38話:お返しのハンカチ
パートナー申し込みが解禁したということもあり、学園の雰囲気もどこか色めき立っていた。
舞踏会に参加できるのは、ちょうど高等部1年の歳から。今年が「デビュー戦」となる私たちの学年の令嬢息たちが、ソワソワと色めき立つのも無理はない。
教室のあちこちで刺繍のデザインを相談し合う令嬢たちの華やかな声が響く。
「まあ、その糸の色は……」
「ええ、あの方の瞳の色に一番近いものを探したの」
一見、和気あいあいとしたお喋りに見えるが、実はこれこそが熾烈な牽制合戦だ。選んだ刺繍糸の色で「私はあの人を狙っている」「あの人からはもう内諾を得ている」と暗に示し合っているらしい。貴族の世界、糸一本ですら読み合いになるのだから恐ろしい。
さらに耳を澄ませば、定番のデートプランや、「最終日にここで告白すれば百発百中」と言われる伝説のスポットなどの情報が次々と飛び込んでくる。
(デートプラン……告白スポット……。そうだ!!)
私の頭に、パチリと名案の火が灯った
(リリアの王子攻略を進めるチャンスじゃない!?)
ゲーム版では恋愛イベントをすっ飛ばしていたせいで建国祭の記憶は皆無だが、リリアが持つ小説版(聖書)には何かヒントがあったはずだ。
(よし! ユリウス様からの髪飾りを預けがてら、もう一度内容を整理させてもらおう!)
私は早速、リリアに公爵邸訪問の打診をすることにした。と、その前に。
「カレン!建国祭でのジンクス、知ってるだけ全部教えて!」
まずはこういった情報のプロであるにカレンよる、徹底的な事前リサーチである。
*
「まずは、噴水前でしょ?それから庭園の東屋極めつけは、最終日の花火を二人きりで見た男女は、永遠に結ばれるんだって!」
放課後の生徒会室。ロッテンマイヤー先生が姿を現すまでの束の間の自由時間に、私は昼間仕入れたばかりの建国祭ジンクスを、これでもかとリリアに披露していた。
「そ、そんなにたくさん回らなければならないの……?時間が足りるかしら……」
「あ、これ全部制覇しろって意味じゃないよ。どれか1つでも、アレン王子と行ければ……ね?」
「あら?そうなの……?」
コテンと首を傾げるリリア。ひとつひとつの動作が可愛らしい。リリアのアレン王子攻略度は現在62。1年生の冬としてはかなり順調だが、イベントの重ねがけはあって困るものではない。このジンクスのどれかが攻略度アップに貢献することを願って、叶えられそうなものをいくつかピックアップする。
さて、一通り話し終えたところで、私はもう1つの本題を切り出した。
「そうだ。リリア、お願いがあるの。ユリウス様からいただいた髪飾り、建国祭まで公爵家で預かってもらえないかな?寮の引き出しだと、万が一が怖くて」
すると、リリアの表情がわずかに曇った。
「……申し訳ないのだけれど、今は我が家へ預けるのは避けたほうがいいかもしれないわ。ここだけの話にしておいて欲しいのだけれど――宝物庫の『聖書』に、魔力干渉の痕跡が見つかったの」
「え……?聖書に??」
「ええ。見た目の破損はないのだけれど、念のために教会で調査してもらっている最中なの」
(なんと……!タイミングの悪い……)
髪飾りの預け先も、ついでに確認したかった聖書の中身も、一気にあてが消えてしまった。
だが、髪飾りの保管場所問題については、すぐに解決することになった。
*
「ヴィリアリナ様。貴女には本日より、王宮の離れに滞在していただきます」
指導にやって来たロッテンマイヤー先生が、入室するなり衝撃的な宣告をした。
聞けば、生活リズムや食事制限を含めた最終調整のため、聖女は建国祭前の1ヶ月間、王宮で過ごすのが「伝統」なのだという。これは転移者の聖女が実家を頼れない場合を想定した措置であり、公爵令嬢であるリリアには適用されない。
(それって……24時間体制の監禁マナー指導ってこと!?)
冬休みまでは学園に通うものの、起きてから寝るまで「鬼」の目が光る生活。想像しただけで、眩暈に襲われた。
*
その日の夜。私はカレンと涙(一方的)の別れを惜しみ、最小限の荷物と髪飾りの箱を持って寮を出た。
王宮へ向かうべく学園の門をくぐると、そこには夜の闇に溶け込むように、1人の騎士が立っていた。
「お待たせしました、シルベール様」
「いや。荷物はそれだけか?持とう」
シルベール様は私のトランクをひょいと持ち上げた。今後、学園と王宮を往復する際は、私の護衛を任されている彼が常に同行することになっている。
「その箱は?」
シルベール様の視線が、私が両手で大事に抱えていた小さな木箱に注がれた。
「ユリウス様からいただいた髪飾りです。壊すのが怖くて、これだけは荷物に入れられなくて……」
「ユリウスからか。……あいつの贈るものだ、そんなにやわな作りではないだろう。カバンに入れても問題ないと思うが」
「そうですかね……?でも、もしものことがあったらと思うと……」
「……身につけないのか?」
一般的に、パートナーから贈られた品は、承諾の証としてすぐに身につける令嬢が多い。
「こんな高価なもの、恐ろしくて普段使いなんてできませんよ!……舞踏会本番まで、大事に温めておきます」
「そうか」
短く相槌を打った彼に、ふと今日ユリウス様に聞きそびれた疑問をぶつけてみた。
「あの、シルベール様。女性側からはハンカチを返すことが通例だと聞いたのですが、返した方がいいでしょうか?」
貴族社会の常識に詳しいであろう男性の意見を聞きたかった。シルベール様は眉間にわずかな皺を寄せ、しばらく沈黙した。
「…………今回は、必要ないのではないか」
「そうですか?」
「今回のヴィリアリナ嬢のパートナーは、王命による指定だ。ユリウスは形式として装飾品を贈ったに過ぎない。君がその形式に、無理に合わせる理由はないだろう。……自らの意思で、ハンカチを贈りたいというなら別だが」
(なるほど!そういうことか!)
つまり、これは聖女としての公務の一環なのだ。そんな義務的な誘いに対して、こちらが本気の返礼――ハンカチを贈ってしまっては、かえってユリウス様の負担、あるいは迷惑になるかもしれない。
「分かりました!貴重なご意見、ありがとうございます!」
「あ、ああ。それで、ハンカチは……」
「シルベール様は、どなたか誘われるんですか?あ、すみません、話が被ってしまいました。どうぞ、お先に!」
「いや、大した話ではない。……俺は、誰かを誘う予定はない。当日はユリウスと君の護衛として付く」
「え!そうなんですか?!……なんだか、すみません。せっかくの機会を……」
「いいんだ。元々当ても無いしな。それに、俺にとっては、これが最も光栄な務めだ」
シルベール様は自虐的に「俺を選ぶ物好きなどいない」と言うが、呪いから解放された公爵家の嫡男が放っておかれる訳がない。ユリウス様と同様、超優良物件のはずなのだが……。ユリウス様の護衛ということなら仕方ないのかもしれない。
王宮が見えてきた。シルベール様と分かれるまで残り僅かとなった。
「そういえば、呼び方ですが、呼び捨てで構いませんよ。長くて呼びづらそうですし」
「む、そうか?」
「せっかくなので、『ヴィリ』や『アリナ』でも。呼びやすいように呼んでください」
「では……ヴィリアリナ……と」
「はい!」
結局、略称を選ばないあたりが、なんとも彼らしい。
呼ばれた名前に少し距離が縮まった気がした……が、残念ながら頭上の好感度(攻略度)は相変わらず0のままであった。




