13話:学園生活の天敵
魅了による断罪を回避し、晴れて平和な学園生活を送るはずの私は、今、自分で蒔いた種に悩まされていた。
「ヴィリアリナさんは、アレン王子が好きなのよね!」
「あ、あはは……」
好きと言った覚えはない。「推し」を聞かれて答えただけだが、人の噂話は尾ひれがつくものだ。
まあ、そう取られるように仕向けていたのも事実。自業自得だ。
そのせいか、私はここ最近、なぜか私を応援するという少数派の生徒によく絡まれていた。
「リリアージュ様とお2人で王子の伴侶になられるのかしら?」
「いやぁ、そんな、あの2人の間に割って入る気は……」
「そうですわね。聖女を娶った王族は側室を取らないのが慣わしですものね」
この国では重婚が認められている。高位貴族や王族ともなれば、世継ぎのために側室を取るのが通例だ。
しかし、聖女を伴侶に迎えた場合は、側室を取らないのが暗黙の了解となっている。聖女は異世界からしか来ないと言うので、重婚に抵抗があるからだろうか。
「では、リリアージュ様がいなくなれば………なんて思うことはありませんこと?」
「……え?そんなこと思うわけないじゃないですか」
(何を物騒なことを……!?)
ゾッとした。そんなことをしても王子の心がこちらを向くはずもないし、何よりリリアは私の大事な友達だ。
せっかく魅了による断罪を回避したばかりだと言うのに、これでは新たな断罪ルートまっしぐらではないか。
それに、聖女を排除しようなんて命知らずな発言を、誰が聞いてるかもわからない学園でするなんて……
どこか薄気味悪い違和感を覚えたものの、その違和感は授業開始のチャイムと共に教室に入ってきた先生の一言で、彼方まで吹き飛ばされた。
*
「え゙っ、中間テスト……?」
高らかに告げられたのは、2週間後から始まる3日間のテスト日程。
今日から部活などは停止し、全学年が試験準備期間に入るという。
「ええ!? あと2週間でテスト?!」
「そうだよ。もー! アリナちゃん、今更何言ってるの!」
隣の席でカレンが呆れた様子でため息をつく。
最近は魔王討伐や断罪回避のシミュレーションに夢中で、授業が上の空だったかもしれない。
(そうだ、ここは学校だった……。)
乙女ゲームの世界とはいえ、忠実に「学園生活」の設定を守る世界に歯噛みしつつ、2週間後のテストに向けて科目を整理する。
(王国語は……日本語だから大丈夫。数学も前世で履修済み、問題なし。実技もレベル的に余裕。問題は……)
前世で一切予習していない科目に思いを巡らす。
(帝国語と歴史、そしてマナーだ……)
これらは一からの学習になる。特にマナーは、私のガサツな性格的に、一番の天敵だった。
「カレン……お願い! ノート見せて! 代わりに魔法の実技教えるから……!」
「えー? しょうがないなぁ」
「ありがとう! カレン様!」
「もう、調子いいんだから」
一応は聖女として、赤点で張り出されるわけにはいかない。私は休み時間のたびに、カレンに借りたノートを必死に書き写した。
*
範囲は分かった。問題は勉強方法だ。
マナーと語学といえば、1人心当たりがある。私はその人に泣きついた。
「リリア様! テスト対策に付き合ってください!」
「? もちろんよ」
放課後、一目散に生徒会に向かった私は、お目当ての「先生」に頼み込む。
お泊まり会以来、私たちは呼び捨て・敬語なしの間柄だが、教えを請う今はあえての「リリア様」である。
「やったー! ありがとう!」
強力な講師にひしとしがみつく私。
「あ、でも、リリアの勉強の邪魔にならないかな……?」
多忙な彼女の時間を奪うのは忍びない。そう断りを入れると、彼女はにこっと微笑んだ。
「私は大丈夫よ」
「俺たちは家庭教師に一通り教わっているからね。学園の授業は復習みたいなものなんだ」
横からライオス様が補足する。なんでも公爵家の子息たちは入学前に全範囲を履修済みで、学園には将来の人脈作りに来ている面が大きいのだという。さすがエリート、格が違う。
「せっかくだし、みんなでアリナちゃんに勉強を教えてあげる、っていうのはどうかな?」
ライオス様の提案に、リリアもパッと表情を明るくした。
「そうね!私が来られない日は、他のみんなにお願いしましょう!」
「いいんでしょうか! 是非お願いします!」
こうして、超豪華な講師陣を得た私の、2週間の猛勉強が始まった。
*
「うん、基本的には悪くないね。問題はやっぱり、帝国語と歴史かな」
実力試しのミニテストを見て、ライオス様が呟く。
「帝国語はいいとして……なんで歴史がこんなに壊滅的なの?」
「うっ……」
言いたいことは分かる。ここは聖女が興した国で、私はその聖女。普通は興味があるはずだ。しかし転移者の私は、子供でも知っている「建国物語」すら知らなかった。
「初代聖女様の名前も知らないなんて……今まで何をしていたの?」
「えっと……」
(裏山の『試練の間』でレベル上げを……)
なんて言えるはずもなく、私は縮こまった。
「まあまあ、伸び代ってことだよ!」
萌え袖を揺らすハルト様がフォローしてくれる。
「よし、今日は歴史から行こうか」
「……よろしくお願いします!」
ライオス様の提案に力強く頷き、私はペンを握り直した。
*
別の日。今日はジーク様が講師を請け負ってくれる手はずだった。
(マナーを見てもらおうかな。あ、でもジーク様なら実技のコツも……)
期待に胸を膨らませて扉を開けると――。
「……シルベール様?」
そこにいたのは、兄の方のシルベール様だった。
(シルベール様……ちょっと怖いんだよね……)
感情の起伏が少なく、威圧感のある彼に、私は少し苦手意識を持っていた。
「えっと……すみません、お1人ですか?」
「今日は他の者は都合がつかないそうだ」
(…今日は帰って自習かな)
「そうですか……では、失礼しま――」
「昨日の内容はハルトから引き継いでいる。今日は歴史と帝国語だ」
言いかけた言葉を、無言の圧力で遮られた。
逃げ道はない。私は覚悟を決めて、彼と向かい合った。
*
(……え、分かりやすい。シルベール様、教えるの上手すぎ……!)
普段無口なのが嘘のように、彼の説明は的確だった。要点を端的にまとめ、私が少しでも詰まると、すぐに噛み砕いて説明し直してくれる。
カタカナばかりで覚えづらかった聖女の人名は、「こっちの方が馴染みがあるだろう」と、漢字を併記したメモまで作ってくれた。
(漢字なんてただの記号に見えるはずなのに、そんなことまで知ってるの……?)
その博識さと意外な配慮に驚く。
「うん、ここまでできれば問題ないだろう」
振り返りテストで満点を取った私に、シルベール様が淡々と、けれどどこか満足げに頷く。
「ありがとうございました! すごく分かりやすかったです!」
感動して礼を言うと、彼は一瞬だけ目元を緩めた――気がした。
コツを掴んで勉強が楽しくなってきた私は、その夜、カレンと共に最後の一踏ん張りを続けた。




