第3話-①
「なーに机とにらめっこしているのだね?」
病室に戻ってきたお姉さんが、不思議そうに俺を見てきた。
なんか口をもぐもぐさせてるなと思ったら、手にはグミの袋があった。
パッケージには紫のぶどうが映っているから、多分ぶどう味なのだろう。
「ああ、お姉さん。これ、学校の進路希望調査の紙なんすよ」
机に置いていたその紙を、持ち上げて見せる。
紙には第一から第三までの進路希望を書き入れる欄があったが、空白のままだった。
「ふむ、真っ白なのだね」
お姉さんは袋からグミを一粒摘んで口に放り込むと、俺のベッドにぽすんと腰をかけてきた。
「そうなんすよ。トオルが学校の課題と一緒に持ってきたんですけど、なんにも思い浮かばなくて……」
「そっかぁ、めっがーね君もタイヨウ君もそんな時期なのだねー」
お姉さんはそう言いながら、肩をぴとっと寄せてくる。
この人の距離感はいつまで経っても慣れなくて、なんだか悔しい。
「ちょっとせまいって――」
お姉さんの方を向いたら、目と目があってしまった。
かなり近い距離で。
「ん? なぁに?」
「……なっ、なんでもねぇ!」
あわてて目を逸らす。お姉さんは「どーしたのだねー?」と言いながら肩をぐいぐい押してくる。
こういう距離感はいつものことのはずなのに、なんか今日は変だ。
変に意識しちまって、お姉さんと触れてる肩がすっげえ熱い。
風邪でもひいたか、俺。
「にしても、そんなにじぃーっとしていられるのも珍しいのだね?」
お姉さんは首を傾げながら、また一粒グミを頬張る。
「俺をいったい何だと思ってるんすか。一応、学校でやらなきゃいけないことだし、それに……」
俺が横目で病室の扉を見ると、ガラス越しに人影がちらつく。それも、かなりの頻 度でだ。
「あー、この前ので看護師さんにこっぴどく怒られたのだったね」
「はい……おかげで俺が病室を出るたびにどこに行くのかとか聞かれてさ。まるで監視っすよ」
迷子の子供を探し回ったあの日。無事に見つかってめでたしめでたし……とはならなかった。
看護師を振り切って病院内を駆け回ったこと。そもそも患者の俺が無茶をしまくったこと。
担当医はもちろん、看護師たちに囲まれて説教をくらったのだ。
もちろん俺が全部悪いので、そこはきっちり謝った。
でもそれ以来、看護師たちの目がやたら光っているというか、俺の行動を監視するようになって……。
「まぁまぁ、あまりお気になさんななのだよ。よしよし」
ぽんぽんと、お姉さんは俺の頭を撫でる。
「ちょっ、撫でんな!」
「嫌なら逃げればいいのだね〜」
「ぐっ……」
うつむく俺の頭を撫で続けるお姉さん。
勘違いするなよ。
ベッドの上で、お姉さんが隣を陣取ってるから逃げられないだけだ。
「と、とにかく今はじっとしてないと怒られるしやる事もあるってわけですよ」
「なーるほどなのだね、あむっ」
お姉さんは、俺の頭から手を離して再びグミを頬張る。
……てかどんだけ食べるんだよ。
ええい、とにかく今はこの空欄をどうにかしねえと。
なんとか鉛筆を持ち、進路調査書と向き合おうとするが……。
「……そもそも大学に行くのか、卒業したら働くのかって言われても頭パンクしちまうよ!! ああもうわからん!」
俺は鉛筆を転がして、頭をがしがしと掻いた。
普段から頭を使わないから、すぐにオーバーヒートしてしまう。
「大変なのだね。そーんな先の事まで考えたら、お腹が空いてしまうのだよ。ほれっ」
そう言ってお姉さんは袋からグミを一粒取り出す。
「あっ、ありがとうございま……」
おすそ分けだろうと思って手を伸ばしたら、ひらりと避けられた。なんでだよ。
「のんのんっ、あーんしてあげるのだよ。ほらあーんっ」
お姉さんは人差し指を横に振り、悪戯っぽく笑っている。
こうなると、もうペースに飲まれるしかないんだよな。
「あっ、あー……」
不本意だが、口を開いて待つ。
諦めてるからいいけど、かなり小っ恥ずかしいんだぞ!
「よくできましたっ♪」
お姉さんはささやきながら、俺の口へグミを運んだ。
もぐもぐと噛んでみるが、この状況にドキドキしてしまって味がよくわからん。
というかこの前は、プリンをあーんされて間接キスまでしちまってるのに、それ以上に緊張してんのはなんでだ!
どうしちまったんだ俺!?
「この進路希望って、学校に必ず出すものなのだよね?」
「えっ、あっ、そうっすね! 提出期限もあるからさっさと書いてトオルに持って行かせないと……」
いかんいかん。ぼーっとしていて、とっさに言葉が出なかった。
するとお姉さんは、顎に人差し指を当てて「んー……」と唸って――
「よーしわかったっ!」
なにがわかったのか、お姉さんはベッドからぴょいと飛び降りて俺に指をさす。
「このお姉さんと一緒に、タイヨウ君の将来について考えようの会を始めます!」
「……なにそれ??」
こうして、お姉さん主催の謎の会が始まった。
いや、なんなんだそれは??
でも将来についてか……と考えたとき、あることが頭をよぎった。
退院したら、お姉さんと毎日顔を合わせることもなくなってしまうんだな――と。
***
「てなわけで、タイヨウ君は将来の夢とかあるのだね?」
「待て待て、なんだって……?」
相変わらず俺の隣を陣取るお姉さんが、手をマイクみたいにして俺へ突きつけてき た。
急に話がデカすぎやしねえか……?
「……そもそも将来なんて考えられねえって、高二っすよ俺?」
「ふっふっふっ、甘いよタイヨウ君。このチョコみたいに甘々だよっ。 ん〜、甘い♪」
お姉さんはいつの間にか、板チョコを手にして、パリッと食べていた。
さっきグミ食べてたばっかりだろ。
「そんなにおやつ食べてたら、ご飯食べられなくなりますよ?」
「いいもーん、病院のご飯なんてもう食べ飽きてるし美味しくないもんっ」
「まあ、確かに美味くないのはわかりますけど……って違う!」
まるでお母さんと子供みたいなやりとりだ。
……じゃなくて、本題は将来についてだってば。
俺は話題を戻すように「んんっ」と咳払いをした。
「さっきの甘いってどういうことっすか?」
「うむ。今高校生だから〜とか考えてるとね、あーっという間に大人になっちゃうのだよ」
「そう……なんすか?」
「まぁ、まだまだ若いタイヨウ君にはわからない感覚なのだよ。お姉さんの方が年上美人お姉さんだしねっ!」
「美人はいらないのでは――いだっ!」
隣の年上お姉さんは異議を唱えるように、俺の肩をめがけて無言で頭つきをしてくる。
しかも連続で。
「いでっ!いっ、いります! 年上美人お姉さんです!!」
「よろしいっ」
頭つきが止まり、お姉さんは俺の肩に頭を預けた。
板チョコの香りと合わせて、お姉さんの髪からふわっとした甘い匂いが近くなる。
「今はね、学校行ってお勉強してお友達と遊んでたくさん楽しいことがあると思うの。でもそれって振り返れば一瞬の出来事に過ぎないのだよ」
一瞬の出来事か……今の俺にはわからない感覚だ。
あと珍しく、お姉さんが真面目な感じになっている。
さすが年上美人お姉さんだと思ったのは内緒にしておこう。
「だからっ……」
急に歯切れが悪くなった。
どうしたのかとお姉さんを見ると、板チョコを両手でぐっ、と握っていた。
「だからね、『あの時あれをしとけばよかった』とか思ってもどうにもならないのだよ」
だんだんと声色が暗くなる。さっきまでの元気いっぱいなお姉さんはどこ行ったのかと、少し不安になっちまう。
「……お姉さん?」
「……なので、今この時点から将来を見据えて色々考えるのが大事というわけなのだよ! 頭いっぱい使うからチョコをあげるのだよ。ほいっ!」
「んがっ!?」
お姉さんは即座に板チョコをペキっと一口サイズに折って、俺の口に押し込んできた。
指まで食っちまいそうで、あぶなかった。
「それでー、タイヨウ君は将来の夢とかしたい事あるのだね?」
「んぐっ……とは言われても、やっぱすぐには出てこないっすよ」
チョコを飲み込み、口元を拭う。
改めて言われても、俺がやりたいことってのはわからねえ。
たしかトオルは、確か行きたい大学があるとか言ってた気がする。
けど俺には得意なことも無いし、頭も良くねえからな……。
「教科書は落書きだらけだし、得意なのは体育くらいだし、俺になにができるんだ……?」
「ふふっ、お勉強が苦手だっていいじゃないか。タイヨウ君は良いところがたくさんあるのだよ?」
「えぇっ、じゃあ例えば?」
「えっとね……優しいところ!」
「……そのほかは?」
「困ってる人を放っておけないところとか、お願いを聞いてくれておやつ買ってくれるところ!」
もう後半は、完全におやつ基準じゃねえか。
俺は顔に手を当て、ため息をつく。
「そんなの誰だって出来ることっすよ。なんの足しにもなりゃしない……」
将来に直結するような長所には思えねえ。俺は愚痴るみたいに、ぼそっとつぶやいた。
「ちがうよ」
その声に、背筋が冷えた。
するとお姉さんはベッドから立ち上がり、俺の正面に立ちふさがった。
「ちょっ、どうしたお姉――」
「誰でも出来ることだったら、私はこんな喜んでないよ」
そういって勢いよく顔を近づけてくる。今のお姉さんは、真剣な眼差しで俺を見ていた。
「私のためにお花を持ってきてくれたこと、すっごく嬉しかった。だからそんな言葉で否定しないで」
「……ごっ、ごめんなさい」
こんなお姉さんの顔、初めてかもしれない。気圧された俺は、思わず謝った。
「……うむ、わかればよろしいっ」
お姉さんは腕を組み、うんうんと頷いている。
「……」
前々から、気になっていることがあった。
さっきもそうだったが、お姉さんは時々『私』と口にする時があるのだ。
普段は自分のことを『お姉さん』と言っているからこそ、何かあるのかと勘繰ってしまう。
いつか聞きたいのはやまやまだが、この状況では聞くに聞けないよな。
ってか、あの花がそんなに嬉しかったのか……とお姉さんのベッド近くの花瓶に目をやる。
まさか、花瓶に挿して大切にしてくれているなんてな。
さすがに時間が経ったせいか、花は少しだけしおれて丸まっていた。
「わかったのなら、今度から自分の長所は大事にするのだ――」
「……だ?」
ん、どうした?
お姉さんの語尾が、変なところで止まる。
すると……。
「けほっ……」
とたんに咳き込み始めた。
「ちょっ、大丈夫かお姉さん?」
「けほっ……多分おやつの食べ過ぎなのだね。けほっ……」
「だから言ったでしょうに。今、水を……」
と、辺りを見回すが、近くに飲み物がなかった。そういえば、飲み切ってしまって今は手持ちがない。
「ごめん、お姉さん。飲み物は買ってこないとないや……」
「ありゃ、ならお買い物にでも行こうかね? それに外に出れば、将来の事もなにか思いつくかもしれないし。けほっ」
買い物の提案をするお姉さん。
だが俺の今の状況を忘れてしまったのだろうか。
「お姉さん、俺今めっちゃ看護師に目ぇつけられてるんだよ? 何言われるか……」
「いいよ。お姉さんが全部お話しをつけるから、気にしないのだよ」
「いやでも……」
「やだっ! いくのっ! けほっ!!」
咳き込むのか、駄々をこねるかどっちかにしてくれ……と思ったが黙っておく。
こうなったら気が済むまで付き合わないとダメだろうな。
するとお姉さんは俺の患者衣の袖を引っ張り、ベッドから立たせようとした。
「ちょっ、服破けるって!!」
意外に力強いな!?
なんて思っていたらグイグイ引っ張られて、そのままベッドを降ろされた。
「さぁさぁ行くのだよ。せっかくだし病院内デートするのだよっ!」
「でっ、デートって!?」
なにがせっかくなんだ。
どんどん脱線していってる気がしないでもないんだが……。
「いやなのかい?」
お姉さんは上目遣いで、首をかしげる。
その仕草に、一瞬ドキッとしてしまった。
「そういう、わけじゃ……」
「にひひっ、じゃあしゅっぱーつ!!」
白い歯をのぞかせて笑うお姉さんに、なにも言い返せなくなっていた。
とりあえず、俺のためってことで快くデートってことにしておこう。
そして俺はお姉さんと一緒に、病室を出た。
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