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悪役令嬢がいじめてこないのでストーリーが進まない! 〜もしかして私は、悪役令嬢がヒロインの物語で断罪される元ヒロインですか!?〜  作者: うみの もずく
建国祭

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37話:パートナーのお誘い

「……アリナちゃん!アリナちゃんっ……!」

「ふごっ!?」


 両手に特大ステーキを抱え、食べ放題のご馳走に埋もれていたはずの私は、カレンの声に引き戻された。

 視界を埋め尽くしていた焼きたての肉は、見慣れた学園の教室へと変わり、周囲のクスクスという笑い声が耳に届く。そして、目の前に立つのは……。


「お疲れのようですが、授業はしっかり受けていただきませんとのう」


 真っ白な髪と、見事に蓄えられた髭。歴史担当の老教師が、微笑みを浮かべていた。


「――っ!すみません!!」


 この先生は温厚で、怒ったところを見たことがない。だが、侮るなかれ。彼は教師歴が長く、あの『鬼』……ロッテンマイヤー先生の恩師でもあるのだ。もし居眠りが彼女の耳に届けば、私の背中に飛んでくるプラズマが3割増しになることは想像に難くない。


「では、汚名返上の機会を。我が国に転移された歴代の聖女様、そのお名前を5名、挙げてみてください」

「はい、藤原章子様、ひさ様、桜井聖華様……」


 当てられたのは、幸運にも私の得意分野だった。この世界の聖女は、例外なく元の世界からの転生・転移者だ。そのため、教科書には馴染み深い響きの名前が並んでいる。

 無事に回答を終えると、先生は満足げに頷き、教壇へと戻っていった。


「ふう……。起こしてくれてありがとう、カレン。助かったよ」

「本当に疲れてそうだけど大丈夫??寝姿の姿勢は完璧だったけど……」

「全然大丈夫じゃない……と言いたいところだけど、建国祭までは耐えないとね。姿勢は……うん、指導の成果が体に染み付いてきてるのかも」


 カレンの耳打ちにひそひそと答える。


 建国祭は1ヶ月後に迫っていた。


 *


 放課後。ロッテンマイヤー先生から「ユリウス殿下が大学部の特等室にお呼びです」と告げられ、私は戦々恐々としながら足を運んだ。理由の分からない呼び出しほど、恐ろしいものはない。

 

「待たせてしまったかな、ヴィリちゃん」


 特等室に入って来たのは、ユリウス様ひとりだった。


「いえ、私も今しがた……。それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「単刀直入に言うよ。建国祭で、聖女様をエスコートする栄誉を私にいただけないかな?」


 そう言って、ユリウス様は机の上に小さな木箱を置いた。

 建国祭では、王宮で3日間にわたり舞踏会が開かれる。そこにはパートナーを同伴するのが鉄則だ。

 

「私は構いませんが……私でよろしいのですか?」


 ユリウス様は20歳。婚約者がいてもおかしくない年齢だが、のらりくらりとかわし続けてきたらしい。

 彼のような超優良物件を狙う令嬢は星の数ほどいるし、国賓として招かれる他国の王女のパートナーだって務まるはずだ。何より、マナー修業中の私を連れて行けば、彼のメンツに泥を塗るリスクがある。


「聖女様のパートナーを務めるなんて、これ以上の光栄はないよ。……それとも、誰か先約がいたかな?」

「いえ、特にどなたとも約束はしておりません」

「それは良かった。なら、これを。もし他の誰かに誘われることがあったら、これを見せて丁寧に断ってほしい」


 カチリ、と箱が開けられた。

 中に収められていたのは、金細工の土台に、吸い込まれるような深みの青い宝石が嵌め込まれたバレッタだった。宝石に詳しくない私でも、それが「家が一軒建つ」レベルの代物だと直感できる。


「こ、こんな高価なものいただけません……!」

「これはパートナーを申し込む際の『予約品』みたいなものなんだ。断られてしまうと私のパートナーがいなくなって困るんだが……。舞踏会でも身につけてほしい、受け取ってくれるかい?」

 

 予約品。そう言われてしまえば、これ以上固辞するのも失礼にあたる。

 私は震える手で、その宝石の塊――もとい髪飾りを、壊さないよう慎重に受け取った。


「そういうことだから、建国祭までは、他の人から装飾品を渡されても受け取ってはいけないよ?分かったね」

「分かりました!そんな奇特な方は居なさそうですが、一応気をつけます!」


 力強く頷いた私だったが、ふと重大な事実に思い当たり、顔を青くした


「あの……ユリウス様。パートナーということは、当日、一緒にダンスを踊ることになりますか?」

「そうだね。最初と最後の曲は空けておいてもらえると嬉しいな」

「……練習、死ぬ気で頑張ります……」


 マナー指導の中で、今の私を最も苦しめているのがダンスだ。

 私の腕前は、10歩ごとに講師の足を踏んづけるという、もはや物理攻撃に近いレベルだ。

 

 もし本番でユリウス様の足を粉砕してしまったら?

(王族傷害罪で断罪とか……ないよね!?)

 背筋に走った悪寒にブルリと震え、私は今日からダンスのレッスンをさらに1コマ増やしてもらおうと心に誓った。


 *


 その後、いつも通りロッテンマイヤー先生に徹底的に絞られ、魂を抜かれた状態で寮に戻ると、カレンが飛んできた。


「おかえり!ねえねえ、明日から舞踏会のパートナー選び解禁だね!アリナちゃんは誰か誘いたい人いるの??」

「え!明日からだったの?私はユリウス様に決まったよ……」

「ユ、ユリウス殿下っ……!?さすが聖女様……!……っていうか、なんでそんなお葬式みたいな顔してるの?嬉しくないの?」

「光栄なんだけど……ダンスが心配で。ユリウス様の足を破壊しないか……」


 私は心のうちをため息混じりで漏らす。


「なるほどね……あ!ねぇ、もしかして何かもらったりした!?もし良かったら、見せて……!」

「いいよー」


 目を輝かせてせがむカレンに、慎重に持って帰って来た髪留めの箱をカバンから取り出す。蓋を開けた瞬間、カレンが息を呑んだ。


「うわぁ……!すごい……土台は純金で、嵌め込まれてるのは……サファイアとアレキサンドライト?大きさといい透明度といい……当たり前だけど一級品だよ……」

「高そうだなとは思ったけど、やっぱりすごいお品なんだね……」


 カレンは私と同じ子爵家出身だが、その経済状況は全く異なる。彼女の家は子爵家の中でも屈指の裕福さで知られ、宝石などの価値を見抜く審美眼は、私よりずっと確かだ。


「アリナちゃん、これ寮の引き出しに入れとくのは怖すぎるよ。金庫か、どこか安全な場所に……」

「そうだよね。明日、リリアに預かってもらおうかな……」


 盗難や嫌がらせは学園の定番イベントだ。破魔の聖剣を手に入れた今、わざわざ誰かにいじめてもらう必要もない。公爵邸ならこれ以上ないほど安全だろう。


「ところでアリナちゃん、ハンカチは用意してるの?」

「……ハンカチ?涙を拭く用?」

「違うよ!舞踏会のパートナーを男性から申し込む時は装飾品を、女性から申し込む時はハンカチを渡すのが慣例でしょ!」

「パートナーは決まったし、ハンカチはいらないかな」

「それだけじゃないの!一方通行じゃないって意思表示で、申し込まれた方が後から申し込みの品を返すことが多いんだよ!」

「え!?そうなの!?返した方がいいのかな?明日ユリウス様に聞いてみるね」

「聞いてみるって……うん、まぁ、アリナちゃんらしいけど……」

「?」


(こういうのは欲しいと言い辛いし、欲しいと言われてあげるものでもないんじゃ……?)


 そう思ったカレンだったが、これまでの付き合いから「常識」という枠にアリナを当てはめるのは無意味だと悟り、そっと生暖かい目で見守ることに決めたのだった。

 パートナー申し込みで贈る品々は、かつて魔王がこの地を占領していた時代の「出陣前の風習」の名残です。

 命を懸けて出陣する者の剣に、無事の祈りを込めて結んだ「刺繍入りの布」。残される者の身を案じ、護身の術を託して贈った「防御魔法付きの装飾品」。

 かつての切実な誓い合いが、時を経て、建国祭のパートナー申し込みにおける優雅な慣習へと変化しました。


 転生してから2年間田舎の領地に引き篭もっていたヴィリアリナは知る由もないのですが……

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