32話:破魔の聖剣③ 闘技場の熱狂
「こちらにいらっしゃいましたか。あまり勝手に動かれますと困りますよ、ヴィリアリナ様」
廊下に出ると、先ほどまでの悪態は何処へやら、ローブの男は揉み手をしながら、媚びるような笑みを浮かべて駆け寄ってきた。
「特に、これからお見せする区間は魔物のレベルも高い。お1人で迷い込まれでもしたら、私共の責任問題になりますからな」
男の背を追いながら、私は袖の隙間から左手首を盗み見た。そこには、シルベール様がかけた追跡魔法が具現化した、銀のブレスレットが微かに光っている。
(『身の危険を感じたら呼べ』って……どうやって??)
魔力を流せばいいのか、強く念じればいいのか。風属性を持たない私には、遠距離通信の手段がない。
(呼ばないで済むのが1番だけど……)
彼を頼らざるを得ないような、本当の「危機」に陥らないことを願いつつ、私は手首を隠すように袖を深く直した。
*
「こちらが、お得意様にのみご紹介している自慢の一匹です」
(これは……!)
檻の中で低く唸るのは、見上げるほどの巨体を誇る犬型の魔物。剥き出しの牙からは、毒々しい涎が滴っている。レベル50。中ボス『黒龍』戦の門番、小ボスであるケルベロスの1体だ。
(この魔物は3体セットのはず……残り2体はどこ?)
1体1体は今の私なら脅威ではない。だが、この魔物には「3体同時に倒さない限り、無限に蘇る」という厄介な復活ギミックがある。
「まあまあですわね!けれど、たった1匹で何ができるの? リリアージュを仕留めるには心許ないわ」
「おやおや。こいつは『倒されることがない』不死の個体なのです。どんなに強い攻撃に晒されても、最後には食らいつく。絶望を与えるには最高の一品ですよ」
(なるほど、ギミックを「不死」として売り出しているわけね)
3体同時に倒すという攻略法を知らない者にとっては、確かに悪夢のような魔物だ。感心している場合ではない。ここで満足してしまったら、目的の『黒龍』まで辿り着けない。
「リリアージュには護衛も付いているわ。レベル50が1匹では不十分よ、もっとマシなものはいないの?」
「……左様ですか。協力したいのは山々ですが、これ以上となると準備に少々……その、手間賃が……」
要するに、もっと金を出せということらしい。確かに金額の話をしていなかった。
(私に肩入れする目的はなんなんだろう……)
あまり嬉しくないファン(?)の存在に内心首を傾げつつ、私は悪役らしく傲慢に鼻で笑ってみせた。
「金ならいくらでも用意してあげるわ。それに見合うものを見せてくれるならね」
「ほう、流石は聖女様! では、実際に戦うところを見て判断していただきましょう。ちょうど今から闘技が始まります。そこに放ちましょう」
「え?ええ、まあ……」
思わぬ提案に曖昧な返事をしていると、ローブの男は檻の近くにいた男に二言三言伝え、手筈を整えてしまった。
「では、闘技場に参りましょう」
そう言ったローブの男について闘技場へ向かった。
*
石造りの重厚な扉が屈強な男によって開かれた瞬間、凄まじい衝撃が肌を打った。
ウオオオヲヲヲーーーー!!!!
地を揺らすような歓声と、正気を失った熱狂。
円形の闘技場は擂鉢状になっており、擂鉢の底にあたる広場を、血走った目をした観客たちが囲んでいる。
「いけ!!!ころせ!!!」
「ふざけるな!俺の20万が賭かってるんだ!!立て!!」
「ゔわあああああ!俺の全財産が……!」
最上段のVIPルームへ案内されると、防音魔法のおかげか轟音がスッと遠のいた。
見下ろした広場の地面は、赤黒く汚れている。そこでは剣を手に逃げ惑う人々と、飢えた魔物が無慈悲な殺戮を繰り広げていた。
(なんてことを……!)
戦わされているのはレベル20〜30程度の平民たち。魔物のレベル40に対して、あまりに無力だ。剣の振り方も戦闘魔法も見るからに初心者で、自分の身を守ることすらままならない。
「今日は生きのいい新顔が揃っております。彼らで、先ほどのケルベロスの力をお確かめください」
(人で……試すというの!?)
レベル50の「死なない魔物」を放り込めば、惨劇になるのは目に見えている。なんとか止めなければ――そう思考を巡らせた瞬間、新たな戦闘要員が広場に投入された。
(……シルベール様!?)
淀んだ空気の中で、洗練された銀髪の佇まいは異様なほど目を引いた。とりあえず、彼がいれば最悪の事態は防げそうだと胸をなでおろす。
だが、私の目に映る彼のステータスは、本来のものとは大きく異なっていた。
【名前:ラウル / レベル:40】
(ステータスの……偽装??)
潜入用の偽名だろうか。彼は入場するなり会場を冷徹に見渡し、ふと、私たちがいる個室席に視線を止めた。
(この席は外からは見えなかったはずなのに、……バレてる?)
気圧されるように視線を外すと、隣の男が「ラウル」を指さして言った。
「あの緑髪のヤツはレベル40。いいサンドバッグになるでしょう」
(緑髪??でも、シルベール様以外にレベル40の人はいない。……視覚も偽装してるんだ)
私が混乱している間に、シルベール様は瞬く間に既存の魔物を斬り伏せてしまった。あろうことか、傷ついた他の参加者の治療まで始めている。
「は、はは、思ったよりやるようですね……ただ、不死の魔物は一味違いますよ?」
多少面食らった様子の男が指示を飛ばすと、ケルベロスの1体が鎖を解かれ、広場へと躍り出た。
「グルルル――――」
猛り狂うケルベロスが、標的であるシルベール様に襲いかかる。広場はさらなる熱狂に包まれた。
「あのように、標的を指示することもできます」
男が誇らしげに胸を張る。しかし、ケルベロスの鋭い爪が空を裂くも、彼は紙一重でそれをいなし、正確な一撃を叩き込んだ。
「……やっぱり、少し物足りないのではなくって?」
私は、シルベール様が「レベル40」に扮しているのを逆手に取り、男を煽った。
リリアージュは現状レベル43、アレン王子は45。生徒会メンバーもレベル40を超えている。レベル40一人に手こずるようでは、私の「目的」には届かない。
焦った男は一度席を外し、何やら指示を出した。まもなく、2体目のケルベロスが追加で投入される。
「2体同時であれば、いかがですかな……!」
私の顔色を伺うローブの男。だが、私の頭の中は別の事でいっぱいだ。
(2体目! あと1体を同時に倒せば、ギミックは崩せる!)
私はわざとらしく立ち上がり、男に向き直った。
「いいわ、この魔物に決めましょう。……でも、せっかくだから先ほど見せていただいた『もう1体』をもう一度見せてくださる?」
「は? 今下で戦っているのが……」
「いいえ、先ほどのは両耳が垂れていたわ。 今下にいるのは片耳しか垂れていない。 別の個体よね?」
そうなのだ。3体の見分け方は「耳」にある。
左耳が垂れた個体は「回復」、右耳が垂れた個体は「防御バフ」、両耳が垂れた個体は「暴走攻撃」。
シルベール様が下の2体を引き受けてくれている今、私がバックヤードにいる3体目を仕留めれば、この無限復活のギミックを断ち切れる!
(すみません、シルベール様! 私が3体目を倒すまで、そっちの相手をお願いします!)
私はブレスレットに祈るように念じながら、残り1体の檻へ案内するよう、男を急かした。




