31話:破魔の聖剣② 最悪の誤解
「ん゙ーー!!んん゙っ!!」
必死に暴れるが、相手の拘束はびくともしない。
両手首を片手でまとめられ、壁に押し付けられる。体格からして男。
(急所を狙えば逃げる隙くらいは……!?)
蹴り上げようと足に力を込めた瞬間、耳元で低く冷徹な声が響いた。
「暴れるな。ここで何をしている」
「ん゙っ!?」
聞き覚えのある声に目線を上げると、そこにいたのはシルベール様だった。
「いくらアレンを好いているからと言って、リリアージュ嬢排除の奸策は見逃せないぞ」
(待って、今の演技を聞かれてた!? 最悪のタイミング!)
知った顔に安堵したのも束の間、彼の見下ろす視線は凍えるほどに冷たい。答え方を間違えれば、この場で処刑されてもおかしくない。そんな鋭い殺気に、背筋を冷や汗が流れる。
「|んんむっ!!むぐぐ!《待ってください!誤解です!》」
「騒がないと約束できるか?」
コクコクと必死に頷くと、ようやく口を塞いでいた手が離された。
「っ……!はぁっ!待ってください!誤解です!!」
「なにがだ。『一度で仕留める』とかなんとか聞こえたが?」
「違うんです!これには深い訳が……!」
「そうか。言い訳は後で聞く。地上に戻るぞ」
私の腕を掴み、連れ出そうとする彼を必死に引き止める。
「待ってください!ここで帰るわけには行かないんです……!ここに、『黒龍』がいるかもしれないんです……!」
「……黒龍だと? あの災害級の厄災が、こんな王都の地下に?」
シルベール様が眉を顰める。
「はい……!せめてそれを倒してからでないと、帰れません!」
正確には、その「黒龍」がドロップするアイテムが目的だが、今はそんなことはどうでもいい。リリアージュの排除が目的ではないこと、そして今ここに留まる必要性を説明できなければ、せっかく進めたストーリーが水の泡になる。
「黒龍ほどの魔物がいる気配は感じられないが?」
ドラゴン型の魔物はレベル60〜80にも達する。中でも黒龍は、人間にとって最も危険な闇属性を操る厄災だ。
「さっきの部屋、外からは魔物の気配が一切ありませんでした。恐らく、高度な隠蔽結界があるんです」
「む……確かに気配がなかったな。……しかし、なぜ黒龍がいると知っている?」
「それは……神のお告げです!」
「そんな能力があるとは初耳だが?」
「ま、まあ!聖女ですから!」
彼は依然として疑わしげだが、私は必死に食らいついた。
「それで、そのお告げを受けて倒しに来たというのか?1人で?」
「ええ、まあ……」
(闇属性は光属性が特効なのと、ゲームで弱点を知っているから来ちゃったけど……1人で挑むのは無謀だったかも。あれ、でもシルベール様がいるならアタッカーにちょうどいいのでは?)
「そういえば、シルベール様こそ何故ここへ?」
「俺は、違法薬物の流通ルートの調査に来た」
聞けば、学園で流行っている「魔法の粉」は紛い物だが、裏社会では去年から依存性のある本物の薬が爆発的に流通しているという。ユリウス殿下の密命で潜入していたらしい。しかもここでは、負債を抱えた者を戦わせる違法賭博も行われているという。
「それで魔物がこんなに……」
「今日は収容されている魔物のレベルと数の調査が目的だ。……本当に黒龍がいると言うのなら、施設関係者の捕縛時に、周辺住民の避難と騎士団の編成が必要になる」
まだ半信半疑のようだが、掴まれていた腕は解放された。
「まあいい、お前の方が魔物の数を探るには適任だろう。あの男に従って、可能な限り奥を調べろ。今日は情報収集だ。……いいか、勝手な真似はするなよ?」
勝手なことはするな、の部分に特に念がこもっていた気がする。黒龍のドロップ品は譲れないので、手を出さない約束はできないが、一先ず首を縦に振る。
「ヴィリアリナ様ー? どこにいらっしゃいますかー?……ちっ、あの我儘聖女め、どこに行った?」
廊下から悪態を付きながら私を呼ぶ男の声が近づいてくる。
「追跡の魔法をかけさせてもらう」
シルベール様が私の手首をなぞると、銀色の細いブレスレットが浮かび上がった。
「行け。身の危険を感じたら呼べ」
そう言って扉を開けた彼は、部屋の奥の闇に消えていった。




