35話:破魔の聖剣⑥ 破魔の聖剣
グルルオオオオオオオ――!
咆哮と共に吐き出される黒炎と、大気を引き裂く尾の重撃。レベル65の中ボス『黒龍』は、巨躯を誇る地這いのトカゲのような姿をしていた。
黒炎を『聖域』で遮断し、薙ぎ払われる尾は身体強化をかけた脚で高く跳んで躱す。シルベール様が魔法で瞬時に作り出した空中足場を飛び移りながら、私は攻撃魔法を練り上げ、その背へと叩き込んだ。
黒龍が深く息を吸い込み、再度炎を吐こうとした瞬間。シルベール様がその喉元へ狙いを定めた。
――ザシュッ!!
硬い鱗の隙間を縫うような鋭い一撃。喉元を突かれた黒龍は姿勢を崩し、行き場を失った炎を自ら飲み込んで悶え苦しむ。
(今……!)
ダウン判定を喰らった敵に、すかさず猛攻を仕掛けるシルベール様に加勢し、準備していた光の槍をありったけぶつける。
しかし、これだけ連撃を叩き込んでも、削れた体力は全体のわずか5パーセントほどだった。
「硬いですね……」
一度地面に降り立ち、体勢を立て直した私たちは、黒龍に向き直る。目の前の巨龍は、さらに瞳の赤光を強めていた。
「あれの弱点はお腹です。なんとかそこを突きたいのですが」
「ああ、俺のスキルも腹を狙えと告げている」
「えっ、スキルでそこまで分かるんですか?」
「そうだ。逆になぜ腹が弱点だと知っている?」
「えっと……『神のお告げ』です!」
(まさかゲーム知識です、なんて言えないし……)
苦し紛れの設定だったが、シルベール様は納得したように頷いた。それにしても彼の『クリティカル』スキル、弱点看破までできるとは。私のゲーム知識でリードするつもりだったけれど、なかなかのチート性能だ。
「来るぞ」
怒りで地面を揺らした黒龍が、周囲をなぎ倒すように尾を振り回す。
私はシルベール様が空中に固定した氷の足場を軽快に跳ね、攻撃を回避しながら光槍を叩き込んでいく。シルベール様は懐に入り込もうと隙を伺うが、暴れる龍の猛攻がそれを許さない。
(お腹……どうにかして姿勢を崩せれば……)
ゲームでは戦闘場所である森の地形を利用して転倒させられたけれど、ここは強固な石造りの闘技場だ。しかも上が市街地である以上、大規模な地殻変動魔法は崩落のリスクが高すぎる。
思考を巡らせながら足場を飛び移っていた私は、その一瞬、集中を欠いてしまった。
ギャオアアオオオオン――!!
体力が2割ほど削られたことで、黒龍が「暴走状態」へ移行したのだ。
無差別に振り回された尾が、私が着地しようとしていた氷の足場を粉々に粉砕する。着地点を失った私の体は、重力に引かれて自由落下を始めた。
「おっ、落ちるっ……!」
「ヴィリアリナ!横だ!!」
空中で無防備な私を、黒龍は見逃さなかった。
真横から迫る巨大な尾。寸前で展開した光の壁も、暴走した龍の一撃を完全には殺しきれず、私は防御壁ごと弾き飛ばされた。
「――っゔ!あ゙……」
観客席の石壁に叩きつけられ、視界が真っ白に染まる。砕けた瓦礫が降りかかる中、反射的に自身へ回復魔法をかけ、体の無事を確認した。
(良かった……手足もちゃんと付いてる……)
ひき肉ケチャップがけになってもおかしくないような衝撃だったが、防御壁と身体強化が防いでくれたようだ。そして何より師匠の稲妻を2ヶ月間浴び続けたおかげで、これほどの衝撃を受けても意識を保てている。異世界バンザイ、特訓バンザイだ。
「ヴィリアリナ!!」
「大丈夫、生きてます!!」
シルベール様の生存確認に即座に応える。
今の私を絶好の獲物と判断した黒龍が、観客席の段差を乗り越えようと前脚をかけた。
――その瞬間を、シルベール様は見逃さなかった。
大きく露出した腹の下へ滑り込み、鋭い一閃を繰り出す。
ギャアアアアアアア――――!
黒血が舞い、龍は咆哮を上げて後ずさった。
(よし、今ので一気に削れた! ……でもこれをあと何度も繰り返すのは効率が悪い……。そうだ!)
体勢を立て直して闘技場の中央へ戻り、シルベール様の横に並び立つ。
「シルベール様、少し剣を失礼します!」
目的は彼の武器の強化。私の光属性は闇属性に対して絶大な特効を持つ。元の攻撃力が低い私ではなく、シルベール様の剣にこの属性を付与できれば――。
私は魔力を練り上げ、彼の剣身へと拡げた。淡い聖なる光が、白銀の刃を包み込んでいく。
「これは……属性の付与か?」
「効果の確証はありませんが、ものは試しです。これを使ってください!」
ついでに弱まってしまった聖域と継続回復のバフもかけ直し、シルベール様を送り出す。
「炎が来ます!!」
「ああ、任せろ!」
頭を上げ、炎を振りかぶった龍の喉元へ、シルベール様の剣先が閃く。光の属性を纏ったその一太刀は、闇を切り裂く軌跡を描いた。
ブシュッ!!
先ほどよりも深く、容易く肉を裂く手応え。黒龍の喉元からは真っ黒な血液が溢れ出した。
ギャアアアアアアア――――!!
上体を仰け反らせて悶えるドラゴン。ついに、がら空きの腹がこちらを向いた。
(今だ……!!)
懐に入り込んだシルベール様に続き、私もありったけの魔力を攻撃魔法へと変換する。
彼の剣が龍の腹を豪快に掻き捌いた。露わになった体内にすかさず攻撃魔法を叩き込むシルベール様に加勢して、私も全力の攻撃魔法を腹に向かって放つ。
ギャオオオオオオオン!!
みるみるうちに体力ゲージが赤くなり、黒龍は断末魔の咆哮と共にその巨躯を地に沈めた。
「…………や、やったー!!」
流れ込む大量の経験値に討伐完了を確認し、私は思わず両手を突き出して飛び上がった。
「師匠の特訓の成果、出ましたね!」
頷いたシルベール様も、その表情にはどこか誇らしげな色が混じっていた。
その時、黒龍の尾の先が淡く光った。その光は強さを増していき、漏れ出した光が収束して私の元へ飛んできた。
(来た……!これが……!)
両手を差し出し、光を受け止める。
光がおさまった手元に残ったのは――探し求めていた破魔の聖剣だった。
「それは……伝説の……!?」
シルベール様が目を見開く。どうやらこの世界でも有名な逸品のようだ。
私はその剣がゲームのデータと1点の曇りもなく一致していることを確認し、迷わずシルベール様へ差し出した。
「この剣、シルベール様にあげます。シルベール様が持っててください」
「なっ……!? いや、それは伝説の聖剣だ。俺などが……」
「ほとんどシルベール様が倒したようなものですし、私が持っていても宝の持ち腐れですから」
トドメの判定こそ私だったかもしれないが、ダメージの大半は彼が稼いだものだ。それに私の真の目的は「この剣で魔王を討伐する」こと。私が所有者である必要はない。
辞退しつつも、剣から目を離せない様子のシルベール様。やっぱり剣士なら、こういう格好いい武器には憧れるものだろう。
「でも、もしこの剣が必要な時が来たら……私と一緒に戦ってくれませんか?」
「それは、もちろんだ。……本当に、俺でいいのか?」
「はい! シルベール様がいいんです!」
(やった!魔王戦への参加、言質取ったり!)
私は満面の笑みで剣を押し付けた。彼は覚悟を決めたようにその場に跪くと、両手で恭しく剣を受け取った。
「拝命いたしました」
「えっ?そんな、大袈裟ですって!」
騎士のような礼を取る彼に驚き、慌てて肩を叩いて立たせる。
シルベール様は何やら複雑な表情で立ち上がると、逡巡の後、ボソリと呟いた。
「……剣を授ける意味を、知っているのか?」
しかしその声は突入してきた警備隊にかき消され、私に届くことはなかった。
「ここは包囲されている!!全員動くな!! ……な、これは一体……?」
なだれ込んできた警備隊が見たのは、観客席に倒れ伏した観客たちと、沈む黒龍、そしてその中心に立つ私たち。
「ご協力……感謝します?聖女様……?」
「はーい!」
困惑する隊員たちに、私はにこやかに手を振った。
*
「シルベール様がいいんです!」
朗らかに微笑んだ彼女の顔は、きっとこの先、忘れられないのだろう。
貴人が騎士に剣を授ける行為――それは自らの近衛騎士として叙任することを意味する。
ましてや授けられたのは、建国神話に語られる伝説の剣だ。騎士なら誰もが憧れるその剣を手にすることも夢のようだが、聖女自らの意思で「最初の騎士」に選ばれるなど、この上ない名誉であった。
だが、シルベールの胸を打ったのは、聖女の騎士に選ばれたことよりも、ただ「彼女」に選ばれたという事実だった。
(彼女は……この行為の重さを知らないのだろうな)
屈託のない笑顔で、護られることではなく「共に戦うこと」を願った彼女。
(それでも、俺がこの剣を授かったのは事実だ)
腰に差した破魔の聖剣の柄を握る。呼応するように高鳴る動悸は、聖剣への憧れか、それとも別の感情か。
彼自身も、その答えをまだ知らない。




