最終話-②
「なっ、なんか手慣れてるのだねっ。もしかして……他の女の子でもひっかけてたんじゃないだろうね!?」
お姉さんは、まさかの言葉を口にしてきた。
そんなわけないでしょうに、この人は……。
仕方ない、もう一発決めてしまえ。
「ははっ、んなバカな。俺はあなた一筋ですよ。――お姉さんっ」
自分が思う最高にかっこいい声と、自分ができる一番のキメ顔をしてやった。
頭に思い浮かべているのは、この前テレビで見た男のアイドルグループのそれだ。
自分でやっててアレだが、多分全然似合ってねえなコレ。
「うぐっ……べっ、別に全然カッコよくないのだからね!! ふんっ!!!」
お姉さんは勢いよく腕を組み、ぷくっと口を膨らませてそう言った。
そういうのツンデレって言うんだっけか……? てか、思ったより効いてるなコレ。
まったく、本当可愛いな……この人は。
俺は……この日が来ることを、ずっと願っていた。
思えば、今日まで本当に長かった。
お姉さんの緊急手術をしたあの日の夜。
俺は片時もあの病院から、お姉さんの側から離れなかった。
手術で治る病気、治療法が確立された病気であっても、進行した状態で同じように治るとは限らなかったからだ。
でも、お姉さんは生きる意志を。黄崎先生は、絶対助けるという約束をしてくれた。
そして……お姉さんは打ち勝った。
手術を終え、約一年ほどのリハビリを経て、お姉さんは、明日へ歩き出すことができたんだ。
「はいはいっ、じゃあ行きましょうか? あとお姉さんの荷物も持ちますよっ」
そういって俺は、お姉さんが持ってたバッグを受け取る。
そしてお姉さんと手を繋げるように、手を差し伸べる。……でもまだこの人はぷんすかしてるな。
お姉さんは「ふんっ!」と勢いよくその手を握る。
……そういえば、こんなに小さかったっけな。
この手の感触も、温かさも、とても懐かしく思えた。
「ぁ……」
「ちょっと、どうしたのだねっ。ぼけっとしてるのだよ!」
おっと、いかんいかん。
その感触に浸ってしまい、ぼーっとしてたみたいだ。
「ごめんごめん。久々に手を繋いで、ドキドキしちゃったみたいでね」
「もうそんなこと言っても通じないのだよ! むしろこうしてやるのだよ!! えいっ!!!」
「えっなに、うおぅ!!」
お姉さんは強く握る手を思い切り引っ張り、ハグをかましてきた。
柔らかい感触と、お姉さんのふわっとする甘い匂いに包まれて、一気に頭に血がのぼってきた。
「どうなのだねどうなのだね!? これでも冗談言えるのだね〜??」
「っ……!!」
ハグの体勢のまま、ぐりぐりとすり寄るお姉さん。
流石に……頭が爆発しかねねえ……っ!!
「がっ……」
「なんなのだね〜?? 降参かい!?」
そして――
「がまんできなくなっちまうから……色々……勘弁してくれ……」
顔が熱すぎて変な汗が出てくる。こればっかりは俺の完敗だ……。
あまりに恥ずかしすぎて、手で顔を覆ってしまう。頼む、見ないでくれ……。
「がま……なっ!??」
すると今度はお姉さんが声を裏返す。
手をどかしてお姉さんを見ると、ものすごい速さで口をぱくぱくさせていた。
「そっ、そそそ、えっと……ううっ……」
「っ……」
そして互いに赤面したまま、しばらく動けなかった。
……なんか前にも、こんなことあった気がするような。
「おかあさんみてー、あの人たちすっごいイチャイチャしてるよー」
「しっ!! 見ちゃダメよ!! 行くわよっ!!」
すると通りすがりの子供に、指を差される俺たち。
それを母親は、全力で子供の目を隠し、走り去っていった。
「っ!!」
「ぁっ!!」
すぐさま俺とお姉さんはハグをやめ、少し距離を取る。
だが、手を繋いだままだ。
「……行きましょっか」
「……うんっ」
静かに頷くお姉さん。
そしてゆっくり歩幅を合わせ、歩き始める。
「……タイヨウ君、すけべさんなのだよ」
「ちょっわ!? 急になに言い出すんですか!!」
「ふんっ!!」
お姉さんは顔を真っ赤にして、俺と目を合わせてくれなくなった。
というかスケベってなんだ! そっちがやり始めたんじゃねえか!!
変に意識しちまうからやめてくれもう!!! ……はぁ。
とまぁそんなこんなで、今日の本命の目的地へ向かいはじめた。
その場所とは――
「わぁーっ!!! きれーなのだよぉ!!!」
「ちょ、お姉さん!!引っ張らないで!腕がもげる!!!」
お姉さんは子供みたいに目をキラキラさせて、俺を引っ張り回す。
ここは隣町にあるフラワーガーデン。観光地としても有名で、今日もかなりの人で賑わっている。
見渡す限りに咲き誇る花々。心がほどけるような香りが、ふわっと辺りに広がっていた。
俺は、お姉さんとの約束の場所をここに決めたのだ。
「早く早くっ!! パンフレットもさっき取ってきたから、ぜーんぶ見てまわるのだよ!!」
ガーデンの入り口に用意されていたパンフレットもいつの間にか手に取っている。準備万端のようだ。
「時間が勿体無いのだよ!! ほれほれっ!!」
「わかった! わかったから引っ張るなって!!」
軽やかな足取りのお姉さんに手を引かれて、ガーデン散策が始まった。
最初は色とりどりの花々に囲まれた歩道を、お姉さんと歩く。
手を繋いだままなので、あっちこっちに行こうとするお姉さんに引っ張られまいとあたふたする。
けれど花に目を輝かせているお姉さんは、とても嬉しそうだ。
足取りは早まっていき、繋いでいない方の腕をぶんぶん回している。
次はドーム状の建物に向かった。
「おお〜、南国のお花や植物がたくさんあるのだよ」
「だから少しあったかいんですね。ちょっと汗かきそうだ」
「確かに……少しあっちぃのだね」
ここの温室ドームは、主に熱帯系の植物を植栽しているところ……とパンフレットに書いてある。
気温も常に二十二度あたりを保っているらしくて、俺たちは少しだけ暑く感じた。
すると、お姉さんの額が少し汗ばんでいた。
「お姉さん、汗かいちゃってますよ」
「ありゃ、ほんとだ。じゃあ、んっ!!」
「……ん?」
お姉さんは目を閉じて、顔を俺の方に突き出す。
え、なに? どういうこと?
「汗かいちゃってるのだから、拭いてほしいのだよ!!」
早くしてと言わんばかりに、お姉さんはぐいぐいと顔を近づける。
自分で拭けばいいのに……とは思ったけど、わざわざ背伸びをしてまで近づいてくるのがとても愛おしかった。
「はいはいっ。わがままなお姫様ですこと……」
「なんか言ったぁ!?」
「……仰せのままに〜」
俺は取り出したハンカチで、大人しくお姉さんの額の汗を拭う。
力を入れ過ぎて化粧まで落とさないようにしながら。
「はい。終わりましたよ、お姫様」
そう言ってハンカチを離す。
お姉さんはスッキリしたのか、気持ちよさそうな顔をした。
「んーっ、ありがとねっ♪」
そう言って、俺の腕をぎゅっとする。
ああもう、この人は本当に可愛いな。ちくしょう。
……ほんと、少しわがままだけど。
「にひひっ、あっほらみてみて! バナナもあるのだよー!!」
「はいはい、行きましょ!」
そうして俺たちは、ドームの中をどんどん進んでいった。
ああ、なんて幸せなのだろうか。
隣にはお姉さんが居る。
今はもう悲しい顔なんてせず、俺と楽しく笑いあっている。
なんて幸せな時間なんだ。
――でも、実は一つだけ心残りがあった。
あの日の夜の屋上。そこで、お姉さんにした告白だ。
あの時は、お姉さんの容体が急変してしまって、答えを聞けないまま今日を迎えてしまっていた。
だから俺は今日、もう一度お姉さんに気持ちを伝える。
そう、心に決めていた。
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