第2話-①
「……それで、その『お姉さん』とやらのために駆け回って看護師さんに怒られたと?」
見舞いに来たトオルは、腕を組んでしかめっ面になる。
「ああ、めちゃくちゃキレられた。悪いの俺だから、なにも言い返せなかったけどな。ははっ」
奴が持ってきてくれたお煎餅の個包装をやぶり、口へ放り込む。ばりばり。
やっぱ醤油味はうめえ。
「呑気に食っとる場合か!安静にしとけと忠告したそばから、早速無茶ばかりしよって…」
「無茶じゃねえさ。あれぐらいなんともない」
「……では何故、煎餅を食べながら脇腹を押さえている?」
「ぅ……」
トオルの眼鏡がギラっと光る。
俺は目を背けて、ごまかすようにお煎餅をかじった。
噛むたびに脇腹へ鈍い痛みが走るらしく、どうやら無意識に押さえていたみてぇだ。
「はぁ……言っても聞かないのはいつもの事だが、どうして自分をもっと大切に出来ない?」
トオルは、眼鏡をクイっと上げながら俺を問い詰める。
いつもの癖だ。適当に聞き流しておこう。
「今はまだいいが、いつか本当に痛い目を見る日が来るかもしれないぞ!」
「そーだそーだ、来るかもしれないのだよ〜」
「そうだぞ!だから普段から――んっ?」
急にトオルの説教が止まる。それに途中で、変なヤジが飛んできてたような……。
「あっ、これおいしそう。いただきなのだねっ」
その声は、いつの間にか俺の耳元で聞こえた。
声の主はひょいと手を伸ばし、トオルの持ってきたお煎餅を奪うように取った。
そして個包装を破り、ばりばりとかじり始める。
「んむっ、結構おいしいのだね」
その人は、唇に残った細かい食べかすを指で拭った。
「なっ、なんだこの人!!」
「おわっ!! お姉さんいつの間に!?」
俺とトオルは、ビクッと肩を跳ね上がらせる。
……なんだか、前にもこんなことがあったような。
こういうのなんて言うんだっけ。えーっと。
「デジャブなのだよ、タイヨウ君っ」
「ナチュラルに人の心を読むな!!」
エスパーかこの人は。
「なっ……タイヨウ、もしかしてこの人が……?」
「……ああ、そうだ」
俺の相部屋で、どこか放っておけない人。
そして、俺が屋上で出会った“あの人”かもしれない――
「あーっ! いたよ、おかーさん!!」
その時、病室の扉がすたーんと大きな音を立てたと同時に、甲高い子供の声が飛び込んできた。
「今度はなんだ! タイヨウの知り合いか!?」
「いや、こんなガキ知らな――」
「ヒーローのおにーちゃーんっ!!!」
俺とトオルの会話をぶった切るように、その子供は――
「ぐはぁっ!!?」
俺の腹めがけて、全力で突っ込んできやがった。
「……なにやっているのだね?」
お姉さんは、真顔で俺を見下ろしていた。
そんなもん、俺が知りてえよ……がくっ。
***
「ウチのバカ息子がほんっとうにごめんなさいっ!!」
「いえいえっ……俺は大丈夫っスよ、ははっ」
騒ぎの直後だ。
突然現れ突進をかましてきた子供の母親が現れて、深々と頭を下げていた。
その横で子供は「どうしたの?」と母親の顔を覗きこんでいる。
「タイヨウ、この親子は知り合いか?」
「めっがーね君の言う通りなのだね。知り合いかい?」
「……もしかしてめっがーね君とは、僕のことでしょうか?」
「そうなのだよ、眼鏡かけてるし」
「はぁ……。おっと、少々失礼する……」
トオルとお姉さんは、横でこそこそとしていた。いやなんだよ、めっがーね君て。
……まあ、それはそれとしてだ。
「っと……そんで、どちら様でしょうか? なんか俺に用でも……?」
そう、まったく面識がない親子だった。
この病院内でも顔を合わせた覚えがない。
……けど、子供の方だけはどこか見覚えがある気がした。
「おにーちゃんが助けてくれたんだよ! 忘れちゃった?」
「俺が助けた……? あっ」
そうか、あの時の――
「お礼が遅くなり申し訳ありません! バカ息子を助けていただいて、こちらに入院されていると聞きまして……!」
「ちょっ、そんなかしこまんないでくれよっ!?」
また深々と頭を下げられ、うろたえてしまう。
「ほーぉ、そんなことあったのだね? タイヨウ君」
そんな俺をよそに、お姉さんは横からひょこっと顔を出す。
「まぁ……それが入院の理由だからな」
あの日、夕焼けに染まった町中で、俺は車に轢かれそうになったガキを庇った。
そういえば顔なんてろくに見てなかったから、しっかり覚えてなかったわけだ。
「へぇ〜、そういえば入院の理由は聞いてなかったけど、中々カッコいいことするのだねっ」
「そうだよ! おにーちゃんはまるでヒーローみたいだったんだ!!」
お姉さんの言葉に、子供は両手をめいっぱい広げる。
「ふふっ、ヒーローかぁ。君はヒーローが好きなのだね?」
「うんっ! バッとあらわれて、ガッとたすけてくれるカッコいいヒーローがすきっ!」
お姉さんは子供の頭を撫でながら、うんうんと話を聞いている。なんとも微笑ましい光景だ。
……けど。
「……悪いな、俺はそんなヒーローなんかじゃねえんだ」
俺は、子供と目線を合わせるようにしゃがむ。
「それより、あん時は悪かったな。突き飛ばしちまって。ケガねえか?」
「ううん! なんともないよ!!」
「そっか。ならよかったぜ」
俺も子供の頭を撫でる。少しくすぐったそうにして笑っていた。
話の腰を折っちまって悪いが、それは許してくれ。
「んーっ……」
「……なっなんすか、お姉さん?」
「んーんっ。別にっ」
お姉さんの視線がやけに鋭かった。
相変わらず、この人はなにを考えてるのかわからねえ。
「今も怪我なく小学校に行けてるのはタイヨウさんのおかげです。……ほらっ、あんたもお礼を言いなさいっ!」
母親は、子供の背中をぽんっと押した。
「ありがとっ、おにーちゃん!!」
「……おうよっ」
子供の笑顔につられて、俺も頬が緩む。
……このガキが無事で、本当によかった。
と、そこへ。
「そろそろ、一区切りつきましたかな」
扉を開き、トオルが入ってきた。
そういえば、いつの間にか姿が見えなかったな。
「なんだトオル。どこ行ってたんだ?」
「なに、わざわざお越しになさった親子さんの邪魔をせんと思ってだな。だが、そろそろ面会時間も終わりだ」
もうそんな時間か。
人が増えると、いつもより時間が過ぎるのがあっという間だ。
「もしかして、お邪魔してしまいましたか……?」
母親は、眉を下げて少し気まずそうにした。
「いえいえ……! わざわざ俺なんかのために来ていただいて、逆に申し訳ないッスよ」
「そーですよ。別にタイヨウ君はお暇人なのでお気になさらずなのだよっ」
「別にお暇人ではない!」
なにを言うんだこの人は。
「ふふっ、お気遣いありがとうございます。それでは失礼します」
「ばいばい! おにーちゃん! おねーちゃん! めがね!」
「メガっーーんぐっ!」
トオルが子供に食ってかかりそうだったので、口を押さえて止めた。
子供の言うことにいちいち反応するな。
……あまり人のこと言えないけど。
「じゃあおうち帰る前に、お手洗いに行ってきちゃいなさい?」
「はーい!」
親子は笑いながら手を繋いで、病室を去っていった。
「んがっ! なにをするタイヨウ!間違っていることは正さないといかんではないか!」
「いーじゃねえか、子供はのびのびとしてる方がよ」
「あれをのびのびとは言わんだろう!」
トオルは肩をすくめる。全くもって納得いってないご様子だ。
「はいはい、細かいことは気にしないのだね。めっがーね君」
「だからなんですか、そのめっがーね君とは!」
トオルでさえ、お姉さんのペースに振り回されている。恐ろしい人だ。
「……ともかく、僕も時間なのでこれで失礼する。今度こそ大人しく療養しているんだぞタイヨウ!」
「おうよ、心配かけてすまねえ。またな、トオル」
俺は軽く手をふった。
奴に心配かけたくないとは思ってはいるけど、それは言わないでおこう。
「あと、アリアさんもお大事にしてください。タイヨウのことも頼みます」
トオルは、お姉さんに頭を下げた。
……って待て、俺のことを頼むってどういう――
「まっかせなさーい! 無茶してたらちゃーんと叱ってあげるから安心してねっ。めっがーね君!!」
お姉さんは腰に手を当てて、ぺかーっと笑顔を見せる。
トオルはしばらく眉を寄せていて、なにも言えなくなっていた。
「……はぁ、いいでしょうもう! ではまた、お二人さん」
「ばいば〜い」
トオルは諦めたような顔で、病室を去っていく。
お姉さんは手をふり、奴を見送った。
親子とトオルが去った病室は、がらんと静まり返ってどこか寂しかった。
「ふふっ、面白い子だったね。めっがーね君は」
「多分、奴も同じこと思ってますよ……」
「ん? どゆこと?」
お姉さんはきょとん、とした目つきで俺を覗き込む。
だめだこりゃ。自覚してないなこれ。
「それに……いい子だね。学校でもあんな感じなのだね?」
「ん? ああ、そうっすね。あんな感じでお袋みたいに口うるさくて、クソ真面目で……」
「あははっ」
「でも、俺のことよくわかってて、ダメなことはきちんとダメって言ってくれるんすよ」
「……うん」
「あいつが……トオルがダチで本当に良かったと思ってます。……って、なにを正直に言ってんだ俺」
俺はバツが悪そうに、頭をかく。
本音がこぼれたのが、かなり照れくさい。
「……私もそんな友達が欲しかったな」
「えっ?」
小さな願いの声を、俺は聞き逃さなかった。
その顔はおふざけの顔ではなく、なにか思い詰めている時のあの表情だ。
しかもまた、“私”って言ったよな……?
「お姉さん、今――」
それを聞こうとした時だった。
「タイヨウ!!」
「うおっ!?」
扉が乱暴に開かれ、静かになった病室に大声が響く。
そこには先ほど帰ったはずのトオルが、肩で息をしていた。
「うっるさいのだね……そんなに慌ててどうしたのだね?」
お姉さんは両耳に手を当てている。
ちょっと不機嫌そうな表情で、さっきの顔ではなくなっていた。
「……どうしたトオル? なにか忘れもん――」
「さっきの子供……はぁ、この部屋に来なかったか!?」
トオルは俺の返答を待たず、質問を投げつける。
「いや、来てねえけど……?」
「……それがどうしたのだね?」
俺とお姉さんは顔を合わせ、首をひねる。
するとトオルは、呼吸も整わないまま急いで口を開いた。
「さっきの子供が……いなくなってしまったんだ!!」
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