20話:聖女の初陣② 死神と呼ばれた男
出撃前の最終確認のため、各隊の隊長が本部の会議室に集まっていた。
私も「聖女」という重要ポジションとして同席を許されている。
そこで私に告げられたのは、最も安全とされる「貴族隊」への配属だった。
出撃準備に向けて、少し部屋で待機するように言われ、部屋を出ていく各隊長達の背中を見送る。
最後に残ったシルベール様が、扉の前でふと思いたったように足を止め、こちらを振り返った。
「……先ほどの『聖域』は、闇属性の魔法を打ち消す効果があるんだろう?」
「ええ、その予定です」
「……もし、聖域の内側から闇属性が放たれたとしたら、どうなる?」
「内側からですか……?実は実戦で使うのは初めてで、詳しい効果が分からないんです。なので……あまり過信せず、攻撃はしっかり避けてくださいね」
魔物とは試練の間でしか戦っていないし、その時は聖属性の使用を禁じられていた。理論は完璧でも、実地でのデータが圧倒的に足りないのだ。
「そうか……」
期待が外れたのか、彼はわずかに肩を落としたように見えた。最近、訓練で接する時間が増えたせいか、わずかながら彼の感情の揺らぎが読み取れるようになってきた気がする。
「気になるなら、今度小型の魔物を捕まえて実験してみましょうか?」
「いや、そこまではしなくていい」
「そうですか?」
シルベール様が何かに興味を持つなんて珍しい。あとでこっそり検証してみようと思っていると、扉の向こうの気配を察して、彼が短く呟いた。
「迎えが来たようだな」
そう言って部屋を出ていったシルベール様とほぼ入れ違いでゾロゾロと入って来たのは、控室で私を取り囲んだ「取り巻き」たちだった。
リーダー格の男性が、青い顔をして私に駆け寄ってきた。
「今出ていったのは『死神』……!聖女様、ご無事ですか!?」
「え?死神……??シルベール様のことですか?」
二つ名が付いてるなんて、やっぱり強キャラなんだなぁ。なんて呑気に考えていた私に、彼は深刻な顔で告げた。
「ご存知なかったのですか……! あの男は呪われており、悍ましい闇属性を操るのです。魔物と同類の、忌むべき力を!」
「闇属性を……?」
魔法では死なない設定のあるこの世界で、唯一人を殺せる属性が闇属性だ。
(魔物しか使えないと思っていたけど、まさか使える人が居たなんて……!)
ゲーム版では高額の課金カスタマイズでしか解放されない隠し属性で、その攻撃力は全属性中トップ。
(それこそ、一度も死なずに魔王戦をクリアできるほどの超火力。動画で見たけど、他属性の1.5倍は叩き出してたはず……)
当時高校生だった私たちにはとても手が出せなかった「憧れの最強属性」を持ってる人が、こんなに近くにいたなんて。
(ますます、シルベール様のスカウトを成功させないと!!)
私の脳内で彼の重要度がどんどん上がっていくのを尻目に、取り巻きたちの誹謗中傷は止まらない。
「呪いで死ぬはずが、ある日突然『解けた』と言って戻ってきたのです! 不気味極まりない!」
「聖女リリアージュ様にも解けなかった呪いが解ける訳ないだろう!」
「悪魔に魂を売ったか、奴自身が入れ替わった死神か……。聖女様、決して近づいてはなりませんぞ! 呪いが感染ります!」
(……はあ?魔王戦のメインアタッカーの予定なんですけど??)
世界を救う(予定)の男になんと心無い物言いか。
彼らの瞳には未知への恐怖と、異質なものを排除しようとする歪んだ正義が宿っている。
シルベール様から呪いの気配なんて微塵も感じない。誰が解いたかは知らないが、あの魔力は純粋に磨き上げられた一級品だ。
闇属性の真の価値を知っているのは私だけでいい。ただ、事実だけは釘を刺しておくことにした。
「……シルベール様から呪いの気配はしません。感染ることなどないでしょう」
「呪いを隠して聖女様に近づくなんて……!やはりもっと忠告を広めねば……!」
(あ、ダメだこれ。話が通じないタイプだ……)
自分の信じたいことしか聞こえない彼らに呆れているうちに、出撃の刻限がやってきた。
*
貴族隊の担当区域は、レベル20程度の魔物しか現れない安全圏だった。
レベル50前後の成人貴族たちなら、欠伸をしながらでも対処できる相手だ。私は念のため周囲に『聖域』を展開し、闇属性ダメージの無効化を確認しながら戦況を見守っていた。
取り巻きにガチガチにガードされた私は、攻撃に参加する機会もなく、正直退屈し始めていたのだが——。
撤収の合図が鳴ろうとしたその時。
鼓膜を激しく震わせる咆哮と共に、空を裂いて「それ」が飛来した。
「ワイバーンだ!!」
「レベル60だと!? なぜこんな場所に……っ」
貴族たちの顔から一瞬で血の気が引く。本来この区域にいるはずのない高レベルの個体だ。
ワイバーンが黒い炎を吹き下ろす。聖域が闇の炎を相殺するが、物理的な衝撃までは防ぎきれず、陣形がバラバラに崩れた。
「ひっ……助けてくれ!」
「待て!陣形を崩すな!」
パニックに陥る現場。何かを探すように空を滑空していた3体のうち1体が、私を標的に定め急降下してきた。
(まずい、光の壁を……! でも『聖域』の維持に魔力を割きすぎてて、強度が足りない!)
衝撃を覚悟し、ぎゅっと目を閉じた瞬間。
大きな影が、私の前に割り込んだ。
――ガギィィィィィィィンッ!!
耳を突き刺す金属音が響く。
「無事か!」
「シルベール様!?」
間に割り込んだのは、別部隊のはずの彼だった。
人の頭より大きいワイバーンの爪を剣と背中で受け止め、そのまま流れるような動作で怪物の剛脚を叩き斬る。
けれど、こちらに向けた背中には生々しい爪の跡が刻まれていた。
「背中……!血がっ……!」
「聖域を解くな!」
咄嗟に範囲魔法を解除して回復に回ろうとした私を、彼の鋭い一喝が止めた。
「でも……!」
「貴族隊の撤退が済んでない、ここから離れたら聖域は何分持つ?」
「この規模を維持したままだと、10分程度が限界です……」
「10分あれば充分だ、撤退しろ!」
「私も戦えます!治療させてください!」
「ダメだ!本陣へ戻れ。……これは『隊長命令』だ」
そう言い放つなり、彼は風の魔法で、私と腰を抜かしていた取り巻きたちを強引に後方へ送った。
「待ってください! その怪我で戦うなんて——!」
必死の叫びも、彼の耳には届かない。
(せめて聖域だけは……!)
私はありったけの魔力を絞り出し、彼が戦うこの場所に『聖域』を固定した。
遠ざかる視界の中、彼は再び黒い炎の渦へと飛び込んでいった。
ワイバーンの攻撃を避けようともせず、ただ最短距離で敵を刈り取りに行く戦い方。
(なんで……あんな……自分を粗末にするような戦い方を……っ)
私たちに「絶対に死なない立ち回り」を叩き込んだはずの彼が、今、一番死に近い場所で、守りを捨てて剣を振っている。
何もできない無力感に苛まれながらも、私はただ、傷だらけになっていくシルベール様の後ろ姿を見つめていることしかできなかった。




