりここが難しいです……」

「大丈夫です、聖女様!本当に、本当に上達されましたから……!」


 先生は褒めてくれるが、失敗の許されない本番を前に、私の不安は拭えない。


 先生が「汗を拭くためのタオルをいただいて参りますわ」と一度退室した後も、私は1人でステップを踏み続けた。

 本番でドレスを着れば、完全に足元が見えなくなる。感覚だけで完璧に踊らなければならないという事実が、さらに焦りを煽っていた。


 そんな私の様子を、壁際で影のように見守っていたシルベール様が、静かに声をかけてくれた。


「先生が戻って来るまで、相手役を務めようか?」

「いいんですか?……いや、やめておきます。被害者が増えるかもしれないので……」

「足を踏むのが不安なのか?それなら、防御壁を張るのはどうだ?」

「……はっ!なるほど!その手がありましたか!」


 目から鱗だった。確かに相手の足の甲に防御壁を展開しておけば、万が一踏みつけても物理ダメージは完全にシャットアウトできる。

 希望を見出した私は、早速シルベール様の足の甲に防御壁を張るが……。


「……目立ちますね」

「光属性では難しいだろうな」


 私が作り出した防御壁は、「ここにバリアがあります!」と主張するかのように煌々と輝いていた。これでは舞踏会の会場で一発でバレてしまう。

 まるで、周囲がスタイリッシュに自転車を乗りこなす中、1人だけピカピカ光る補助輪付きの三輪車に乗っているかのような恥ずかしさだ。


 しょんぼりと肩を落とす私を見たシルベール様は、


「こちらなら、周囲には見えないだろう」


 そう言ってシルベール様が自身の足の甲に展開したのは、目の前で凝視しなければ気付けないほどの、見事なステルス仕様の防御壁だった。


「これは……すごいですね。ダンスの相手には全く見えません」

「これで安心だろう?……私と踊っていただけますか?」


 どうやらダンスの申し込み部分から付き合ってくれるらしいシルベール様が、すっと右手を差し出した。


「ありがとうございます!」


 私は臨時の先生に元気よく返事をして、差し出された手に右手を重ねた。


 *


(ワンツースリー、ワンツースリー……。一歩下がって、ターン。右に2歩、一歩踏みだして……)


 いくら怪我の心配はないとは言え、一度染みついた恐怖は拭えず、目線を足元から離せない。


「ヴィリアリナ」

「はい!」

「目線を上げろ。舞踏会では、パートナーとのアイコンタクトも重要なマナーだ」

「は、はい……!」


 もっともな指摘に焦る私の手を、彼はグイと自分のほうへ引き寄せた。距離が縮まったことで、物理的に足元が見えなくなる。


「こちらを向け。大丈夫だ、ステップはしっかり踏めている。だから下を見るな」


 促されるまま顔を上げると、至近距離で彼の碧の瞳と視線がぶつかった。

 改めて間近で見ると、彼は本当に端正な顔立ちをしている。透き通るような銀髪に、吸い込まれそうなほど澄んだ瞳。完璧なバランスで整った輪郭や鼻梁。そして鍛え上げられた肉体は、白の儀礼服によってさらに引き立てられていた。

 シルベール様の美貌に思わず見惚れていると、彼はふっと気まずそうに視線を斜め下に逸らした。


「……こちらを向けとは言ったが……。そんなに見つめなくていい……」

「……はっ!すみません!」

「あまり相手の目を見つめ続けると、『次の曲も踊りたい』という誘いの合図になってしまう。慣れないうちは、相手の襟元か、進行方向にある手を見ておくといい」

「分かりました!」


 教えてもらった通り、私は彼の襟元に視線を落ち着かせた。

 そうしてさらに数ステップを重ねるうちに、不思議な感覚が体を包み込む。次に踏み出すべき場所へ、まるで足が自然に誘導されるような感覚。自分のダンススキルが突然跳ね上がったかのような錯覚の理由に、私はすぐに思い至った。

(シルベール様、リードがとっても上手いんだ……!)

 驚きと感動のあまり、私はパッと顔を上げて彼の目を見た。


「シルベール様とのダンス、すごく踊りやすいです!」

「ん、……ならよかった」


 照れくさかったのか、彼はまたぷいと顔を背けてしまった。心なしか、白い肌に映える耳の先がほんのりと赤くなっている気がする。

(もしかして、褒められ慣れてないのかな?なんだか可愛いかも!)

 その意外なギャップにすっかり緊張が解けた私は、以降は一度も足元を見ることなく、そして彼の足を踏みつけることもないまま、完璧に1曲を踊りきった。


「――やりました!完璧です……!」

「ああ。今の感じであれば舞踏会も問題ないと思うぞ」

「この感覚を掴んだまま、もう一度!もう一曲だけ付き合っていただけませんか……!」

「いいぞ、構わない」


 シルベール様から差し出された手をがっしりと握り返し、私たちは2曲目のステップを踏み出し始めた。


 *


 タオルを手に部屋に戻ってきた講師は、扉の向こうから聞こえるリズミカルな足音に気付き、そっと足を止めた。

 部屋を開けるのを躊躇い、窓から室内の様子を覗き見る。そこでは、シルベール卿と聖女様が美しい円を描いて踊っていた。


(あら、聖女様の目線が足元から離れているわ)


 どれだけ口頭で「下を見ないで」と指導しても直らなかった悪い癖が綺麗に消えて、目線が自然と上を向いている。

 見つめ合って踊る2人は、息ぴったりで、まるで絵本から飛び出してきた王子と姫君のようだった。


(シルベール卿のリードは流石の一言ね……)


 プロの目から見れば一目瞭然だった。彼は聖女様をよく見ている。彼女に合わせた歩幅とペース。彼女の癖に合わせて、彼女が次の足を出しやすいよう、足場のスペースを開けて先導している。

 これほど完璧なリードをされれば、踊り手は自分が急激に上達したかのような心地よさを覚えるものだ。

 その安心感に支えられ、頑なだった聖女の表情には、レッスン中には決して見せなかった心からの笑顔が咲いている。


(ふふ、あんなに楽しそうに踊るのね)


 自分の指導では引き出せなかったその笑顔に、講師としてのささやかな敗北感とプライドがちりりと燃える。

 それでも、あまりにも絵になる2人のダンスをもう少しだけ眺めていたくて、彼女は部屋のドアノブを掴むのを、あえてしばらく遅らせることにした。

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