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悪役令嬢がいじめてこないのでストーリーが進まない! 〜もしかして私は、悪役令嬢がヒロインの物語で断罪される元ヒロインですか!?〜  作者: うみの もずく
この世界のヒロインは

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23話:聖女の初陣⑤ 傷だらけの英雄

「失礼します」

 

 ノックをして中に入ると、そこには案の定、独りで包帯を巻き直しているシルベール様がいた。腕の傷が開いたのか、白い布がじわじわと赤く染まっていく。

 シルベール様は私の顔を見ると、驚いたように手を止めた。

 

「貴族隊へ戻ったのではなかったのか……。傭兵隊の治療に加わってくれたこと、感謝する」

 

 彼は胸に手を当て、軍人らしく毅然と頭を下げる。

 道中、彼が処置した患者を何人も見た。魔力消費を抑えつつも、跡が残らないよう実に丁寧に手当てされていた。隊員を救うために力を尽くし、自分の傷は最低限の止血だけで後回しにしたのだろう。

 そのせいで、屈指の実力者であるはずの彼自身の腕の傷は今も塞がらないまま放置されていた。

 

「当たり前のことをしたまでです。それより……」

 

 私は滲みゆく赤い血を指さした。

 

「治療をさせてください」

「いや。魔力が回復したら自分でやる。疲れただろう、これ以上魔力を使う必要はない」

 

(もう! なんで自分のことはそうやって!)

 騎士魔導部では徹底的に「無傷で戻る方法」を叩き込んだはずの彼の戦い方は、まるで自分から傷を負いにいっているようだった。

 私は許可を得ることを諦め、ツカツカとシルベール様に詰め寄った。戸惑う彼を無視して、その腕に直接触れて魔力を流し込む。

 

「おい……」

 

 咎めるような声を無視し、高純度の回復魔法を注ぐ。見る間に傷が塞がり、赤黒い傷口が滑らかな肌へと戻っていく。

 

「よし。次は背中です。脱いでください」

「……はっ!?」

「私たちを庇った時、背中で受けましたよね。残りの魔力的に服の上からでは厳しいので、脱いでください」

「いや、あれは止血が済んでいるから問題ない。大事ないと言っている」

「分かりました。ではこのまま全力を尽くします。もし私が魔力切れで倒れたら、帰りの馬車に詰め込んでくださいね」

 

 半分脅し、半分本気だった。魔力回復薬は使い切ってしまった。直接触れられないのであれば魔力効率は落ちる。

 

 背中に回ろうとした私を、彼は困ったように片手で制した。

 

「……分かった。分かったから、そう意地を張るな」

 

 ――観念した彼がゆっくりと上半身を露わにした。

 

(これは……)

 息を呑んだ。背中には、最低限の止血だけを施した生々しい爪痕が横たわっていた。だが、それ以上に私の目を奪ったのは、その周囲に広がる無数の古傷だった。

 切り傷、刺し傷、火傷の跡まで、複雑に絡み合う新旧の傷跡が、彼の背中を埋め尽くしている。

 私は震えそうになる指先を抑え、跡が残らないよう祈りを込めて、丁寧に処置を始めた。

 

「……なんで、攻撃を避けなかったんですか。シルベール様なら避けられたはずです」

「……俺が避けたら、後ろに当たる」

「せめて防御壁を張って……」

「防御壁は、剣が届かない範囲に張った」

「なんで、そんな無茶な戦い方を……」

「回復魔法も使えるし、致命傷は避けている。それに俺は……死」

 

(これ以上は言わせない)

 自分自身を蔑む言葉が続く予感に、私は無理やり言葉を被せた。

 

「私たちには怪我をしない戦い方を叩き込んだじゃないですか!」

「それは……怪我をしたら、悲しむ者がいるだろう」


 まるで、自分にはそんな人は一人もいない、と断じるような静かな口ぶり。

 そのあまりに低い自己評価に、胸が締め付けられる。

 

「シルベール様が怪我をしても悲しむ人はいます!それに、こんな大怪我、痛いじゃないですか……!」

 

 水属性の回復魔法では治しきれなかったであろう古い傷跡は、彼の捨て身の戦い方を物語っていた。私はその古傷も1つひとつなぞるように治療していく。

 

「いいんだ。これくらいは、慣れている」

「慣れてるからって、痛みを感じない訳じゃないでしょう……!」

 

 見える傷も見えない傷も、どれほどの苦しみを、痛みを、彼は独りで飲み込んできたのだろう。目に見える傷は治せても、心の傷跡までは癒せない。

 気づけば、視界が滲んでいた。泣きたいのは彼のはずなのに。あまりの悔しさと悲しさで、堪えきれなかった涙が決壊して頬を伝った。


 *

 

(痛み……。そうか……俺は、痛かったのか)

 

 呪いをかけられた日々の孤独、人々からの恐怖に満ちた視線、仲間の代わりに受けて来た傷。

 感じないように、麻痺させてきたはずの痛みに、今更になって気づかされる。

 治療しても無駄だと切り捨てられた時も。死に損ないと言われた時も。本当は痛かった。そして、誰よりも悲しかったのだと。

 

 ぽたっ、と背中に落ちる熱い雫を感じ、反射的に振り返ると、ヴィリアリナが泣いていた。

 

「魔力切れか!? どこか痛むのか!?」

 

 やはり無理をさせてしまったかと慌てて問う。

 

「……すみません、大丈夫です。泣くのは私の役目じゃないのに。ただ……悔しくて……!」

 

 彼女は腕でゴシゴシと乱暴に目元をこすり、顔を上げた。

 

「私、どんな呪いも、どんな怪我も治します。シルベール様を、絶対に死なせませんから……!」

 

 真っ赤な目で、しかし真っ直ぐな瞳で宣言する彼女。その強い光を宿した眼差しに、ドクンと心臓が跳ねた。

 

(なんだ……?)

 これまでに感じたことのない、胸の奥を締め付けるような違和感。胸を抑えると、「痛みますか!?」とヴィリアリナが慌てて手を伸ばしてきた。胸に傷は負っていない。彼女の白い手を優しく制して、わずかに目を逸らした。

 

「いや……問題ない。大丈夫だ」

「では、背中の続きをしますね」

「ああ……。ありがとう」

 

 彼女は再び背中に回り、温かな光を流し込んでいく。

 その温もりは、凍えていた心にじんわりと広がっていった。


 *

 

 古傷のほとんどが癒え、残るはあと一つになった時、私の手が止まった。

 

(あれ? これは……アザ?)

 右の腰の低い位置に、模様のような不思議な形をしたアザがあった。

 そこへ指を触れようとした瞬間、シルベール様がそっとそのアザを隠すように手を重ねた。

 

「それは……そのままでいい」

「……? 治さなくていいんですか?」

「ああ。このままがいいんだ……」


 どこか遠い日を愛おしむような、穏やかながらも切ない声。

 私は、そのアザだけを大切に残して魔法を解いた。

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