第2話-②
俺とお姉さんは、急いでトオルについて行った。
すると病院のロビーへたどり着き、そこには先ほどの母親がいた。
「ああ、皆さん!!」
だがその顔からは血の気が引き、視線も落ち着かない。
まず口を開いたのはトオルだった。
「遅くなりました……! とりあえずタイヨウたちの部屋ではなかったようです」
「そうでしたか……ああもう私が目を離したばっかりに……!!」
母親は片手で頭を抱える。額からは一つ、二つと汗が流れ始めていた。
「とりあえず話を聞かせてくれませんか?」
「そうなのだよお母さん、少し落ち着いてほしいのだね」
なにがあったか分からないことには始まらねえ。
俺とお姉さんは、母親をなだめるように声をかけた。
「そっその、帰る前にあの子をお手洗いに行かせてたんです。その間に手続きを済ませようと思っていたのですが……気がついたらいなくなってて……」
焦る母親。
そこへトオルは、ゆっくり問いかける。
「お手洗いの個室も確認されましたか?」
「はい……確認できるところは全部……ああどうしてこんなっ!」
母親は自分の肩をぎゅっと掴み、ガタガタと震えている。
ダメだ。これじゃまともに話ができねえ。
「落ち着いてくださいお母さん! 今はあなたがしっかりしないといけません!!」
トオルは母親の肩を掴み、目を合わせる。
「あの子供が行ってしまいそうな所とか、なにか手がかりはないですか?例えば好きなものとか……」
「すっ、すみません。えっと……そういえば私たち面会の時間までは絵本やおもちゃが置いてあるキッズスペースにいました!」
「キッズスペース……ですか」
トオルは顎に手を当てる。
そういやそんな場所があったかもしれねえ。
「そこで滑り台の上でヒーローごっこをしたり、かなり気に入ったおもちゃもあったみたいで……」
「ふーん。もしかしたらそれを思い出して行っちゃった可能性もありそうなのだね」
すると二人の会話に、お姉さんが腕を組みながら口を挟んできた。
「アリアさん、ご存知なのですか?」
「伊達に長く入院してないのだよ。確か男の子が好きそうなおもちゃも多かったしね」
お姉さんは、トオルに人差し指をピンっと立てる。
おそらく言ってることは、間違いない。
あのガキがどっか行っちまったのに、納得はできる。
「よし、僕は看護師さんに話してくる。探してもらえるよう頼むから、タイヨウたちはここで待っててくれ」
「すみません、本当にすみません!!」
トオルはすぐに、ナースステーションに駆け出す。
すると振り向きざまに。
「いいかタイヨウ! すぐ対応してもらうから無闇に動くなよ!?」
ついでみたいに、俺に釘を刺していった。
あの野郎……って、今はそれどころじゃない。
「さぁて、お姉さんたちは大人しくしてようかねっ」
お姉さんは俺の肩をポンと叩く。
このまま事の成り行きを見守るつもりらしい。
でも俺は――
「……お姉さん、そのスペースってどこにあるんだ?」
俺は、肩に置かれたお姉さんの手をどける。
「タイヨウ君? それなら2階フロアに――」
「わかった」
それを聞いて、俺は全力で走り出した。
「タイヨウ君!? 君は安静にしなきゃダメなのだね!!」
遠くでお姉さんの引き止める声が聞こえる。
だけど俺はお構いなしで、足を止めなかった。
「待ってろクソガキ……」
軋む脇腹も構わずに、俺はその場所へと向かった。
***
「いるかクソガキっ!?」
肩で息をしながら、2階フロアのキッズスペースへたどり着く。
だが、そこに人影はない。
俺はすぐに駆け出した。ここに居ないなら、まずはこのフロアをしらみ潰しにするしかねえ。
足を止めず、ひたすら走る。
――その途中だった。
「待ちなさい! なにを走り回っているんだ!!」
通路の真ん中で、男の看護師が手を広げて立ちふさがってきた。
俺は急いで足を止める。
「んだよ危ねえな!!」
「危ないのは君の方だ!! 一体なにを――」
看護師は俺の手首についたリストバンドを見ると、眉間にしわを寄せはじめた。
「患者である君がなにをしている! 担当医に連絡するぞ!」
「どいてくれっ、俺は迷子を捜してんだよ!」
「迷子だって?」
看護師と問答を始めたその時、院内にアナウンスが流れ始めた。
『迷子のお知らせをいたします。当院におこしの……』
トオルが掛け合ってくれたんだな。助かるぜ。
「……とりあえず、事情はわかった。であるならば君は大人しく病室へ戻りなさい。あとは我々で対応を――」
「ガキが迷子なんだよ、じっとしてられるか!!」
俺は看護師を押しのけて、走りだした。
「なっ、待ちなさい! 君っ!!」
あっという間に看護師の声が遠くなる。
いけないことだってのは、十分わかってる。
すまねえが、今は説明も謝罪も後回しだ。
あのガキが泣いてるかもしれねえ、怖がってるかもしれねえ。
そんなことを考えるだけで、立ち止まっていられなくなるんだよ。
どこだ、どこにいる。
このフロアのトイレも、病室やナースステーションも見た。行ける場所は一通り当たった。
……それでも、見つからねえ。
「はぁ……はぁ……クソっ……!」
こんなでけぇ所に入院してることを、今は恨む。
止まりそうな足を叩き、次の階へ向かう。
ここがダメなら3階、それもダメなら4階へとただひたすらに走った。
――けど、見当たらねえ。
「ぐっ……くそったれが……!」
4階フロアを探し終えた俺は次へ向かう為、階段の踊り場に来た。
――が、体の痛みに耐えきれず膝をついてしまう。
「ぐっぅ……っ!」
息がつかえる。体の奥が、締めつけられるように痛い。
頬を流れる汗が、床にしたたる。俺は必死に脇腹を抑えた。
こんな所で立ち止まってる場合じゃねえ。
早く、進まねえと……。
「かなりつらそうなのだね、タイヨウ君」
それは上の方から聞こえた。
痛みをこらえながら顔を上げると、5階への踊り場にお姉さんが腕を組んで佇んでいる。
「これくらい……なんとも……ねえ……よ」
「まるで子供の強がりなのだよ、さっさと安静にするのだね」
冷たく吐き捨てられた言葉が、俺に突き刺さる。
向けられた視線も、まるで得体の知れないものを見るようだった。
「大体、めっがーね君に散々言われたでしょ? 痛い目を見る日が来るぞーって」
「知るかそんなもん……あのガキが……困ってるかもしれねえんだ」
「それは看護師達に任せておけばいい。さっきの放送で、あの坊やの捜索も始まったようなのだよ。対応が遅いがね」
「そう……か」
淡々と答えるお姉さん。とりあえず病院も動き始めたのか。
俺は呼吸を整えて、なんとか立ち上がる。
だが体はふらつき、階段の壁にぶつかってしまう。
「でも、はぁ……っ、もしかしたら泣いてっかもしれねえ……だから……!」
「だからって当てもなく、手当たり次第だったのでしょ? 今の君を見ていればわかるのだね」
「……うるせえな。邪魔するなら、どいてくださいよ」
呆れたように言うお姉さんを、俺はきつく睨みつけた。
今は話に付き合ってる場合じゃねぇんだぞ……。
「……どうして、そこまでするのだね」
「……あぁ?」
投げかけられた問いに、俺の足が止まる。
「あの坊やを助けた。ただそれだけの関係なのだろう? そのせいで君は怪我をしてしまった」
「……なにが言いてえんだ」
するとお姉さんは、すうっ、と大きく息を吸った。
「他人に、どうしてそこまで出来るのだね。それこそあの坊やが言っていた通り、君は『ヒーロー』にでもなるつもりなのかね?」
空気が張り詰める。
お姉さんは、答えてみろと言わんばかりの顔を向ける。
この俺がヒーロー……か。
「あいつにも言っただろ。俺はヒーローじゃねえって」
「じゃあどうして……」
お姉さんは眉を寄せて、腕組みを解く。
まさか、この気持ちを振り返るときが来るなんてな。
「……憧れたことならあったよ。ガキの頃にな」
「子供の……頃?」
「ああ、よくテレビでやってるようなやつさ……」
ふらつく体で、一歩ずつ階段を上り始める。
「テレビで見てたヒーローは、みんな真っ直ぐでかっこよくて前を向いててよ……そりゃ憧れたさ」
自分の記憶を掘り返すようにして、言葉を絞り出す。
「でもよ、歳を重ねて気付いちまったんだ」
「なにを……だね?」
「現実に、そんな都合のいいヒーローなんていねえんだよ」
「……」
お姉さんは口を結ぶ。当たり前のことを言われて、バカかと思われたかもしれない。
でもあの時の俺にとって、テレビの中に広がる世界は全てだった。
どんな敵が現れようと、決してあきらめない。
勇気と覚悟を持って、必ず立ち上がる。
そんなヒーロー達に、憧れないわけなかった。
でも、現実は違う。
その世界は作り物だと、しばらく経って気づいた。
子供がサンタを信じるような、よくある話だ。
「……だからって、俺がなれるわけじゃないんだ」
自分に言い聞かせるようだった。
そうさ。自分を捨ててまで戦う勇気や、覚悟は持ち合わせてない。
だって、そこら辺に生まれた、ただの高校生なんだから。
「……ならどうして、あの坊やを助けたの」
お姉さんの声は、なぜか震えていた。
「なんで私に……あのお花を持ってきてくれたの?」
お姉さんは、胸元で両手をぎゅっと押さえていた。
まるでなにかにすがるようなそんな表情を、俺に向けている。
なんで……か。そんなもん、決まってる。
「俺が、そうしたいって決めたから」
「……タイヨウ君が?」
「ああ……そうさ」
一歩、また一段と階段を踏みしめる。
「俺は、嘘が嫌いだ。誤魔化すのも、騙すのもそういうの全部気に入らねえ……」
まだ体は軋む。けど、そんなことは構わない。
「ヒーローになんてなれねえ。……ヒーローなんていねえ」
足を上げて、さらに一段。
「ならせめて、俺がやるって決めたことは全力でやりてえんだ……!」
また一段。
「どんだけ笑われてもいい」
もう一段。
「これが俺だから」
そして、お姉さんの目の前までたどり着く。
「俺の心に、嘘なんてありえねえから!!」
俺は、お姉さんを強く見つめた。
「……ほんと、不思議な子」
お姉さんは目を伏せて、ぼそっと呟く。
「ごめんなのだね、意地悪なこと言って」
「いや……俺の方こそごめん。熱くなっちまって……」
俺は頭をがしがしと掻いた。
トオルにさえ話したことがないことを、話しちまうなんてな。
自分をさらけ出してしまって、少し恥ずかしかった。
「……へへっ」
お姉さんは、ふっと口元をゆるめる。
次の瞬間、俺の手を取って走り出した。
「ちょっ、いでで!お姉さんどこに行くってんだ!?」
「あの坊やの行き先なのだね! タイヨウ君がここまで探してくれたから見当がついたのだよ!」
「なっ、本当か!?」
腕を引っ張られながら、二人で階段をかけ上る。
お姉さんに笑顔が戻っていた。張り詰めた雰囲気は、もうない。
「そうなのだよ。あの場所が怪しいとは思ったけど、ここじゃないなら子供が広く遊べる場所なんてあそこしかないのだよ!!」
他に子供が遊べる広い場所……その言葉で、俺も心当たりがあった。
――そうか、あの場所なら納得だ。
「頼りになるな、お姉さんっ!」
「へへーんなのだね! あとでご褒美におやつ買ってもらうのだよ、忘れないでね!!」
こっちを振り返ったお姉さんは、とびきりの笑顔を見せた。
待ってろクソガキ、今行くからな……!
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