30話:破魔の聖剣① ローブの男
週末。「魔法の粉」の流通元だという男に会うため、私は案内役の令嬢と共に王都の片隅にあるカフェを訪れていた。
「こちらですわ、ヴィリアリナ様」
案内されたのは、一見すると何の変哲もない隠れ家風のカフェ。しかし、令嬢が店員に秘めやかな合言葉を告げると、私たちは客席の脇にある隠し階段から地下へと通された。
地下に踏み入ると雰囲気は一転、そこは、薄暗い空間にフードや仮面で顔を隠した者たちが集う、危険な怪しさを孕んだ場所だった。
(カフェの地下にこんなところが……?)
急変した空気にキョロキョロと辺りを見渡すと、場違いな新顔である私に向け、ピリピリと肌を刺すような視線が突き刺さる。案内役の令嬢はそれを意にも介さず、突き当たりの重厚な扉の前で足を止めた。
「この中で貴女をお待ちですわ」
ノックして中へ入るよう促される。てっきり彼女も一緒に入るものだと思っていたが、私が一歩踏み込んだ瞬間、背後で扉が非情に閉じられた。
「え?ちょっと……!入らないんですか!?」
閉ざされた扉に向かって声を上げるが、返事はない。代わりに、部屋の奥の暗がりから、媚びるような音色を含んだ声が響いた。
「これはこれは聖女様。ようこそおいでくださいました!」
「!?」
驚いて振り返ると、深くフードを被った男が揉み手をしながら近づいてくる。
「あなたが『魔法の粉』を私に送ったのですか?」
「魔法の粉……?ああ、あれはそういう名前で呼ばれているのですね。そうです、私が手配させていただきました。お気に召していただけましたか?」
「なぜ私に?」
「ヴィリアリナ様こそ、未来の王妃様に相応しい。そう信じておりますゆえ」
男は口の片端を引き上げ、壁際のカーテンを開いた。そこには、さらに奥へと続く隠し扉があった。
「他にも、貴女様のお役に立てる『手段』を豊富に揃えております。まずはご覧ください」
開けた扉の向こうから、土と埃、そして生き物の排泄物が混ざり合ったような淀んだ臭いが漂ってくる。
「……見せていただこうじゃないの」
私は覚悟を決めて、その暗がりへ足を踏み入れた。
*
男から渡されたローブを深く被り、迷路のような地下道を歩く。
(王都の地下に、こんな場所があったなんて……)
かれこれ10分は歩いただろうか。分かれ道の先からは、断末魔の叫びや、魔物の唸り声、そして——重苦しい鎖の音が響いてくる。
「ほら!さっさと歩け負け犬が!!」
ピシャッ! と鋭い鞭の音が響く。
見れば、鎖に繋がれた男たちが泥を這うようにして引き摺られていた。その瞳には、一欠片の生気も宿っていない。
「あの方達は……?」
「ああ、あれですか。代金が払えず身売りした者か、賭博で負けたカスどもですよ。ご所望でしたら、何体か差し上げましょうか?」
「い、いえ……結構ですわ」
(奴隷……?この世界にそんな設定があったなんて……)
破魔の聖剣を手に入れるべく中ボスの手がかりを探しに来たはずが、思ったより凄惨な裏の世界に来てしまった。
すくみそうになる足を必死に抑え、私は「悪役」としての仮面が剥がれないよう歩を進める。
「政敵の排除が目的でしたら……人攫い、暗殺、あるいは魔物に襲わせるなど。手段は選べますが、いかがしましょう?」
「そうね、魔物がいいわ。人では足がつきそうだもの」
「お目が高い。魔物こそ、最も安価で事故を装いやすい」
男がいくつもの鍵をガチャガチャと鳴らし、1つの扉を開いた。
そこには、レベル40前後の魔物がひしめき合っていた。騎士団の精鋭ならば単独で討伐できる強さだが、市街地に出れば一般人の被害は免れない。
(……おかしい。扉が開くまで、気配が全くなかった……)
魔物と対峙すれば、ヒリヒリと肌を刺すような危機を本能が感じ取るはずだ。レベル40は今の私のレベル(53)なら問題なく討伐できる相手だが、この至近距離で、扉を開けるまで一切の殺気を感じ取れないなんてあり得ない。この部屋自体に、高度な隠蔽魔法がかかっている。
(この技術で、王都まで魔物を持ち込んだのね……)
隠蔽のカラクリを探ろうと部屋を見回す私に、男が魔物を勧めてくる。
「このオオカミ型は夜襲に、こちらの鳥型は空中からの急襲に適しております」
それらは、破魔の聖剣をドロップする中ボス戦の「前座」として現れた魔物とそっくりだった。やはり、こいつが悪役に魔物を融通していた元凶で間違いない。
聖剣に繋がる確かな手がかりを掴み、鼓動が速まる。その時——。
《モット強力な魔物はイマセンノ??一度デ仕留められなければ意味ガナクッテヨ!》
「っ……!」
再び、脳内にあの機械的な声が走る。
(分かった……!分かったから!演じればいいんでしょう!?)
私はこめかみの激痛を抑え、脳内に強制されたセリフをなぞった。
「もっと強力な魔物はいませんの??一度で仕留められなければ意味がなくってよ!」
ふんっ!と鼻を鳴らすように腕を組み、傲慢に上体を起こして見せる。すると、この名演技に満足したのか、脳内の声は嘘のように消えていった。
「ほう……。では、とっておきのお得意様にしか見せない『特別』なものをご紹介しましょう」
男はさらに奥の鍵を取りに行くと言い残し、私を廊下に残して姿を消した。その直後。
「――んむっ!?」
背後から突如、口元を力強く覆われた。そのまま隣の空き部屋へと、強引に引き摺り込まれてしまった。




