第3話-②
ピッという電子音に続いて、ガコンという落下音が響く。
俺は、自販機からペットボトルの水を取り出した。
「お姉さん、これっ」
ペットボトルのキャップを開けて、手渡す。
するとお姉さんは、ごくごくと勢いよく飲み始めた。
半分ほど飲んだところで「ぷはーっ!」と声をあげ、キャップを閉める。
「いやー、助かったのだよ! ふっかーつ!!」
「やっと止まりましたね。よかったよかった……」
俺はほっと胸を撫で下ろす。
忘れそうになるけど、お姉さんだって入院中の患者だ。ちゃんと気にかけてないとダメだな。
……まあ俺も患者なんだけども。
「よーし、あとは適当に飲み物を買って病院内を歩き回るのだよ! あ、それポチポチっと」
次々とお金を入れて、飲み物を買うお姉さん。それは良いのだが……。
「俺、本当に怒られないんすかね?」
「大丈夫なのだよ、ついさっき看護師に言っておいたでしょっ?」
「いや、そうですけども……」
この自販機にたどり着く前、病室から外に出た瞬間に看護師から「どこに行かれるんですか?!」なんて具合で問い詰められた。
だけどお姉さんが看護師に話をしてくれて、俺の行動制限はなくなったみたいだ。
でも、その時のお姉さんはどこか怖かった。
いつもみたいに笑っているのに、目だけ冷たくてちっとも笑ってないっていうかなんというか。
そういや前にも、そんな顔をしていた時があったような。
確か……迷子のガキを探してた時に――
『それは看護師達に任せておけばいい。さっきの放送で、あの坊やの捜索も始まったようなのだよ。対応が遅いがね』
階段で見せたあの顔だ。
あの時は俺も精一杯で気にしていなかったが、今思い返すとあの時の顔みたいだった。
もしかして……看護師が嫌いなのか?
とはいえ、そんなことを真正面から聞くほど俺もバカじゃねえ。
触れない方がいいところは、そっとしておこう。
「よーし、じゃあ出発なのだね! 荷物は任せたのだよ。ほいっ」
「えっ、こんなに買って……重っ!!」
渡された大きめの袋は、予想以上に重かった。
ジュース買いすぎだろ! てかいつの間にお菓子まで入ってるんだ!?
抜かりねえな、この人は……。
「とりあえず病院内をゆっくり歩くのだよ。さぁ、いこっ?」
そう言うと、お姉さんは手を出してくる。なんだ? 荷物でも持ってくれんのか?
「何してるのだね、手だよ! せっかくデートなんだから手を繋ぎたいだろう?」
「……はぁっ!?」
百歩譲ってデートはまぁいい。手を繋ぐのは違う。友達だろ!?
「なぁに? 年上美人お姉さんとおてて繋ぐのがそんなに緊張するのかな〜??」
目を細めて、クスクスと聞こえてきそうな悪い笑顔をしてきた。この人は本当に……!
いい加減、やられっぱなしなのも癪だぜ。
やってやろうじゃねえかよ。
「……ひぇっ!?」
俺は差し出された手を、ゆっくりと優しく握る。
お姉さんは不意を突かれたような声を出した。
ふふ、いいぞ。この調子だ。そしてすかさず追い討ちだ!
「緊張するけど、お姉さんと手を繋げるなら嬉しい限りだぜ?」
ない知恵を絞ってありったけのキメ顔をかましてみた。
イメージ的には、テレビに出てるアイドルとかあそこらへんを。
ついでに、できるだけかっこよさげな声で。
さてさて、お姉さんの反応はどうかな。
「ぅ……」
お姉さんは、縮こまって静かになっていた。
しかもリンゴみたいに、頬を真っ赤にしている。
こりゃいい感じじゃねえか。
「おやぁ? お姉さんどうしたんですか? 緊張しちゃってます??」
こんなチャンス滅多にねえと思い、軽く煽ってみた。
いつもの仕返しと思えばかわいいもんさ。ははっ。
「……ぁ」
するとお姉さんは、聞き逃しそうになるほどの小さい声を出す。
「……タイヨウ君の手、おっきくてごつごつしてるのだね。おっ、男の子のおててなのだね。へへっ」
めちゃくちゃ意識してるじゃねえか。
ふっ、これで俺の勝ちだな――と思ったのも束の間だ。
「お姉さんの手だって、小さくてあったかくて、とても綺麗で……」
反射的に、俺も口に出していた。
一度意識してしまえば、俺も気になってしまう。
強く握ったら壊れてしまいそうな、ガラス細工みたいな手。
なのに肌はすべすべで、やわらかくて、それに触れてるって考えたら、今更こっちまで緊張してきた。
「……うぅ」
「あっ……そのっ……」
二人して顔を真っ赤にしたまま、静寂の時間が訪れる。
そして最初に口を開いたのはお姉さんだった。
「……いこっか」
「……はい」
返事をして、俺たちはゆっくり歩き始める。
まるで付き合いたての学生カップルのような雰囲気だった。
こうして病院内デートがやっとスタートした。
引き分けくらいに持ち込めたかなって思ったけど、結局こっちもドキドキしてしまったから俺の負けだ。
でも、なんだろうか。
今までのドキドキと、このドキドキはどこかはっきり違う気がした。
***
「いや〜、のどかなのだよ〜」
お姉さんは、ひなたぼっこ中の犬みたいに目を細めている。
俺たちは、病院の外にある中庭に来ていた。
様々な植物が植えられ、綺麗に手入れされている。
そういや、俺がお姉さんに持って行った花を見つけたのもこの中庭だ。
今はそこにある木製のベンチに、二人で腰をかけている。
……お姉さんが、俺の肩に頭を預けながら。
「のどかなのはいいんすけど、そんなに俺の肩に寄りかかるの好きなんすか……?」
「にへへ〜、いい感じの高さだからね〜」
「まぁ、いいけど……」
ベンチだから二人で横に並ぶのはいいけど、相変わらずの距離感にはもう諦めていた。
けどすぐ横にお姉さんの頭があるので、ふわふわする甘い匂いから逃げられない。
おかげで、お姉さんをイヤでも意識してしまうのが悔しい。
「さてさて、のんびりとタイヨウ君の進路相談を始めようじゃないか」
お姉さんは飲み物とお菓子を詰め込んだ袋からポテチを取り出し、袋を開けた。
「やっぱりうす塩味が至高なのだよ。もぐもぐ」
ぱりぱりと軽い音を立てて食べ始める。
本当によく食うな、この人……。
「んー……進路って言われても、やっぱわかんねえっすよ。やりたい事なんて、考えたこともないし」
「そりゃそうなのだよ。やりたい事がぴしっと決まってる人の方が珍しいのだから、わかんなくて当然なのだよ」
「……って、人生はあっという間だからって言ってたじゃないすか」
病室でのお姉さんの言葉を思い出す。
あっという間に大人になってしまって、後悔しないようにと真面目な顔をしていたお姉さんを。
「だから難しいのだよ」
お姉さんはポテチを3枚ほど重ねて、勢いよくぱりぱりさせる。
「本当にやりたい事なんて、自販機やコンビニで見つけられるわけがない。ちゃーんと自分と向き合わないと見えてこないのだよ」
ふと、お姉さんは空を見上げる。
「だけど、のんびりなんてしてたらいつの間にか日が暮れちゃって、『また明日でいいや〜』なんて感じで。その繰り返しになっちゃう」
お姉さんはポテチを食べる手を止めて、少しだけ眉を寄せた。
「人間なんてね、いつか死んじゃうのだよ。だからできることも、やりたいことも今のうちにやらないと絶対に後悔する。タイヨウ君には、そうなってほしくないのだよ」
その横顔には、どこか虚しさが見えた。
「……お姉さん」
できることと、やりたいこと……か。
それを聞いた時、ふと思い出す。
『私も、そんな友達がほしかったな』
前に聞いてしまった、お姉さんの独り言。
俺はいても立っても居られなくて、お姉さんとダチになってもらった。
でも今思うと、お姉さんはまだまだやりたいことがたくさんあるのではないか?
お姉さんが伝えてくれたことは、お姉さん自身の本心じゃないか?
そう考えてしまうと、お姉さんの言葉がとても重く感じた。
それに……口元を結んでしまい、顔が陰っている。
寂しさと苦しさが入り混じったみたいで、いつも綺麗な瞳まで曇って見える。
……そんな顔しないでくれよ。
「……へっ? タイヨウ……君?」
気づいたら、お姉さんの頭を撫でていた。
指先に触れる髪はやわらかくて、少しだけ胸が詰まる。
自分でも何やってんだって思ったけど、目の前のお姉さんを見てられなかったんだ。
俺は優しく、ゆっくりと撫で続けた。
「うひゃ、くすぐったいのだよ〜。なんだか今日はずいぶん積極的なのだね?」
「……お姉さん、思いついたよ。やりたいこと」
そう、たった今思いついたことだ。
「おお、さっすがお姉さんがお話ししただけのことはあるのだね! なんだいなんだい? 言ってごらん?」
俺はひとつ呼吸をして、お姉さんの頭から手を離す。
「お姉さんさ、花好きだろ?」
「ん? 綺麗なお花は大好きなのだよ?」
「お菓子も好きなのはわかるから……そうだな、おにぎりとかは好きか?」
「すき! おかかが好きかな〜……って、どゆことなのだね?」
次々とお姉さんに問いかけてしまう。
俺は喋るのが下手くそだから、ちゃんと伝えられるか心配だ。
でも、全部伝えたい。
「ならさ、俺もお姉さんも退院したらデートに行こうよ」
「……デートに?」
「ああ! どっか綺麗な花が見れる所に行って、綺麗だなんて言い合いながら飯でも食いたい。ピクニックなら、おにぎりがちょうどいいんじゃねえかな?」
「……タイヨウ君?」
お姉さんはずっとぽかんとしながら俺を見ていた。多分「何が言いたいんだ?」的な顔だ。
「えーっと……つまりだ。嬉しいことも、楽しいことも、俺はお姉さんとしたいんだよ!」
勢いに任せて、全てをぶちまけてしまえ。
「この際だから言うけどよ……お姉さんの暗い顔を見ると、胸がきゅってなって、じっとしてられなくなっちまうんだ!」
言葉は飾らない。そのままいけ。
「お姉さんは長く入院してて、辛いことも大変なこともあっただろうし、今もそうかもしれない。ならよ!」
俺は大きく深呼吸をして、お姉さんの肩を掴む。
「俺もお姉さんも退院できたら、花いっぱいの綺麗な場所で一緒にデートするんだ。そこで持ってきたおにぎりを一緒に食って、楽しく笑ってさ。今すぐじゃなくて、いつかの明日にはなっちまうけど……俺はお姉さんとそういうデートがしたいんだ!!」
「……ぁ」
お姉さんのポテチを食べる手が、しばらく止まっていた。
――そして。
「……へへっ」
お姉さんの口元が緩んだ。
「ほんとさ、タイヨウ君らしいね」
「お姉さ、むごごっ!?」
十枚くらい重ねられたポテチを、口にねじ込まれた。
「ひょっ、はひひて!?(ちょっ、なにして!?)」
「まったく……」
その言葉は、耳元で聞こえる。
すると次の瞬間。
「君のそういうところ、ほんと好きになってしまいそうなのだよ」
そう言いながら、お姉さんは俺のことを抱きしめてきた。
「はっ、えっ、は!?」
耳元でクラッカーを鳴らされた気分だ。
一瞬の出来事に頭が反応できない。
この人、いまなんて……。
「……タイヨウ君、ありがとう」
お姉さんの肩はとても震えていた。
「君には、たくさん貰いすぎちゃってるね」
俺を抱きしめる手は強く、とても強くなる。
触れてはいけないところに、触れてしまったかもしれない。
でも、ありがとうと言ってくれたお姉さんを信じるよ。
「そんなことないさ」
俺は、ゆっくりと言葉を返す。
「俺も、お姉さんがいてよかった。毎日楽しいし、幸せだよ。ありがとう」
気持ちが昂って、俺もそっと抱きしめ返そうとした。
「あっ、ポテチのカスがついたまんまだったのだね」
「えっ、ちょっ! うわっ、きったねえ!?」
お姉さんはパッと手を離し、ケタケタと笑う。
「あははっ! あー、おっかしい!」
「また看護師に怒られるじゃないすか! もう!」
「大丈夫なのだよ。一緒に怒られてあげるから♪」
お姉さんは、ぱちっとウィンクをした。
……やっぱり、この人には敵わないな。
「さぁーて、まだまだ歩いてみようじゃないか! 行くよタイヨウ君!」
そういうと、お姉さんから手を繋いできた。
……でもよ、手ぇ洗ってねえんだわ、あなた。
「いやだからポテチが! 油が!! ベタベタする!!」
「そんなもん後で洗えばいいのだね! ほらほら行くよ!!」
「おわぁぁ!!」
すごい勢いで手を引かれて、二人で走り出す。
次はどこに連れて行かれるのか。このままお姉さんにまかせよう。
……だけど、よかったって気持ちと一緒に気づいてしまったことがある。
俺はお姉さんと友達にはなれた。
でもこの人の笑顔や楽しそうなところを見るたびに、もっと別の気持ちが膨らんでいく。
悲しい顔は見たくないし、勢いで未来のデートにだって誘っちまってしまった。
間違いないねぇ。
――俺は、お姉さんのことが好きになってんだ。
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