21話:聖女の初陣③ 逆鱗
本陣に引きあげた私は、ひっきりなしに運び込まれる負傷者の治療に追われていた。
魔物に立ち向かった名誉の負傷から、逃走中に転んだだけの擦り傷まで、大小さまざまな傷をまとめて範囲回復で癒やしていく。
「おお、一度にこれほどの人数を……! さすが聖女様だ!」
驚嘆の声を上げる隊員たちを横目に、私の頭からはここにいる誰よりも重傷だったシルベール様の背中が離れない。
聖女様の功績を報告する、と言って半ば強制的に作戦室へ連れて行かれた私は、そこで現在の戦況を耳にした。
「魔物は掃討できましたが、傭兵隊の被害が深刻です」
「なぜ、事前にワイバーンの接近を察知できなかった?」
「探知をすり抜ける特殊な個体だったようで……。持ち場を片付けた傭兵隊が異変に気付き対処しましたが、全隊での移動は間に合わず、戦力が分散したのが痛手となりました」
(シルベール様の隊だ……!すぐに治療に行かないと!)
一刻も早く、恩人達を助けに行かなければ。そう決意した時、部屋の主たちと目が合った。
「シルベール総隊長閣下、聖女様をお連れしました」
案内役の貴族が恭しく頭を下げる。
私もそれにならい、静かにカーテシーを捧げた。
「聖女殿、ワイバーンの被害を最小に食い止めたと聞く。見事であった。褒美を考えておくように」
総大将であるシルベール公爵の言葉に、私は間髪入れず、今まさに「欲しいもの」を答えた。
「恐縮です、総隊長閣下。では……魔力回復薬の支給と、貴族隊を離れる許可をいただきたく存じます」
「貴族隊を?何のためだ」
困惑する公爵の目を、私は真っ直ぐに見据えて言い切った。
「傭兵隊の救護に参加させてください」
――ざわり、と空気が揺れた。
「聖女様。あのような連中に、貴方の貴重な魔力を割く必要はございません。放っておけばよろしい」
その言葉の主は、先ほどその傭兵隊に命を救われたはずの貴族だった。
聖女の奇跡を平民の傭兵に使うなど勿体ない、と彼は平然と言ってのける。ならば、と私は言葉を返した。
「傭兵隊には……公爵令息であるシルベール様もいらっしゃるではありませんか」
これで黙るかと思ったが、現実はむしろ逆だった。
「あのような死神に、聖女の力などそれこそ不釣り合いだ!」
「ハハッ、闇属性の魔力に反応して、治療どころか消滅してしまうのではありませんか?」
(なんで……あなた達はそのシルベール様に守られたくせに、そんなことが言えるの……?)
怒りで視界が小刻みに震える。
さらに信じがたいことに、父親であるはずのシルベール公爵は、息子を侮辱する言葉を止めもせず、無関心に地図を見つめているだけだった。
「どうか許可を」短く突き放すように言おうとした私の耳に、聞き捨てならない言葉が飛び込んできた。
「あの死に損ないめ、呪いと共にあのまま消えていればよかったものを……」
――ぷつん、と。
頭の中で、何かが弾ける音がした。聖女に解けなかった未知の呪いがそんなに恐ろしいか。
今まさに命を救われた「事実」を無視するほどに、その偏見は重いのか。
(彼は魔王戦で絶対に必要!死なれてたまりますか!)
「シルベール公爵令息は、死にません」
気づいた時には、指揮官たちの前で一歩踏み出し、啖呵を切っていた。
「いいえ、私が死なせません!!」
凍り付いた室内の空気に放った言葉が与えた衝撃を知る。
しかし、その言葉を飲み込むつもりは、毛頭なかった。




