第1話-②
病室を出る前、ナースステーションで一応聞いてみた。
「庭園を歩く程度なら構いませんが、走ったり無理に動いてはいけませんよ」
がっつり釘を刺されて、俺は「了解っす」とだけ返した。そりゃ怪我人だもんな俺。
でもすんません、もうすでに汗だくで動き回ってます。
「はぁ、めちゃくちゃなこと、言いやがって……はぁ」
病院の庭園で、クローバーを睨みつけていた。
見渡すかぎりに緑が広がっていて、ほんのり土の香りもしている。
お姉さんが持ちかけてきた勝負の内容『なんでもいいからお姉さんを喜ばせて!』じゃ、さすがになにをしたらいいかわからない。
そこでお姉さんに異議を唱えたら――
『この病院の庭園にある四葉のクローバーを見つけられると、たちまち元気になれるって話があってね。それを持ってきてくれたらお姉さん、嬉しくなっちゃうのだよ』
と返ってきた。
というわけでクローバー探しをしているのだが……。
「だぁーもう!全然見つからねえ!ほんとにあんのかよちくしょー!!」
俺は庭園の芝生に、大の字で寝転んだ。
かいた汗がべたべたして、服が肌に張りつく。
地面に這いつくばって探していたからか、患者衣もどろんこになっていた。
この敷地内の庭園は探し尽くしたけど、成果はゼロだった。
「はぁー……」
熱くなった体に、風がすっと抜けていくのが気持ちいい。
……いや待て、なにをしているんだ俺は。
ぼーっと青い空を見上げながら、今さらそんな疑問が湧いてきた。
そもそもこのクローバー探しだって、またからかわれてるだけかもしれねぇ。
病室のやりとりを思い出すだけで、小っ恥ずかしくなっちまう。
……だけど、なんだろうな。
「あの顔されると、もやもやしちまうんだよな……」
俺がお姉さんに『心配しちまうから、嘘はよくねえ』と伝えた時のあの顔。
アレもからかいの一部かわかんねえけど、俺は妙に引っかかった。
目をそらして、曇り空みたいな顔をして……どうしてだって思っちまう。
出会ったばかりでこんなことを思うのは変かもしれねえけど、笑った顔が反則なくらい可愛いって感じた。
ずっと笑っていてほしいと、思わなくもない。
……あんな顔、俺は見ていたくねえよ。
このクローバー探しでお姉さんが喜ぶんなら、俺は……。
「べっ別に、お姉さんのためとかじゃねえからな!」
空に向かってツッコミを入れる。いやなにしてるんだ俺は。
さて、そろそろ再開しねえと……。
起き上がって、患者衣に付いた芝をはらう。
ただ、どうしたもんか。
もう一度探し回るにも、そろそろ陽が落ちてしまいそうだ。
勝負に勝たないと『あの人』の手がかりは手に入らねえ。
……いや、それだけじゃない。
「……お姉さんを、がっかりさせたくねえ」
思わず口からこぼれる。
心に嘘はつけねえ。今一番強い思いはこっちみたいだ。
でもどうすりゃいいんだ……俺は頭をかきむしる。
その時だった。
「……んっ?」
辺りをぐるっと見渡した時、ふと目を引かれた“モノ”があった。
「……あれだ」
あれなら、もしかして。
俺は直感に任せて、そっと近づき、手を伸ばした――
「こらこら、なにをしているのだい若いの」
「おわっ!?」
ビクッと肩が跳ね上がった。
急いで後ろを振り向くと、麦わら帽子を被ったおじさんが立っていた。
「そんな驚かんでも……ワシの心臓が止まっちまうぞい」
つけている軍手は土で汚れており、首からは職員証のようなものを下げている。
たぶん、この病院の庭師かなにかだろう。
「もっ、申し訳ねえ。ちょいと探し物をしてて、『これ』を見つけたもんでさ……」
俺は、目を引かれた『これ』を指さした。
「ほう? これをどうするのだい?」
おじさんはゆっくりと顎に手を当てる。
そりゃそうだ、入院患者がなにをしてるんだって話だしな。
でも……これはお姉さんに喜んでもらえそうだって、妙な確信があった。
ここで引き下がるわけにはいかねえ……!
「頼むおじさん! 『これ』を……一つ俺にくれやしないか!!」
「ふぉっ!?」
俺は全身全霊で、頭を深く下げた。
***
「やぁやぁおかえりなのだよ、タイヨウ君。かなりどろんこだね?」
「ただいま……っす」
病室に戻るとお姉さんが出迎えた。
何故か俺のベッドに腰掛けて、退屈そうに足をパタパタさせている。
……というかそんなに汚れてたのか。
あとで看護師に怒られそうだな。覚悟しておこう。
「それでそれでっ。そんなになるまで探してくれたってことなのだね? 四葉は見つかったかい?」
お姉さんの目がキラキラしている。
早く見せておくれと言わんばかりに、両手を広げた。
「お姉さん、実はさ……」
「んー?」
お姉さんはキョトンとした顔で首をかしげる。
……もしかしたら、ガッカリされるかもしれねえ。
それでも、俺は俺の選択を信じる。
「ごめんっ!クローバーは見つけられなかったんだ!!」
お姉さんに深く頭を下げる。
病室はしぃーんとなって、換気扇の回る音だけが耳についた。
「……そっか、なら仕方ないのだね」
お姉さんは眉を下げて静かに微笑む。
……やっぱり、その顔は見てらんねえ。
「けどなっ!!」
俺はお姉さんの前に、手を差し出す。
「“こいつ”を、受け取ってくれねえかな!!」
「……これ、お花?」
お姉さんは、差し出した花を見て目を見開いた。
そう、俺が直感で手にしたのはこの“黄色い花”だ。
「ああ、庭園の花壇に咲いていたんだ。庭師の人にどうしてもって頼んだらなんとか1本だけ――」
「……タイヨウ君」
「はっ、はい!」
「どうして……このお花にしたのだね?」
お姉さんは静かに尋ねてきた。
さっきまでの調子じゃないのはわかる。
俺に“なにか引っかかる”と思わせるあの顔になっていた。
……お姉さんのその顔は、なんだか苦手だ。
だから俺は、正直に答える。
「どうしてっていうか……この花、名前すら知らねえんだよな」
「……はえ?」
お姉さんは、調子はずれの声を出す。
けど、俺は構わず続けた。
「でもよ、一目見た時にこうグッと来たんだよ。色が、お姉さんの髪と似ててさ。ぱっと目を引かれて……まるでお姉さんみたいで、綺麗だなって思ったんだ」
「……」
「だから、受け取っちゃくれねぇかな。俺は……お姉さんの笑顔が見てえんだ」
ベッドに腰掛けているお姉さんと目線を合わせるように膝をつき、花を差し出した。
「……ふふっ」
お姉さんは口元に手を当てると、笑みがこぼれはじめた。
「なんだか、愛の告白みたいなのだよ。タイヨウ君っ」
その顔に、もう曇りはなかった。
よかった――
「……ん?」
って、えっ?告白??
「まさかまさか、そーゆー風に見えていたとは。いやー美人過ぎるのも罪なのだねぇ!」
「あ、ああぁ!?」
「ずいぶんとお恥ずかしいこと言ってくれるねぇ、タイヨウ君はっ♪」
お姉さんは人差し指で、俺の鼻をツンと触れる。
「……っ!!!」
そして今の状況に気づく。
思ったこと全部喋っていたら、まるで愛の告白みたいになってるじゃねえか!
なぁーにを口走ってんだ俺は!!
「いやっ!これはだな!!そのっ!!!」
「んーっ?なーんだい??ひひっ」
がああぁー!!!その小悪魔みてえな顔をやめろ!
自分の顔がカァーッと熱くなって真っ赤になっていくのがわかる。
てか、本心だから言い訳もしようがねえよ!!
「……タイヨウ君」
「はっ、はいぃ!?」
お姉さんは立ち上がってゆっくり近づいてくる。今度はなんだ!?
「……ありがとう」
「……えっ?」
お姉さんは俺の手を取り、真っ直ぐ見つめてきた。
「こんな私を思って、このお花をくれて、本当に……ありがとう」
お姉さんは、心がほどけるような温かい笑顔を見せてくれた。
小さな手から感じる熱が、心臓をドクンと跳ね上がらせる。
……嘘はつけない。
俺は今、お姉さんに心を奪われてしまった。
あの屋上の人と同じか、それ以上かもしれない。
……って、あれ。今、聞きなれないことを言わなかったか?
「お姉さん。今、私って言っ――」
「いやー! にしても、このお花がお姉さんみたいだなんて照れちゃうなぁ! えへへっ~!!」
「……あの、お姉さん? おーい……」
「しょーがないからこの勝負は引き分けにしておいてあげるのだよ!! それにせっかくだからこのお花飾るね!! 花瓶持ってくるー!!」
「えっ、ちょっ、おい! お姉さん!?」
お姉さんは俺の手から花を奪うと、爆速で病室を飛び出していった。
「……えーっと」
ポツンと取り残される俺。なんだったんだ今のは……。
っていうか引き分けって言ったか、あの人ぉ!?
あんなに小っ恥ずかしいことまで言っちまったのに……。
ああもう、思い返すだけで記憶を消してしまいたくなる!!
……でも、あれだな。
「お姉さんが喜んでくれたみたいで……ほんとによかった」
なんだか今さら照れくさくなってきて、がしがしと頭をかく。
そもそもお姉さんから持ちかけられた勝負だし、理不尽じゃねえかと思った。
けど、今は心から思う。
お姉さんの笑顔が見れてよかった、と。
ただ――やっぱり引っかかる。
「……お姉さんは、屋上のあの人なんじゃねえかな」
今日一日を通して、もしかしてと思う要素は確かにあった。
だけど、決定打がない。だから他人の空似ですませようとしていた。
でも――
『……ありがとう。こんな私を思って、このお花をくれて。本当にありがとう』
さっきのお姉さんの雰囲気は、屋上で感じたものと全く同じだった。
でも、わからない。
もし屋上のあの人と同じ人なら、なんでお姉さんは正直に言わない?
なにか知られちゃいけないことでもあるのか?
もしそうなら、なんで屋上で泣きながら笑っていた?
なんであの一瞬だけ「私」って言ったんだ?
……その答えが欲しい。
でも同じくらい、俺は――お姉さんのことがもっと知りたい。
でも無理に聞き出すのはよくねえ。だから今は待とう。
お姉さんが自分から話してくれる、その時まで。
こうして、期待と不安の入り混じる俺の入院生活が幕を開けた。
――ちなみに患者衣をドロドロにした件は、あとでめちゃくちゃ看護師に怒られた。
……本当、すんませんでした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、画面下の☆☆☆☆☆から応援していただけますと嬉しいです。
また、【ブックマーク】や【感想】、【イチオシレビュー】、【リアクション】なども、私にとって大きな励みになります。
これからも作品を更新していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。




