表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/19

第3話-②


 ピッという電子音に続いて、ガコンという落下音が響く。

 俺は、自販機からペットボトルの水を取り出した。


「お姉さん、これっ」


 ペットボトルのキャップを開けて、手渡す。

 するとお姉さんは、ごくごくと勢いよく飲み始めた。

 半分ほど飲んだところで「ぷはーっ!」と声をあげ、キャップを閉める。


「いやー、助かったのだよ! ふっかーつ!!」


「やっと止まりましたね。よかったよかった……」


 俺はほっと胸を撫で下ろす。

 忘れそうになるけど、お姉さんだって入院中の患者だ。ちゃんと気にかけてないとダメだな。

 ……まあ俺も患者なんだけども。


「よーし、あとは適当に飲み物を買って病院内を歩き回るのだよ! あ、それポチポチっと」


 次々とお金を入れて、飲み物を買うお姉さん。それは良いのだが……。


「俺、本当に怒られないんすかね?」


「大丈夫なのだよ、ついさっき看護師に言っておいたでしょっ?」


「いや、そうですけども……」


 この自販機にたどり着く前、病室から外に出た瞬間に看護師から「どこに行かれるんですか?!」なんて具合で問い詰められた。

 だけどお姉さんが看護師に話をしてくれて、俺の行動制限はなくなったみたいだ。


 でも、その時のお姉さんはどこか怖かった。

 いつもみたいに笑っているのに、目だけ冷たくてちっとも笑ってないっていうかなんというか。

 そういや前にも、そんな顔をしていた時があったような。

 確か……迷子のガキを探してた時に――


『それは看護師達に任せておけばいい。さっきの放送で、あの坊やの捜索も始まったようなのだよ。対応が遅いがね』


 階段で見せたあの顔だ。

 あの時は俺も精一杯で気にしていなかったが、今思い返すとあの時の顔みたいだった。


 もしかして……看護師が嫌いなのか?

 とはいえ、そんなことを真正面から聞くほど俺もバカじゃねえ。

 触れない方がいいところは、そっとしておこう。


「よーし、じゃあ出発なのだね! 荷物は任せたのだよ。ほいっ」


「えっ、こんなに買って……重っ!!」


 渡された大きめの袋は、予想以上に重かった。

 ジュース買いすぎだろ! てかいつの間にお菓子まで入ってるんだ!?

 抜かりねえな、この人は……。


「とりあえず病院内をゆっくり歩くのだよ。さぁ、いこっ?」


 そう言うと、お姉さんは手を出してくる。なんだ? 荷物でも持ってくれんのか?


「何してるのだね、手だよ! せっかくデートなんだから手を繋ぎたいだろう?」


「……はぁっ!?」


 百歩譲ってデートはまぁいい。手を繋ぐのは違う。友達だろ!?


「なぁに? 年上美人お姉さんとおてて繋ぐのがそんなに緊張するのかな〜??」


 目を細めて、クスクスと聞こえてきそうな悪い笑顔をしてきた。この人は本当に……!

 いい加減、やられっぱなしなのも癪だぜ。

 やってやろうじゃねえかよ。


「……ひぇっ!?」


 俺は差し出された手を、ゆっくりと優しく握る。

 お姉さんは不意を突かれたような声を出した。

 ふふ、いいぞ。この調子だ。そしてすかさず追い討ちだ!


「緊張するけど、お姉さんと手を繋げるなら嬉しい限りだぜ?」


 ない知恵を絞ってありったけのキメ顔をかましてみた。

 イメージ的には、テレビに出てるアイドルとかあそこらへんを。

 ついでに、できるだけかっこよさげな声で。


 さてさて、お姉さんの反応はどうかな。


「ぅ……」


 お姉さんは、縮こまって静かになっていた。

 しかもリンゴみたいに、頬を真っ赤にしている。

 こりゃいい感じじゃねえか。


「おやぁ? お姉さんどうしたんですか? 緊張しちゃってます??」


 こんなチャンス滅多にねえと思い、軽く煽ってみた。

 いつもの仕返しと思えばかわいいもんさ。ははっ。


「……ぁ」


 するとお姉さんは、聞き逃しそうになるほどの小さい声を出す。


「……タイヨウ君の手、おっきくてごつごつしてるのだね。おっ、男の子のおててなのだね。へへっ」


 めちゃくちゃ意識してるじゃねえか。

 ふっ、これで俺の勝ちだな――と思ったのも束の間だ。


「お姉さんの手だって、小さくてあったかくて、とても綺麗で……」


 反射的に、俺も口に出していた。

 一度意識してしまえば、俺も気になってしまう。

 強く握ったら壊れてしまいそうな、ガラス細工みたいな手。

 なのに肌はすべすべで、やわらかくて、それに触れてるって考えたら、今更こっちまで緊張してきた。


「……うぅ」


「あっ……そのっ……」


 二人して顔を真っ赤にしたまま、静寂の時間が訪れる。

 そして最初に口を開いたのはお姉さんだった。


「……いこっか」


「……はい」


 返事をして、俺たちはゆっくり歩き始める。

 まるで付き合いたての学生カップルのような雰囲気だった。


 こうして病院内デートがやっとスタートした。

 引き分けくらいに持ち込めたかなって思ったけど、結局こっちもドキドキしてしまったから俺の負けだ。

 でも、なんだろうか。

 今までのドキドキと、このドキドキはどこかはっきり違う気がした。



***



「いや〜、のどかなのだよ〜」


 お姉さんは、ひなたぼっこ中の犬みたいに目を細めている。

 俺たちは、病院の外にある中庭に来ていた。

 様々な植物が植えられ、綺麗に手入れされている。

 そういや、俺がお姉さんに持って行った花を見つけたのもこの中庭だ。


 今はそこにある木製のベンチに、二人で腰をかけている。

 ……お姉さんが、俺の肩に頭を預けながら。


「のどかなのはいいんすけど、そんなに俺の肩に寄りかかるの好きなんすか……?」


「にへへ〜、いい感じの高さだからね〜」


「まぁ、いいけど……」


 ベンチだから二人で横に並ぶのはいいけど、相変わらずの距離感にはもう諦めていた。

 けどすぐ横にお姉さんの頭があるので、ふわふわする甘い匂いから逃げられない。

 おかげで、お姉さんをイヤでも意識してしまうのが悔しい。


「さてさて、のんびりとタイヨウ君の進路相談を始めようじゃないか」


 お姉さんは飲み物とお菓子を詰め込んだ袋からポテチを取り出し、袋を開けた。


「やっぱりうす塩味が至高なのだよ。もぐもぐ」


 ぱりぱりと軽い音を立てて食べ始める。

 本当によく食うな、この人……。


「んー……進路って言われても、やっぱわかんねえっすよ。やりたい事なんて、考えたこともないし」


「そりゃそうなのだよ。やりたい事がぴしっと決まってる人の方が珍しいのだから、わかんなくて当然なのだよ」


「……って、人生はあっという間だからって言ってたじゃないすか」


 病室でのお姉さんの言葉を思い出す。

 あっという間に大人になってしまって、後悔しないようにと真面目な顔をしていたお姉さんを。


「だから難しいのだよ」


 お姉さんはポテチを3枚ほど重ねて、勢いよくぱりぱりさせる。


「本当にやりたい事なんて、自販機やコンビニで見つけられるわけがない。ちゃーんと自分と向き合わないと見えてこないのだよ」


 ふと、お姉さんは空を見上げる。


「だけど、のんびりなんてしてたらいつの間にか日が暮れちゃって、『また明日でいいや〜』なんて感じで。その繰り返しになっちゃう」


 お姉さんはポテチを食べる手を止めて、少しだけ眉を寄せた。


「人間なんてね、いつか死んじゃうのだよ。だからできることも、やりたいことも今のうちにやらないと絶対に後悔する。タイヨウ君には、そうなってほしくないのだよ」


 その横顔には、どこか虚しさが見えた。


「……お姉さん」


 できることと、やりたいこと……か。

 それを聞いた時、ふと思い出す。


『私も、そんな友達がほしかったな』


 前に聞いてしまった、お姉さんの独り言。

 俺はいても立っても居られなくて、お姉さんとダチになってもらった。


 でも今思うと、お姉さんはまだまだやりたいことがたくさんあるのではないか?

 お姉さんが伝えてくれたことは、お姉さん自身の本心じゃないか?

 そう考えてしまうと、お姉さんの言葉がとても重く感じた。


 それに……口元を結んでしまい、顔が陰っている。

 寂しさと苦しさが入り混じったみたいで、いつも綺麗な瞳まで曇って見える。


 ……そんな顔しないでくれよ。


「……へっ? タイヨウ……君?」


 気づいたら、お姉さんの頭を撫でていた。

 指先に触れる髪はやわらかくて、少しだけ胸が詰まる。

 自分でも何やってんだって思ったけど、目の前のお姉さんを見てられなかったんだ。

 俺は優しく、ゆっくりと撫で続けた。


「うひゃ、くすぐったいのだよ〜。なんだか今日はずいぶん積極的なのだね?」


「……お姉さん、思いついたよ。やりたいこと」


 そう、たった今思いついたことだ。


「おお、さっすがお姉さんがお話ししただけのことはあるのだね! なんだいなんだい? 言ってごらん?」


 俺はひとつ呼吸をして、お姉さんの頭から手を離す。


「お姉さんさ、花好きだろ?」


「ん? 綺麗なお花は大好きなのだよ?」


「お菓子も好きなのはわかるから……そうだな、おにぎりとかは好きか?」


「すき! おかかが好きかな〜……って、どゆことなのだね?」


 次々とお姉さんに問いかけてしまう。

 俺は喋るのが下手くそだから、ちゃんと伝えられるか心配だ。

 でも、全部伝えたい。


「ならさ、俺もお姉さんも退院したらデートに行こうよ」


「……デートに?」


「ああ! どっか綺麗な花が見れる所に行って、綺麗だなんて言い合いながら飯でも食いたい。ピクニックなら、おにぎりがちょうどいいんじゃねえかな?」


「……タイヨウ君?」


 お姉さんはずっとぽかんとしながら俺を見ていた。多分「何が言いたいんだ?」的な顔だ。


「えーっと……つまりだ。嬉しいことも、楽しいことも、俺はお姉さんとしたいんだよ!」


 勢いに任せて、全てをぶちまけてしまえ。


「この際だから言うけどよ……お姉さんの暗い顔を見ると、胸がきゅってなって、じっとしてられなくなっちまうんだ!」


 言葉は飾らない。そのままいけ。


「お姉さんは長く入院してて、辛いことも大変なこともあっただろうし、今もそうかもしれない。ならよ!」


 俺は大きく深呼吸をして、お姉さんの肩を掴む。


「俺もお姉さんも退院できたら、花いっぱいの綺麗な場所で一緒にデートするんだ。そこで持ってきたおにぎりを一緒に食って、楽しく笑ってさ。今すぐじゃなくて、いつかの明日にはなっちまうけど……俺はお姉さんとそういうデートがしたいんだ!!」


「……ぁ」


 お姉さんのポテチを食べる手が、しばらく止まっていた。

 ――そして。


「……へへっ」


 お姉さんの口元が緩んだ。


「ほんとさ、タイヨウ君らしいね」


「お姉さ、むごごっ!?」


 十枚くらい重ねられたポテチを、口にねじ込まれた。


「ひょっ、はひひて!?(ちょっ、なにして!?)」


「まったく……」


 その言葉は、耳元で聞こえる。

 すると次の瞬間。


「君のそういうところ、ほんと好きになってしまいそうなのだよ」


 そう言いながら、お姉さんは俺のことを抱きしめてきた。


「はっ、えっ、は!?」


 耳元でクラッカーを鳴らされた気分だ。

 一瞬の出来事に頭が反応できない。

 この人、いまなんて……。


「……タイヨウ君、ありがとう」


 お姉さんの肩はとても震えていた。


「君には、たくさん貰いすぎちゃってるね」


 俺を抱きしめる手は強く、とても強くなる。

 触れてはいけないところに、触れてしまったかもしれない。

 でも、ありがとうと言ってくれたお姉さんを信じるよ。


「そんなことないさ」


 俺は、ゆっくりと言葉を返す。


「俺も、お姉さんがいてよかった。毎日楽しいし、幸せだよ。ありがとう」


 気持ちが昂って、俺もそっと抱きしめ返そうとした。


「あっ、ポテチのカスがついたまんまだったのだね」


「えっ、ちょっ! うわっ、きったねえ!?」


 お姉さんはパッと手を離し、ケタケタと笑う。


「あははっ! あー、おっかしい!」


「また看護師に怒られるじゃないすか! もう!」


「大丈夫なのだよ。一緒に怒られてあげるから♪」


 お姉さんは、ぱちっとウィンクをした。

 ……やっぱり、この人には敵わないな。


「さぁーて、まだまだ歩いてみようじゃないか! 行くよタイヨウ君!」


 そういうと、お姉さんから手を繋いできた。

 ……でもよ、手ぇ洗ってねえんだわ、あなた。


「いやだからポテチが! 油が!! ベタベタする!!」


「そんなもん後で洗えばいいのだね! ほらほら行くよ!!」


「おわぁぁ!!」


 すごい勢いで手を引かれて、二人で走り出す。

 次はどこに連れて行かれるのか。このままお姉さんにまかせよう。


 ……だけど、よかったって気持ちと一緒に気づいてしまったことがある。


 俺はお姉さんと友達にはなれた。

 でもこの人の笑顔や楽しそうなところを見るたびに、もっと別の気持ちが膨らんでいく。

 悲しい顔は見たくないし、勢いで未来のデートにだって誘っちまってしまった。


 間違いないねぇ。


 ――俺は、お姉さんのことが好きになってんだ。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、画面下の☆☆☆☆☆から応援していただけますと嬉しいです。


また、【ブックマーク】や【感想】、【イチオシレビュー】、【リアクション】なども、私にとって大きな励みになります。


これからも作品を更新していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ