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悪役令嬢がいじめてこないのでストーリーが進まない! 〜もしかして私は、悪役令嬢がヒロインの物語で断罪される元ヒロインですか!?〜  作者: うみの もずく
建国祭

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36話:新たなる「鬼」

 ヴィリアリナが黒龍を打ち倒し、破魔の聖剣を手に入れたその瞬間。

 公爵邸の地下宝物庫では、リリアージュが持つ聖書がひとりでに開き、あるページで動きを止めた。開かれたページに記されていた文字が、淡い光を放ち始める。書の(ことわり)に従って整然と並んでいた文字たちは、たわみ、合わさり、別れ――まるで意志を持って踊るように、その形と並びを変えていく。

 パラパラと数ページにわたり同じ現象が繰り返された後、聖書は何事もなかったかのようにパタンと閉じられた。

 厳重に管理された宝物庫で起きた聖書の変化に、気づくものはまだいない。


 *


 時は11月。日が落ちるのもめっきり早くなり、伸びた影が夕焼けに溶ける。冬の訪れを予感させる木枯らしに軽く身震いした私は、隣を歩くカレンに身を寄せた。


「さむっ!」

「ね、そろそろ冬だね〜」


 破魔の聖剣を手に入れた後、事情聴取に関係者確保の手伝い、報告レポートに期末テスト……。怒涛の後処理と学園イベントを乗り越えた私は、今、束の間の穏やかな時間を享受している。


「そういえば、今年の建国祭の聖女様は、アリナちゃんとリリアージュ様、どっちが演じるの?」

「私は何も聞いてないから……リリアじゃないかな?」

「そっか!リリアージュ様、去年もお綺麗だったな……!」


 目を輝かせるカレンに、私も建国祭に想いを馳せる。


 この国は、初代聖女が魔王を封印し、建国したとされる日を始点に1年が始まる。そのため1月1日の前後1週間は休日となり、国全体を挙げて建国祭が行われるのだ。

 メインイベントは、建国の瞬間である『魔王封印』を再現した儀式。その聖女役は、聖女が存在する時代は当代の聖女が、不在の場合は皇女が務めることになっている。


(ここ10年はリリアが聖女役なんだよね!)


 儀式の様子は王都内で有れば魔道具で配信されるが、私の実家は王都外の田舎だったため、実は一度も見たことがない。今年は生で観られるチャンスだ。だがそれよりも、私の心を掴むのは……。


「王都では屋台が出て、食事の振る舞いもあるんでしょ!?今年はどんな屋台が出るか、今から楽しみ!」

「アリナちゃんは食べ物ばっかり!」


 カレンと笑い合いながら、次の授業に向かった。


 *


 放課後。生徒会室へ行くと、そこにはアレン様とリリアがいた。

 

「アリナ嬢、ちょうどいいところに来てくれた。少し話があるんだ」

 

 アレン様に促され、ソファーに腰を下ろす。提示されたのは、建国祭への参加要請だった。

 

「今年から、聖女として参加してほしいんだ」

「分かりました!私は何をすればいいですか?」


 二つ返事で頷く。

 

「来賓対応をお願いしたい。そこで、準備のために作法を学んでもらいたい」


 聖女は国の顔でもある。学園のテストでもマナーの点が振るわない私を、そのまま国賓の前にお出しする訳にもいかない。当然の提案に、私は快諾する。

 

「承知しました!いつからですか?」

「できるだけ早く、とのことだから……明日の放課後からはどうかな?」

「バッチリです!」

「それは良かった。講師を務めるロッテンマイヤー先生は、お母様の教育係も務めた方だ。リリアの家庭教師でもあるんだよ」

「え!そうなんですか!リリア、どんな方なの?」


 この完璧令嬢リリアを育てた先生ともなれば、腕前は確かだろう。


「厳しいけれども、お優しい方よ」

「そうなんだ!では明日から、よろしくお願いします!」

 

(厳しいと言っても、師匠の特訓も乗り越えたし、あれ以上に厳しいものなんてないでしょ!)

 

 そんな私の甘い考えは、翌日、早々に打ち砕かれることとなった。

 

 *

 

 翌日。生徒会室でロッテンマイヤー先生と対面を果たす。

 

「ヴィリアリナ・イースティアと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「アドニス・ロッテンマイヤーと申します。本日より聖女様の教育係を拝命いたしました」

 

 自己紹介をした彼女は、見惚れるほど無駄のない、綺麗な所作でカーテシーを披露した。年齢は40歳前後だろうか。

 

「聖女様、早速始めてもよろしいでしょうか?」

「は、はい……よろしくお願いします」

「では。まず、背筋を伸ばす!顎を引いて目線は正面に!指先まで気を配りなさいませ!」

「はい!」

 

 反射的に直立不動になる私。

 

「王弟殿下の戦闘訓練を受けられたとか。なかなか指導のしがいがありそうですわね」

 

 にこりと微笑むロッテンマイヤー先生。しかし、その目は一切笑っていない。

 

「表情に感情が出すぎです。もっと慎ましやかに微笑んでください」

「は、はは……」

「なんですの、その情けない笑みは。歯は見せずに、背筋を伸ばす!」

「いたっ!?」


 背筋にビリリと電撃が走る。ロッテンマイヤー先生の指先を見ると、青白いプラズマが火花を散らしていた。

 

(ひええ――ッ!!師匠とはまた違った怖さが……!)

 

 私は早くも、地獄の予感に震え上がった。

 

 *


 ロッテンマイヤー先生の指導が始まってから約2週間後、私は学園を全速力で走り抜けていた。

 

「ユ、ユリウス様……匿って……ください……」

「ははは、ロッテンマイヤー先生かい?」

「なんで知って……」

 

 逃げ込んだ先は、大学部の特等室。そこには優雅にお茶を楽しむユリウス様と、新聞を読むシルベール様がいた。

 毎日続く指導に疲れ果てた私は、先生の目を盗んで逃げ出してきたのだ。いや、音を上げたわけではない。1日、たった1日でいい。休みが欲しかった。

 

 朝は寮まで迎えに来る先生と祈りを捧げ、昼休みは「食事のマナー」という名目で監視されながらの食事。放課後はマナーと勉学の指導が、就寝時間ギリギリまで続く。土日は丸1日付きっきりだ。

 少しでも気を抜けばパチリと電流が飛んでくるか、鋭い叱責が飛んでくる。この気の抜けない生活に、精神が削り取られていた。

 

「師匠のこと『鬼師匠』って言ってましたけど、今度は本物の『鬼』です。リリアは優しいなんて言ってましたけど、あんなの嘘だ……!」

 

 肩を抱いて震える私を、ユリウス様が宥める。

 

「まあまあ、彼女なりにヴィリちゃんのことを思って……」

「だとしても!怖すぎますよ!!どこに逃げても見つかるし!それに……ご飯のおかわりが禁止なんですよ!?もうっ……お腹が空いて……」

 

 厳しい指導も辛いが、何より「はしたない」という理由でのおかわり禁止が、私の精神にとって致命傷だった。一度堰を切った不満は止まらず、夢中になってしまった私はシルベール様の目配せに気づけなかった。

 

「もう!1日でいいからご飯を思いっきり食べたい!姿勢を気にせずゴロゴロしたい!!あの鬼め!!」

 

 とうとう吠えた私に、シルベール様が額に手を置いた。笑いを堪えた様子のユリウス様が一言。

 

「ヴィリちゃん、後ろ後ろ」

「えっ……?」


 ギギギ、と錆びついた人形のような動きで振り向くと、そこには――般若の如きツノが見える錯覚を覚えるほどの、圧倒的威圧感を放つ「鬼」……いや、先生が立っていた。

 

「ユリウス殿下とシルベール卿に向かって、なんたる言葉遣いですかっ!」

 

 パチィッ!

 

 背中に鋭い静電気が走り、思わず飛び上がる。

 

「いっ……!先生!?いつからおいでなすって!?」

「敬語がなっていませんっ!」

「いたあっ!」

「さあ、戻りますよ。今日は帝国語を学んでいただかなくては」

「せ、先生……!せめて1日だけでも休みを……!」

「そんなものはありません。なぜなら私は……」

 

 冷たく微笑む先生に、冷や汗が吹き出す。

 

「『鬼』、なのでしょう?」

 

(聞かれてた――!!)

 逃走を試みる私の首根っこを、先生がガシッと掴んだ。

 

「ユリウス様、シルベール様……!助け……」

 

 遠ざかっていく2人に必死に助けを求めるが。

 

「頑張ってね」

 

 優雅に手を振るユリウス様。

 

「シルベール様……!」

 

 最後の頼みの綱を見上げるが――彼はゆっくりと首を横に振った。

 

(終わった……)

 

 がっくりと項垂れた私は、そのままずるずると先生に引きずられていった。


 *

 

 実は、このロッテンマイヤー先生、厳しい指導を最後まで音を上げずに受けきったリリアージュを大層可愛がっており、自信を持って次期王妃に推している。

 そのため、「アレン王子を狙っている」と噂のヴィリアリナに、少しばかり……いや、かなり厳しくなっているのだが。

 自分の言動がこの「鬼」を強化させていることを、引きずられている最中の彼女はまだ知らない。

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