40話:講義室への裏道
「……リリア。建国祭の時は毎年こんな日程だったの?」
「そうね。今年はアリナちゃんがいるから心強いわ!」
「この日程じゃお祭りを回る暇なんてなくない!?去年までどうしてたの?」
「実は、市街地に行ったことは一度もないのよ」
私が睨みつけているのは、建国祭中の公式スケジュールだ。そこには朝から晩まで聖女としての公務が、分単位でびっしりと敷き詰められていた。
これでは、リリアがアレン様とお祭りを回る時間なんて1秒もない。
「私が代われるところはないの??まだまだ不安なところもあるけど……頑張るから!」
「アリナちゃんのスケジュールも、私とほとんど同じよ?」
そう言ってリリアが指差したのは、私の予定表。こちらも同様、分刻みで予定が埋まっている。
「せっかく聖女が2人になったのに、2人とも同じことする必要ある!?交代制でいいじゃん!」
非効率だとスケジュールを叩く私を、リリアが困ったように宥める。
私たちに渡された建国祭2週間のスケジュールは、まさに息つく暇もない過密なものだった。
「せめて最終日の花火だけでも、アレン様と見たくない?」
「そうね……でも、聖女としてのお勤めは大切だわ」
真面目なリリアが公務をサボるなんて、想像もつかない。
(なら、なんとか合法的にリリアの時間を空けるには……)
「そうだ、最後の水瓶への魔力注入は!?これなら私1人でもいけるんじゃない!?」
私が目をつけたのは、最終日の花火直前に行われる最後の任務、水瓶を魔力で満たす『安寧の儀』だ。聖属性の魔力で満たされた水は「聖水」となり、治療者が不足している地域に配られるという。
この水瓶が魔力で満たされ次第、フィナーレの花火が上がり、建国祭の終了を告げるのだ。
レベリングだけは順調な私の魔力量は、すでにリリアを上回っている。これこそ、私が胸を張って貢献できる数少ない部分だ。
「ちょっとユリウス様に相談してみる!!」
「待って!アリナちゃん!?」
「大丈夫!すぐ戻るから!!」
思い立ったが吉日。私は身体強化魔法をフル装備させた足で駆け出した。
「次はロッテンマイヤー先生の講義なのに……」
背後で聞こえたリリアの不穏な呟きは、すでに爆走を始めている私の耳には届かなかった。
*
ユリウス様を探して学園に向かう。ちょうど先週髪飾りをもらった時間帯だ。特等室にいる可能性が高い。
王宮の敷地を飛び出そうとしたところで、目の前に鉄壁が立ちはだかった。
「……脱走か?」
「げ、シルベール様!」
ぶつかる寸前で急ブレーキをかける。
護衛役のシルベール様が近くにいたようで、一瞬で見つかってしまった。
「すみません!急いでるんです!通してください!」
「どこへ行く。街に出るなら単独行動は危険だ」
「安心してください!行き先は学園です!」
「忘れ物か?」
「ユリウス様に会いに!」
「ユリウス……?そうか……」
目的を告げると、シルベール様は少しだけ眉を寄せ、渋々といった様子で道を開けてくれた。
「ありがとうございます!すぐ戻りますから!」
私は再び身体強化をかけ、一陣の風となって走り去った。
予想通り、特等室にいたユリウス様は、私の提案を聞いて「『安寧の儀』を1人で行う件、父上に掛け合ってみよう」と快諾してくれた。
ミッションコンプリート。私は即座に王宮へととんぼ返りする。
「早かったな」
「次の講義に遅れるわけにはいかないので!!」
学園の門前で待っていてくれたシルベール様が王宮までの道を伴ってくれるが、のんびり歩いている時間はない。
(……待てよ。次の講義の先生って……ロッテンマイヤー先生!?)
今更ながら重大な事実に気づいた私は、さらにスピードを上げる。シルベール様には申し訳ないが、全力で走ってもらうしかない。
そのまま王宮の入り口を猛スピードで通り過ぎ――私が目指したのは、講義室に面した中庭だった。
「こちらに入り口はないぞ?」
私の全力疾走に涼しい顔でついてくるシルベール様が、不思議そうに問いかけてくる。
確かに正面玄関は通り過ぎた。だが、今の私には「最短ルート」が見えている。
「ここが1番近いんですっ!よっと!」
「おい!?」
ぐっと踏み込んで地面を蹴り飛ばす。
そのまま2階の講義室のベランダへ直接飛び乗り、軽やかに着地した私は、窓を叩いた。
「リリアー!開けてー!」
「アリナちゃん!?」
目を見開いて駆け寄ってきたリリアに窓を開けてもらい、滑り込むように室内へ。ロッテンマイヤー先生はまだ現れていない。セーフだ。
「ふう、間に合った!」
「外から??どうやって……??」
困惑するリリアに手伝ってもらいながら、風でボサボサになった髪を大急ぎで整える。この乱れ髪を見られたら、確実に「心の乱れ」としてお叱りを受ける。
私はベランダの下で見上げているシルベール様に軽く手を振り、静かに窓を閉めた。
建国祭まで、あと14日。
重く垂れ込めた冬の雲からは、静かに粉雪が舞い始めていた。




